第11話 放課後デートで意識し合う二人
放課後、俺と杏子は駅前のカフェにやってきた。
このカフェは地元では有名らしく、クラスメイトから少し話を聞いたことがある。なんでもメニューがどれも可愛い見た目で、とても映えるらしい。内装もかなりオシャレで、カップルに大人気だとか。俺はもちろん、杏子も初来店だ。
外から窓越しに店内を覗いてみる。
平日の夕方だというのに、かなり混雑しているようだ。
「杏子。座れないんじゃないか?」
「だいじょーぶ。念のため、予約しておいたから」
「おおー、さすが。俺のためとはいえ、本気だなぁ」
「んなっ!? ほ、本気ってわけじゃ……そ、そうそう! このお店、実は前から来たかったんだよねー」
なははー、と杏子は笑った。
なるほどな。それで今朝はガッツポーズするくらい上機嫌だったってわけか。
「そういうことなら俺に相談してくれたらいいのに。杏子の頼みだ。カフェくらい、いつでも付き合うよ」
「ありがとー、テツ。でも、このカフェは気軽に誘いにくいんだよね……」
「ふーん。そういうものなの?」
「まぁ行けばわかるさ! ごーごー!」
ハイテンションの杏子に連れられて中に入る。
俺たちの姿を見つけた女性従業員が笑顔でやってきた。
「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」
「あの、すみません。予約をした水原ですけど」
「水原様ですね。ただいまご確認いたします……」
従業員はタブレット端末を慣れた手つきで操作した。
「確認が取れました。二名でご予約の水原様、カップルシートですね?」
……かっぷるしーと?
ちょっと待て。俺たちはコンビであって、カップルじゃないぞ。
いやまぁ一日恋人ではあるけど……名前からしてラブリーな席を用意されても困る。
「はい、その水原で合ってます!」
「なぁ杏子。カップルシートって何?」
「そりゃカップル専用の個室席のことですよ」
「こっ、個室!?」
しかも、カップル専用って……あれか? 恋人たちが人目を気にせずイチャ付きながら食事を楽しむ席ってこと?
「マジか……ネタのためとはいえ、俺たちにはハードル高くないか?」
「まぁまぁ。きっとテツのためになるって」
「うっ……」
それを言われると弱い。
杏子は俺に協力してくれているのだ。俺が駄々をこねて杏子を困らせるわけにはいかない。
「わかった。俺も覚悟を決めるよ……行こう、カノジョ!」
「さっすがテツぅ! 行きましょ、カレシ!」
どんなノリだよと自分でも思うが、多少はふざけていないと緊張してしまう。仕方がないのだ。
「あはは……ご案内しますね」
苦笑いする店員に連れられて個室にやってきた。
「うわ、すごっ……」
内装を見て絶句する。
部屋は店内よりも少し暗めだ。テーブルの上にあるライトが室内を照らしおり、なんだか大人のムードがある。ここにワインと美しい夜景があれば、高級フレンチかと勘違いしてしまいそうだ。
部屋がオシャレなのはいい。問題は椅子がないことだ。
椅子の代わりに設置されているのは、ふかふかのソファーだ。
もしかして、並んでイチャイチャしながら食事しろってこと……?
「では、ご注文が決まりましたらお呼びください」
「あ、もう決まってます」
杏子は「注文いいですか?」と続けた。
ようやく冷静さを取り戻した俺は杏子に待ったをかける。
「待って。俺はまだ決まってないよ。初めて来た店だし、メニューを見ないと……」
「いいの。ここは私に任せなさーい。店員さん。『ラブラブ・パフェ』ください」
「かしこまりました」
従業員は一礼して退室した。
……ラブラブ・パフェ?
「名前からして怪しいんだけど……どういうパフェなの?」
「それは来てからのお楽しみ、ってね」
「不安だなぁ……」
杏子のことだ。また俺をからかうつもりだろう。
……でも、俺に協力してくれているわけだし、何か恋愛ネタに繋がるパフェなのかもしれない。
待つこと十分。従業員がやってきて、ラブラブパフェをテーブルに置いた。
まず目につくのはハート型のクッキーだ。その周りには、たくさんのイチゴが盛り付けてある。
その下には……ピスタチオのムースだろうか。なるほど。クラスメイトが映えると言って盛り上がるわけだ。
従業員はスプーンを二つ用意して去っていった。
「杏子。これ、どうするの?」
「ど、どうするって……二人でシェアして食べるんだよ」
「だよね……なんかハズいな」
「たはーっ……本当に恋人っぽいことしちゃってるね、私たち」
気恥ずかしさを紛らわすかのように、足を伸ばして前後にぱたぱた動かす杏子。頬を赤くしつつ、ちらちらとこちらを見ている。その乙女チックな可愛い態度にドキっとしてしまう。
杏子は上目づかいで俺を見た。
「ねえ……食べよ?」
「う、うん」
杏子が可愛すぎるせいだ。気の利いたボケが浮かばない。この甘い雰囲気の中、茶化したりするのは無理だった。
二人で一つのパフェをスプーンでつつく。
口にスプーンを運び、ぱくっと食べる。
フルーツの風味が口の中に広がっていく。ピスタチオの甘味とイチゴの酸味がちょうどいいバランスだ。
「うん。これ美味しいな」
間が持たないので、杏子に話しかける。
前から気になっていたお店みたいだったし、杏子もこの味に感動していることだろう。
そう思ったが、どうも杏子の様子がおかしい。頬を赤くして、もじもじしている。
「杏子? どうしたの?」
「……緊張しちゃって味がよくわかんないや」
なははー、と照れくさそうに笑う杏子。
いやいや、いつもみたいに豪快に笑ってよ!
