第17話 犬と姫には負けられない!

「「どうもー! 『犬と姫』でーす!」」


 いきなり声量が芸人のそれになる。

 スイッチが入ったのか、二人ともとびっきりの笑顔だ。


「大地くん。わたくし、悩みがあるの」

「そうなんだ。よかったら相談に乗りますよ?」


「わたくし、実家がお金持ちでしょう? 庶民の生活がよくわからなくて……」

「いきなり自慢から入るとは思わなかったな……じゃあ、庶民の生活を体験してみたらどうですか? 少しは理解できるかもしれない」


「そうね。わたくし、アルバイトをしてみたいわ」

「いいんじゃないですか、アルバイト」


「ええ。庶民のお宅のお手伝いさんを体験すれば一石二鳥ですわね」

「庶民はお手伝いさん雇わないよ」


「いいから。やらせてくださいな。大地さんは犬をやってくださる?」

「犬? 俺、犬なの?」


「犬のお世話もお手伝いに含まれますのよ? 子犬役をお願いします」

「まぁいいけど……わんわん! くぅーん! はっ、はっ、はっ」


「ポチ。『お手』できますの?」

「わん!」


「まぁお利巧ですわね。『おかわり』は?」

「くぅーん!」


「いい子ですわ。じゃあ『変質者』は?」

「わ……わう?」


「変質者の真似ができたらご褒美におやつを差し上げますわ。ほら、ポチ。『変質者』」

「く、くぅーん……げへへ。お姉さん、可愛いねぇ。今日はどんな下着はいてるの?」


「めっ! 全然できていませんわ!」

「くぅん! な、何がダメだったわん!?」


「リアリティーがありませんわね。こうやるんですのよ……おおお、お姉さん! ぼぼっ、僕の体、よく見てよぉ! ほらぁ、服着てないでしょお? どう、興奮する? 感想聞かせてよぉ、ねぇってばぁ!」


「怖えな! 興奮の仕方がリアルすぎるよ!」

「はぁ、はぁ……ちょっとだけ興奮しましたわ」

「聞きたかないよ、そんな感想!」


 ネタが続いていく中、俺と杏子は圧倒されていた。


 この二人……やはり演技力が違う。さくら先輩はお嬢様も変質者も見事に演じているし、大地先輩は犬の声真似がすごい。


 キャラもいい。お嬢様と犬系男子というキャラは立っているし、お嬢様が変質者に変化するというギャップもある。


 正直、下ネタは好みが分かれるところだ。


 でも、あえてこのネタを選んだ理由はわかる。


 自分たちのキャラクター。それから演技力という強み。

 それらを知り、上手く使っているからこそ、こういう際どいネタでも面白いのだ。


 感動するとともに、悔しさがこみ上げてくる。


 俺たちは、何か一つでも先輩たちに勝てているだろうか。


 演技力もない。相手を異性として意識しているせいで下ネタも苦手だ。

 しかも、脚本さえ書けない始末。思いつくアイデアも恋愛ネタばかりで自分たちの強みを出せていない。


 ああ、そうか。

 これが俺たちと『相手を異性として意識しない男女コンビ』との差なのか。


 恋もしたい。芸も磨きたい。

 二つとも追い求めた結果、どちらも中途半端になってしまった。

 そんな俺では、何をやっても先輩たちに敵わないのだ。


 俺のせいで、杏子が面白くなくなる。

 そんなの、悔しいじゃんかよ。


 杏子が面白いのは、相方の俺が一番よく知っている。それなのに、彼女のお荷物になっているなんて……芸人としての自分が許せない。


「「どうも、ありがとうございましたー!」」


 いつのまにかネタは終わっていた。

 ネタを見ている間にいろいろ考えてしまい、後半の内容はほとんど記憶にない。


「ふぅー。わたくしたちの新ネタ、どうだったかしら?」

「面白かったです! 特に表現力が抜群で、ちょっとしたリアクションも面白くて……演技力もすごかったです」


 杏子は興奮気味に言った。概ね俺と同じような感想だ。


「俺もそう思います。マジでその……俺たちも頑張らなきゃなって思いました。すごく刺激をもらえました。俺たちも芸を磨きます!」

「うふふ。そっかぁ、頑張ってねぇ」


 上品に微笑むさくら先輩。さっきまで変質者の真似をしていた人と同一人物とは思えない。


「ねえ、大地くん。新ネタ、コンテストでやってみる?」

「まだ時間はあるから保留で。僕は下ネタが嫌われると思うんだよな」


 二人の会話に、はっとする。


「コンテストって……まさか元好興行主催のヤツですか?」

「あら? 哲史くん、よく知ってるわね。そうよ。高校生限定のお笑いコンテスト……『ハイスクール漫才グランプリ』ね」


 マジか……予選大会を勝ち抜くためには、この人たちを倒さないといけないのかよ。


「哲史くんたちも出るのかしら?」

「はい。エントリーは済ませました」

「ふうん……じゃあ、わたくしたち、ライバルなのね」


 ぎらり、とさくら先輩の目が鋭く光る。

 優しい瞳の奥に、獰猛な獣が放つような殺気が込められている。

 悪寒が走る。まるで背筋に氷の刃を当てられたような感覚。


 この人……やっぱりお笑いに本気なんだ。


「うふふ。後輩との勝負、楽しみねー」


 先ほどまでの怖い顔はどこへやら、さくら先輩はおっとりした顔に戻っていた。


 ……今のままで『犬と姫』に勝てるだろうか。


 負けたくない。『ニブンノイチ』は最高のお笑いコンビだ。

 さくら先輩はたしかに面白いけど、俺の相方はそれ以上だって信じている。


 上等だ……杏子のほうが面白いんだって、相方の俺が証明してやる。


「……俺たちも負けませんからね。今日は本当にありがとうございました」


 俺たちは礼を言って屋上をあとにした。

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