第12話 おうちデートで急接近 ~私で試してみる?~
カフェを出た後、問題は起きた。
カップルシートでイチャついた結果、気まずくなったのである。
二人で並んで歩いているのだが、すぐに会話が途切れてしまう。甘い雰囲気に慣れてしまい、普段の調子に戻れないのだ。
「杏子。次はどこ行くんだ?」
「んー? 着いてからのお楽しみ」
「なんか怖いな」
「大丈夫だよ。サプライズとかないから安心して?」
「そうか……あはは」
「うん……なははー」
……という感じで、なかなか盛り上がらない。まだからかわれたほうがマシである。
ふと隣を見る。杏子は緊張した面持ちで、どこか不安気だ。
……らしくないな。
杏子は笑っている顔が一番似合うんだ。
相方である俺は、そのことを誰よりも知っている。
気づけば俺は、立ち止まって大声を出していた。
「はい終了ぉぉぉぉぉぉぉ!」
杏子は体をビクンと震わせて立ち止まる。
「ぬわーっ! び、びっくりしたなぁ。急にどしたの?」
「うん。いったん恋人関係を解消しようと思って」
「え? でも、まだデート中なんだけど……も、もしかして、迷惑だった!?」
おろおろする杏子。
安心してほしくて、俺は笑った。
「そんなことない。杏子には感謝してるよ。今日は本当にありがとう」
「そ、そっか……えへへ。でも、じゃあなんでデートやめちゃうの?」
「やめないよ。いったん解消って言ったの。次のデートスポットまでは、相方に戻ろうって意味」
「テツ……?」
「杏子、すごく緊張しているみたいだからさ。もっといつもみたいに笑ってほしい。彼女が笑顔だと、その……か、彼氏も嬉しいんだよ」
最後のセリフは恥ずかしくて、少しだけ照れが混じってしまった。
いかん。だいぶかっこつけてしまったぞ。
……さすがにからかわれるか?
杏子は驚いたように瞬きした後、ふっと微笑んだ。
「……ずるいなぁ、テツは」
「ず、ずるい?」
「うん。優しすぎて、困っちゃうよ」
「えっと……どういう意味?」
「にししっ。わからないのなら、別にいーのだ」
そう言って、杏子は再び歩き出した。俺は慌てて彼女の隣を歩く。
……相方が何を言っているのか全然理解できない。
ま、どうでもいっか。
だって、好きな人に笑顔が戻ったのだから。
なんだか俺も嬉しくなり、口許がにやけてしまう。
「杏子。さっきの俺のセリフ、彼氏っぽかっただろ?」
「どはーっ、何そのドヤ顔! きもーっ!」
ケラケラと楽しそうに笑う杏子。うん、やっぱり俺の相方はこうでなきゃ。
杏子といつもの調子で話していると、見慣れた家の前にやってきた……というか、先週も来た家だ。
「まさか、次のデートスポットって……」
「水原家です!」
「自宅じゃん!」
家に着いたらデート終わりじゃないか!
しかし何か考えがあるのか、杏子はちっちっちと指を振った。
「わかってないなぁ、テツは。外で遊ぶことだけがデートじゃないよ。インドア派のカップルは『おうちデート』とかするじゃん」
「なるほどね。家で一緒に漫才の動画を観たりするってわけか」
「テツ……そこは映画とか他におうちデートっぽいこと何かあるでしょ」
ジト目で睨まれた。どうやらカップルで漫才を観るのは微妙なチョイスらしい。
家に上がり、杏子の部屋に入る。
例によって床に座ると、杏子はテレビ台のところで何かを探し始めた。
「杏子。映画でも観るのか?」
「それも捨てがたいけどさ、ひさしぶりにゲームしようよ!」
杏子はコントローラーを手に持ち、ニヤリと笑う。
なるほど。映画だと会話が少なくなりがちだが、ゲームだと会話しながら盛り上がれる。おうちデートにはぴったりだ。
「テツ、格ゲーやろう!」
「いいよ。ま、昔みたいに圧勝だけどな」
小学生の頃、杏子と格ゲーで対戦したことがある。
当時、杏子は一回も俺に勝てず、悔しくて泣いてしまったっけ。
「ふふふ……私は負けず嫌いだからね。こんな日が来ると思って、密かに練習しておいたのだよ」
得意気に胸を張る杏子。ぷるん、と大きな胸が上下に揺れた。
「あ、そう。それでも俺には勝てないと思うけどな」
「言ったなー? 後悔して泣いても遅いんだから!」
杏子がゲーム機の電源を入れる。俺もコントローラーを持ち、ゲーム開始を待った。
オープニング画面をスキップし、対戦モードを選択。
杏子は女性格闘家、俺は男性相撲レスラーのキャラをそれぞれ選んだ。
「よーし! テツをボコボコにしてやるー!」
