第13話 告白して、好きな人とベッドの上で

 理解が追い付かず、俺は杏子に聞き返した。


「え、なに。どういう意味?」

「だーかーらぁ、私で告白のシミュレーションしてみたらって意味。それで雰囲気つかめるでしょ?」


 杏子は頬をふくらませてそう言った。


 彼女の言っていることは正しい。実際に体験してみることでしか得られないリアリティーというものは確かに存在する。意外な気づきがあるかもしれないし、試しにやってみたほうがいい。


 だけど……試しに告白する相手が本命なんだけど!?


「いやー。それはちょっと……」

「テツ。もしかして、ひよってる?」

「そ、そんなんじゃないよ」

「本当かなぁ? お笑い以外のことは意気地なしだからなぁ、テツは」

「むっ! そんなことないぞ!」


 さすがにカチーンときた。

 そこまで言われて引き下がるほど、俺はヘタレじゃないっての。


「わかった、やるよ。告白くらい余裕だわ」

「お、言うねぇ。でもまぁ、テツはきっともじもじして上手く言えな――」

「好きだ、杏子」


 遮るように言うと、杏子は「え」と小さく声を漏らした。


 落ち着け、俺。これはあくまで練習。本番じゃない。

 失敗とかないんだから、すぱっと言いたいこと言っちまえ。


「最初はただの相方だと思っていたのに、杏子はどんどん可愛くなっていって……気づけば君の笑顔に恋をしていたんだ。お笑い以外取り柄のない俺ですが、付き合ってください」


 ……やべぇ。ほぼ言いたいこと言っちゃったよ。

 いや完璧だったわ。もうこれ本番にしたいんですけど。


 しーん、と静まり返る室内。


 ……なんか言えよ! 気まずいだろ!


「あの……杏子? どうだった、今の告白の練習」


 尋ねると、杏子は無言で立ち上がり、ベッドにダイブした。そのまま枕に顔を埋め、足を忙しなくバタバタさせている。


「まだ心の準備できてなかったのに、不意打ちは卑怯じゃんか……テツまぢウザいんですけど」


 えっと……なんか怒ってません?


 声がマジだったし、足バタバタの勢いもすごい。顔は見えないけど、耳も赤いし……怒って顔真っ赤のパターンか?


 杏子は「まだ心の準備できてなかった」って言っていたな……詳細はわからないけど、急に練習を始めたのがよくなかったのかもしれない。


 ベッドに近づき、杏子に声をかける。


「杏子。俺がいきなり練習はじめちゃったの、よくなかった?」

「……うん」

「その、なんでかな? 謝りたいんだけど、俺バカだから、杏子の気持ちがわからなくて……」

「……なんだそれ。ほんとだよ。ばーか」


 杏子はゴロンと転がり、仰向けになった。


「だって、杏子が怒っている理由がわからないのに謝るなんて不誠実だろ」

「……なにそれ。変なの」

「変じゃない。杏子は大切な相方だから。いい加減なこと、したくないんだ」

「……あははっ。ほんと、テツは優しいなー……そういうとこ、好きだよ」


 ベッドで寝転んだまま、甘ったるい声でそう言った。


 ……今、好きって言ったよな?


 それって告白の返事……なわけないか。

 いやしかし、万が一という可能性も……。


 ドキドキしていると、杏子は「なははー」と笑った。


「なーに焦ってるの? 女の子に好きって言われてテンパっちゃった?」

「なっ……お前ぇぇ! また俺をからかったな!?」

「ぬはー。告白のお返しだよーん」

「コノヤロー! 心配したのに! 今日という今日は許せん!」

「うぎゃー! ほっぺた引っ張るなー!」


 黙っていると、恥ずかしさがこみ上げてくる。俺は誤魔化すように杏子とじゃれ合った。


 だが、それがよくなかった。


「ちょ、テツ……!」

「ふふっ、今さら謝っても遅いわ。お仕置きはまだ終わってないぞ?」

「お、お仕置きって……そんな体勢で言わないでよ」


 ……そんな体勢?

 俺は今の状況を確認した。


 杏子は仰向けに寝転んでいる。

 一方で、俺は杏子を組み敷き、頬をぷにぷにしていた。

 これって、女性をベッドに押しつけているかのような体勢じゃないか……!


