第19話 すれ違い始める二人
家に帰ってからは、食事と風呂、トイレ以外の時間はすべてネタ作りに費やした。
杏子の書いたアイデアに、自分のアイデアを足す。
いったん面白さは度外視で、できるだけ多くのネタを組み合わせた。
今は過去に放送されたネタ番組の録画映像を観ている。プロの芸の中に、俺に足りないもののヒントが隠されているのではないかと思ったからだ。
自室で映像を観ながら独り言ちる。
「……足りないのはワードセンスか? あとキレツッコミも弱いかもしれない。杏子のボケを活かすには内容がいいだけじゃダメだ。ボケを引き立たせるようなツッコミも考えないと……」
つまり、ほとんど全部が足りていない。
やることがあり過ぎて今から挫けそうだ。
「いやいや、弱音を吐いてる場合じゃない!」
両手で頬を叩く。静かな室内にパチンという音が小気味よく響いた。
俺が『ニブンノイチ』の足を引っ張っているんだ。杏子の面白さを引き出すには、俺がレベルアップしないといけない。
だから、俺は決めた。
いったん恋愛については考えないようにする。
コンビを組んだとき、約束したんだ。一緒にお笑いのテッペン取ろうって。
俺の恋心よりも、杏子との約束のほうが大事だ。
絶対に『犬と姫』よりもウケて、予選通過してやる。
スマホを確認する。時刻は午前二時を過ぎていた。
「もう少しだけ研究するか……」
プレイヤーからDVDを抜き、別のDVDを入れた。
結局、この日は午前四時までお笑いの研究をした。
◆
翌朝の教室。
杏子は教室で俺を見るなり、顔をひきつらせた。
「おはよー、テツ……え、寝不足?」
「おはよう、杏子。いや大丈夫だ」
「いやいや。目の下にクマができてるよ。それに目も半開きだし。眠たいんでしょ?」
「そんなことないよ。クマ出没注意、ってね……ふふっ、ふふふ……!」
「自分の寒いギャグがツボに入って笑ってる……やばーっ!」
杏子が何か騒いでいる。
いかん。頭がボーっとしていたせいで、変なことを言ってしまったらしい。しっかりしなきゃ。
「ところで杏子。脚本なんだけど、俺もあと少しで一本書けそうなんだ。放課後、見てくれないか?」
「あと少しでって……まさか休み時間を使って完成させるつもり?」
「もちろん」
「えー! 遊ぼうよー!」
俺の肩越しに杏子の腕が伸びてきた。
そのまま背後から抱きつかれる。
「だー、くっつくなって!」
「やだー! 休み時間は私にかまえー!」
「今は無理だよ。俺、コンテストで絶対に予選通過したいから」
「うっ。そう言い方、ずるいじゃんか……」
「ズルくありません。一人で遊んでらっしゃい」
「ちぇっ。テツのいじわるー」
杏子は俺から離れて、むすっとしている。
しょうがないだろ。これも俺たちの夢のためなんだから。
それに……今みたいにじゃれ合っていたら、また邪念が生まれてしまう。
後ろから抱きつかれたときはヤバかった。杏子の吐息が耳にかかってドキドキしたし、サラサラの髪が俺の頬に触れていい香りがした。毎度のことだが、おっぱい押しつけるのもやめてほしい。
はぁ……可愛すぎるんだよなぁ、本当に。
でも、今は恋にうつつを抜かしている場合じゃない。杏子とじゃれ合うのは後回しだ。脚本が決まらないことには、スタートラインにすら立てないのだから。
「じゃあ、俺今から脚本書くから」
「ふーんだ。あとで寂しくなってもかまってあげないんだからねー」
杏子はあっかんべーをして俺から離れていった。
……少し冷たい態度だったかな?
いや。これでいい。
すべては俺と杏子の夢のため。
今はネタに全力を賭すべきなのだ。
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