「それはこっちのセリフだ!」
視線がぶつかり、バチバチと火花が散る。
ゲームが始まった。
杏子は一気に間合いを詰め、攻撃を繰り出した。
「おりゃ! せい! とりゃ!」
「甘いな、杏子。そんな攻撃、余裕でガードできるぜ」
「それならガード無視の投げ技だー!」
「なにっ!? お前、技だせるようになったのか……!」
「ぬははー! 杏子ちゃん、一気に行くよー!」
「なーんちゃって。ほい、仕返し」
「うがーっ! なんだぁ、今の!」
「ふっふっふ。里中哲史の返し技……必殺! サトナカウンターだッ!」
「ださーっ! きもーっ!」
「悪口は一個にしておけ! 泣くぞ!」
冗談を言い合いながらも、一進一退の攻防が続く。
そして、わずかに体力ゲージを残して俺が勝った。
画面上では、相撲レスラーがキメ顔で四股を踏んでいる。
「あーっ! あとちょっとだったのにぃ!」
「ふははは! 思い知ったか! 格ゲーの上手さはネーミングセンスに比例しないのだ!」
笑いながら、ふと隣を見る。
ゲームに夢中で気付かなかった……杏子の小っちゃい顔が、ものすごく近くにあることに。
俺たちは肩をくっつけ合い、密着していた。お互いの太ももも当たっている。スカートの丈が短いため、見てはいけないものまで見えそうだ。
杏子と目が合うと、彼女の頬がほんのり赤く染まる。
「……なはは。なんか、本当に恋人同士みたいな距離感だね」
照れくさそうに笑う杏子は、まるで映画に登場するヒロインみたいに可愛かった。
さっきまでいつもの調子だったのに……急にデレないでくれ。俺まで照れちゃうじゃないか。
「テツ。ドキドキする? 彼女とおうちで密着してるんだよ?」
「そ、それは……」
ドキドキしているなんて言えない。
それはもう、杏子を異性として意識していると告白するようなものだからだ。
何も言えずに見惚れていると、次第に調子を取り戻した杏子がニヤリと口角を持ち上げた。
「おいおいー。彼女に熱い視線送りすぎでしょー」
「はいはい。ゲームは俺の勝ちだからな」
なんとか冷静に切り返す。
あっぶねぇ。やっぱり俺をからかう気満々だったか。この小悪魔め。
「ほいで? 恋愛ネタ、思いつきそう?」
素に戻った杏子の質問に考える。
今日一日、カップらしいことを経験した。カップルシートでイチャついたり、おうちデートをしたり……たしかにドキドキはしたけど、これらを題材にするのは難しそうだ。
むしろ、題材にしたいのは……。
「一日恋人……という発想は面白いかもしれない。偽の恋人関係みたいなヤツだな」
「ああ。漫画でよくあるよね。やむを得ない事情があって、男女が恋人のフリをするところから物語が始まる感じの。最後は本当のカップルになっちゃう系のラブコメだね」
「そうそう。それを誇張してやってみる方向性でさ」
「いいんじゃない? よし、早速考えよう!」
「え? ゲームはもういいのか? まだ一回しか対戦してないけど」
「テツがまだ私とイチャイチャしたいならやろう」
「今すぐネタ書く!」
「たはーっ、即答!」
杏子は大笑いしている。
何がそこまで面白いのだろうか……ま、いいか。杏子のおかげでネタも思いつきそうだし。それにゲームよりもお笑いを優先してくれるのは素直にありがたい。
というわけで、ゲームを切り上げてネタ作りを開始した。
杏子は例によって折り畳み式のテーブルを用意してくれた。
そのうえに前回書いたアイデアの紙を広げ、偽装恋愛に使えそうなものをピックアップしていく。
その間、杏子はベッドの上でゴロゴロしていた。明らかに暇そうにしている。ネタに口出しする気はないらしい。
などと思っていたら、杏子が声をかけてきた。
「テツ。調子はどう?」
「うーん……告白シーンとか、どういう感じで書けばいいんだろうな」
経験がないから、漫画やアニメでしか見たことがない。
定番は校舎裏や屋上に呼び出して「好きです。付き合ってください」だけど……あのイメージで書いてしまって大丈夫だろうか。
考えていると、杏子がぽつりと一言。
「……私で試してみる?」
「え?」
何を言っているのかわからず、おもわず聞き返した。
「告白……私にしてみなよ」
「ああ、そういうこと……は?」
衝撃的なその一言で、頭の中にあったネタが一瞬で吹き飛んだ。
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