でないと、俺も意識しちゃうから!
杏子はパフェをスプーンで一口すくった。
そして、そのスプーンを俺の口許に近づける。
「あ、杏子? 何してるの?」
「……あーん、してあげる」
「ええっ!? いや、さすがにそれは……!」
「い、いいから! テツのためにやってあげてるんだからね!」
それを言われると、反論できない。
そうだ。これは恋愛ネタが上手く書けない俺のためにやっていること。杏子の厚意を無下にはできない。
「テツ。口あけて」
「……わかったよ」
「はい。あーん」
「あ、あーん……」
羞恥心に打ち克ち、一口食べる。
今度は俺のほうが緊張で味がわからない。
「なははー……さ、さすがに恥ずかしかったね」
「う、うん」
「……どう、だった?」
「え?」
「私とこういうことをした感想。どういう気分?」
気分と言われても……すごくドキドキして、頭がぼーっとしているよ。
好きな人と一緒にこういうことをすると、ふわふわで幸せな気持ちになる。
今さら相方を好きになった俺は、そんなことさえ知らなかった。
「……わ、わかんない。緊張しちゃってた……からさ」
「そっか……えへへ。そっかぁ!」
両手で頬杖をつき、杏子は嬉しそうに笑った。
「ふふーん? テツ、私とでもドキドキしちゃうんだぁ?」
「う、うるさいな。杏子だって顔赤かったぞ?」
「それは……本当のカップルみたいで、私もドキドキしちゃったから」
「へっ? 杏子も?」
「な、なーんてね! そんなことより、ちゃんとネタ書いてよ?」
「うぐっ……が、頑張るよ」
現実に戻されて気を引き締める。
そうだよな。杏子がこんなに協力してくれているんだから、俺が結果で応えないと。
「ところで、テツ。まだだいぶ残ってるよ?」
指摘され、パフェを見る。
パフェは容器の半分程度しか減っていない。それにハート型のクッキーもまだ残っている。
「……食べ残すのはお店の人に失礼だよ。それにこのパフェ、すごく美味しいし」
「じゃあ、食べよ?」
「おう」
「ハート型のクッキーどうする? 二人で両端から同時に食べる?」
「絶対しないッ!」
「にししー。テツは恥ずかしがり屋だなぁ」
「杏子に言われたくないっつーの」
「ふっ。私のは演技だったのだ!」
「嘘つけ。いつもと違ってテンパってたじゃないか」
言ってから、はっと気づく。
杏子は俺によくスキンシップを取ってからかってくる。
そのたびに俺はドキドキさせられて、対照的に杏子はケラケラ笑う。
だから、俺だけが相方を異性として意識しているんだなって思ったんだ。
でも、今日は違う。
杏子……なんかデレ多めじゃない?
……まぁでも一日とはいえ、恋人を演じているんだ。異性として意識してしまうのもやむを得ないだろう。「もしかして、俺に気がある?」などと勘違いしてはいけない。
「テツ。食べないなら、私が一人で食べちゃうよ?」
「あ、待って。俺も食べたい……っておい。杏子、生クリームついてる」
杏子の可愛らしい鼻にちょこんとクリームがついていた。
「え、どこどこ?」
「待ってて。拭いてあげる」
俺はポケットから素早くティッシュを取り出した。
「ええっ!? い、いいよぉ、自分で拭けるもん」
「いいから。じっとして」
「うぅー……」
「はい。綺麗になったよ」
「……ありがと」
短く感謝の言葉を口にして、そっぽを向いてしまった。
「あのー……俺なんか怒らせるようなことした?」
「んーん。してないよ」
杏子が振り返る。顔は夕焼けみたいに赤く、ちろっと舌を出している。
「ただ、テツが優しくしてくれたからさ。ちょっぴり恥ずかしかっただけ」
そう言って、杏子は再びパフェを食べ始めた。
まただ。今の状況なら「女の子に優しくしてカレシ気取りかぁ?」とか言いそうなものだけど、全然からかってこなかった。
いや。そんなことよりも……俺の相方が可愛すぎてつらい。
今ので恥ずかしいのかよ。普段はセクハラネタも平気なのに、なんで今日はそんなに乙女なんだ。
あー。だめだ。心臓の音がうるさくて落ち着かない。
俺は杏子が美味しそうにパフェを食べる姿をぼんやりと眺めるのだった。
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