 俺は慌てて跳び退いた。


「ごっ、ごめん! 別に乱暴がしたかったわけじゃなくて、じゃれ合っていたつもりだったんだ!」

「なはは。大丈夫だって。テツは無理矢理そういうことしないって信じてるもん」

「あの、お仕置きって別に変な意味じゃなくて……って、言い訳したら余計に変な意味に聞こえてしまう!?」

「ぷっ……あははっ。いいんだってば。気にしないで?」


 杏子はゆっくりと上体をあげた。

 口許に手を添えてムフフと笑っている。


「でも、やらしいんだー。テツのえっち」

「うぐっ……返す言葉もございません」

「あははっ! 冗談だってば。今日のところは勘弁してあげるよー」


 からかわれつつも、許してもらえた。

 さっきのは俺が悪いし、からかわれても文句は言えない。


「テツ、どうする? ネタの続きやる?」

「えっと……今日はもう帰る」

「だよねぇ。また私に発情して襲いかかってきたら困るし」

「ご、ごめんってば!」

「あははっ! テツのエロゴリラー!」


 杏子は俺の肩をバシバシ叩いた。ううっ、不名誉なあだ名をつけられたゴリ。恥ずかしいウホねぇ……。


 帰りの支度をしている間、俺は杏子にからかわれ続けたのだった。



 ★



 テツが帰ったあと、私はベッドの上でジタバタした。


 はっ……恥ずかしかったぁぁぁぁぁ!


 偶然だったとはいえ、テツにベッドで組み敷かられるなんて……今年の個人的ハプニング大賞の最有力候補だ。


 どうしよう。まだ心臓がうるさい。テツのせいだぞ、こんちくしょー。


 はぁ……思い返すと、今日はテツにドキドキしっぱなしだったなぁ。

 カップルシートで一緒にパフェ食べたり。くっついてゲームしたり。


 そして……告白の練習相手になってみたり。


 あの告白は反則だった。テツが乗り気じゃないから、どうすれば告白してくれるかなって考えていたところだったのに……いきなり告白してくるんだもん。まだ心の準備ができてなかったから、テンパっちゃった。可愛くない態度を取っちゃったかも……でも、あれはテツが悪い。うん。そういうことにしておこう。


 てか、あんなリアクションして大丈夫だったかな?


 私がテツのこと好きだって気づかれてないよね……大丈夫だよね!?

 ううーっ、なんか急に不安になってきちゃったよぅ!


 ……告白の練習もドキドキしたけど、さっき組み敷かれたのもヤバかったかも。


 テツは昔と違って力が強くて、押してもビクともしない。私はほっぺたをぷにぷにされるがまま。テツは私を好き放題という状況だった。


 こういうとき、本当の恋人同士だったら、イチャついてキスでもするのだろうか。甘い雰囲気になって、お互いの体を触れ合い、愛を囁き合うのだろうか。制服のリボンを解かれて、ワイシャツを脱がされ、素肌を晒した私は、お互いを求め合うようにテツと抱き合うのだろうか。


 そんなことを考えていたら、顔が沸騰したヤカンみたいに熱くなった。

 羞恥心と恐怖心が一気に胸の内で膨れ上がって、わけわかんなくなっちゃった。


 テツも私の気持ちを察したのか、慌てて飛び退いて謝ってきた。気づくのは遅かったけど、ちゃんと女の子の気持ちを理解してくれたので安心した。テツは鈍感だけど、そういうところは優しいし、男性として信頼できる。


 あーあ。テツをドキドキさせるつもりだったのに、私がドキドキしてばっかりだ。


 普段はスキンシップしても平気なのにな。嘘でも恋人だって意識すると、ドキドキしちゃうのかも……やばーっ! 恥ずかしいぃぃぃ!


 はぁ……テツ、私のことを女の子として意識してくれたかな?


 どうしよう。最近はお笑いよりも、テツに夢中になっている。相方というよりも、大好きな男の子って意識のほうが強いかもしれない。


 ……こんな調子でお笑いコンテストは大丈夫だろうか。


 火照る体が冷めるまで、部屋の天井を見ながらそんなことを考えた。

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