第18話 最高に面白い相方を活かすのは
放課後、茜色に染まった帰り道を杏子と並んで歩く。
人通りも少なく、とても静かだ。
遠くのほうで鳴くカラスの鳴き声がよく聞こえる。
普段は賑やかな杏子も今日は口数が少なかった。
たぶん、先輩たちの漫才を観て思うところがあるのだろう。あれだけ行きたがっていたマックも「行く気分じゃなくなった」と言い出すくらいだ。相当ショックを受けたに違いない。
ちらりと隣を見る。
杏子は自分のつま先を見ながら、静かに歩いていた。
「……テツ。先輩たちのネタ、どう思う?」
ぽつり、と杏子が不安気な声で尋ねた。
「すごかったよ。杏子も言ってたとおり、演技力も表現力も高校生離れしている。キャラも面白いし、個性的だった。自分たちの得意な型を貫いているなって感じがする」
「だよね……私、ちょっと自信失くしちゃった」
そう言って、杏子は立ち止まった。
「杏子?」
「私、元気よく漫才することしかできない。ただ明るく楽しくボケることしかできない。さくら先輩みたいな技術ないもん……」
杏子は、しょぼーんとした顔をしている。
いじけるように唇を尖らせ、自信なさげにコンクリートを眺めていた。
あー……なんでそんな顔しちゃうのかな。
俺は杏子の正面に立った。
「私、面白くないのかな……ん? どったの、テツ?」
「いやボケろやぁぁぁー!」
大声で叫び、杏子の頭をわしゃわしゃに揉みくちゃにする。
「わわっ! な、なにするのさぁ!」
「え? だって杏子が全然ボケないから、逆にそれがボケかと思った。お前に悩みなんてないだろ?」
「な、なにおう! 私だっていつも能天気なわけじゃないよ! 悩むことだってあるもん!」
「なんで悩む必要があるんだ?」
「だって、さくら先輩のほうがテクニックすごいし……」
「そうかもしれない。だけど、さくら先輩に勝ってる部分だってあるだろ?」
「え? そ、そんなのあるかな?」
「あるよ。自分で言ってだじゃん。元気よく漫才すること。それから明るく楽しくボケること……それ、立派な才能だよ。他の人にはない、杏子の持ち味じゃん」
「私の持ち味……?」
「他人と比べる必要はない。杏子には杏子の武器がある。それはきっと『犬と姫』も同じだ。同じ土俵で戦う必要はない。俺たちのよさで勝負しよう」
そっと杏子の頭に触れて優しくなでた。
杏子は嫌がる素振りを見せず、じーっと俺を見つめて次の言葉を待っている。
「俺は杏子が一番面白いと思ったからコンビを組んでる。杏子のよさが引き立つような脚本を考えるからさ。だから、杏子は胸を張って自分らしく大暴れしてよ」
「テツ……わかった。私、おもいっきりボケまくるよ」
えへへー、と恥ずかしそうに笑う杏子。
その笑顔だよ……杏子が持っている、最高の武器は。
「脚本はすぐ作る。ツッコミも任せろ。安心してくれ。俺が惚れた相方は、さくら先輩より面白いって証明してやるから」
「え……ほ、惚れ……っ?」
杏子の顔が林檎みたいに赤くなった。震える唇で「そ、そそそそ、それってどーゆー……!」と言葉にならない声を漏らしている。
何を焦っているんだよ……俺、なんか変なこと言ったか?
「杏子。どうかした?」
「な、なんでもないよ……もう。テツは言葉が足らないからドキッとしちゃった」
「え? それってどういう意味?」
「なーいしょ」
にへら、と楽しそうに笑う杏子。
何が言いたいのかわからなかったけど、少しは元気がでたみたいだな。
「励ましてくれてありがと。やっぱり頼りになるなぁ、テツは」
「言うな、そういうの。恥ずかしいだろ」
「いーじゃん。私、テツのそーゆーところ、好きだよ?」
杏子は俺の腕にぎゅっとくっついてきた。
抱きついて好きとか言うなよ。お前にそういうつもりはなくても、こっちはドキドキするんだって。
「こら。暑いから離せって」
「だーめ。ここは私の特等席だよーん」
「あの……胸当たってるんだけど」
「んなっ……も、もぉ。テツのえっちー」
そう言って、杏子は俺からは離れた。少し恥ずかしそうにしている。
……いつものスキンシップなのに、どうして照れているんだ?
スキンシップを取ってくるってことは、異性として意識してないってことのはず。コンビの相方に照れる理由がわからない。
そこまで考えて、ふとさくら先輩の言葉が脳裏に浮かぶ。
『そうねぇ。私見だけど、男女コンビで恋愛するのはよくないと思うわ』
ちくり、と胸が痛む。
杏子は面白い。笑いの才能がある。
さくら先輩に……いや。誰が相手でも負けっこないんだ。
だけど……俺はどうだろう。
恋と芸の狭間で揺れて、ネタ作りも進まない……そんな俺が、杏子の面白さを十分に引き出してやることができるだろうか。
「テツ? どうしたの? 怖い顔してる」
杏子が心配そうに俺の顔を覗きこむ。
……やるっきゃない。
杏子を輝かせるのは、相方の俺しかできないんだから。
「ごめん。ぼーっとしてた。なんでもないよ」
「そお? ま、なんか悩みがあるなら相談してね。今度は私が力になってあげるから」
杏子の笑顔がまぶしすぎて、ぎこちなく笑い返す。好きだなんて相談、杏子にできるかっての。
「まずはネタ作りだな。打倒、犬と姫だ! 杏子、かけ声を頼む!」
「おっけー、がんばるぞぉー! えいえい、えいえい、えい、んえいっ、えーいえいっ……ふぇい、えい……!」
「いや『おー!』のタイミングわからないことってある?」
「そういえば、この前、差出人不明の荷物が家に届いたんだけどね。かくれんぼで子どもが入れちゃうくらいの、まあまあ大きい箱だったのよ。私、リビングに運ぼうとして、その箱を持ち上げたんだ。意外と軽いな、なんて思っていたら……箱の底に真っ赤な血がべっとりついているのを見つけちゃってね。私、怖くておもわず箱をぶん投げちゃったんだ。そしたら、箱の中から女の人の声が聞こえてくるの……『えい、えい、おー!』」
「かけ声のタイミング独特!」
「怖かったでしょ?」
「別の意味でな!」
あはは、と二人ぶんの笑い声がオレンジ色の空に響く。
即興漫才をしながら帰る通学路は、悩みを忘れるくらい楽しい時間だった。
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