第10話 相方と恋人ごっこ

「うーん……」


 週明けの朝の教室。俺はペンを指でくるくる回しながら悩んでいた。原因は例のネタ作りである。


 結局、脚本にしたいアイデアが見つからなかった。もしかしたら、本当にスランプなのかもしれない。


 ……やはり原因は相方に恋をしたことだろうか。


 昔はお笑いのことしか考えていなかったが、最近は杏子のことばかり考えている気がする。


 恋の悩みがお笑いに悪影響を及ぼしているとしたら、それはマズい。

『ハイスクール漫才グランプリ』だって控えているのに……今のままだと、ほぼ確実に予選落ちだ。


 お笑いだって真剣にやっているつもりだ。


 それなのに……相方に恋をしただけで、こんなにも不調になるとは知らなかった。


「……はぁ」


 悩みを体外に排出するかのように、俺は盛大に嘆息した。


 考えていても仕方ない。今やるべきことはネタ作りだ。杏子にいい報告ができるように頑張らないと。


 ネタのメモとにらめっこしていると、背後から杏子の声が聞こえてきた。


「おはよー、テツ!」

「ああ。おはよう……うおっ!」


 後ろからおもいっきりハグされた。

 衝撃とともに、杏子の柔らかい胸がむにゅっと押し当てられる。


 またスキンシップ……やはり最近は特に多い気がする。どんだけ俺のことをからかいたいんだ、俺の相方は。


「これだよ、これー。テツの背中は抱き心地が最高だわー」

「俺は抱き枕かよ」

「うーん。今のツッコミ、そのまんま過ぎて0点かな。『俺は昨晩の君の抱き心地が忘れられないよ』くらい言えないの?」

「アホか! 教室でそんなこと言ったら誤解されるだろ!」


 俺たちの関係性はクラスメイトには知れ渡っている。

「実は付き合っているのでは?」と思っているヤツもいるらしく、誤解される発言は極力避けたい。付き合ってないよって毎回否定するの、メンタル的に辛いからなぁ……。


 密かに精神的ダメージを負っていると、杏子は小さく呟いた。


「……ほらみろ。私は相方にスキンシップ取れるし、セクハラネタだって言えるもん。異性として意識したら面白くなくなるなんて嘘っぱちだ」

「え? なんか言った?」

「いやいや。こっちの話。そんなことよりテツ、ネタの進捗どう?」

「うぐっ……まだ全然だよ」

「えー。私もう台本できちゃったよ」

「なにっ!?」


 マジかよ。さすがに早すぎるだろ。


「杏子。見せてもらってもいい?」

「そこまで言うなら仕方ないなぁ」


 何を思ったのか、杏子はスカートの裾を掴み、ゆっくりと上に上げていく。

 白い太ももがあらわになり、おもわず視線を手で覆った。


「ばっ、何してんだよ!」

「テツがパンツ見たいっていうから……」

「台本を見せてって言ったの! 目のやり場に困るからやめろ!」

「あははっ! 顔真っ赤だぁ! テツはウブだなぁ!」


 ケラケラと笑う杏子。こいつめ。朝から心臓に悪いイジり方をしやがって。


 杏子はひとしきり笑ったあと、ぽつんと一言漏らした。


「……やっぱり相手が私でも興味ある、のかな?」


 少し恥ずかしそうな、けれども嬉しそうな微妙な顔をしている。


 それって……パンツに興味があるかって意味か?


「いや、まぁそれはその……パンツに釣られるのはしょうがないだろ。思春期の男子はみんな興味津々なんだ」

「……あははっ。パンツの話じゃないよーだ」


 なんだそりゃ。じゃあ、俺が杏子の何に興味あるって話だったんだよ。


 悩んでいる俺をよそに、杏子はA用紙5枚を机の上に置いた。


「はい、台本」

「ありがとう。今読んでもいい?」

「どうぞ、どうぞ」


 許可をもらい、その場で紙をぱらぱらとめくる。


「漫才コントか……」


 告白ネタを嫌ったのか、設定が喫茶店になっている。


 喫茶店の名前は「オーダーメイド」。従業員が客のオーダーに合わせて、ツンデレ、ぶりっ子など、好きなヒロイン属性の女の子になりきって接客をする、という謎多きコンセプトカフェだ。


「……ふっ。くふふっ」


 おもわず笑ってしまった。ヒロインのキャラボケが変幻自在で飽きない。後半は生き別れた妹と再会してボディビル大会を目指すという、意味不明な感動的なギャグストーリーが展開されている。さすが杏子。こんな突飛なネタ、どうやったら思いつくんだ。


 読み終えた台本を杏子に返却する。


「どうだった?」

「杏子。これかなりいい線いってるよ」

「ふふふ。自信作だからね」


 杏子はでしょー、みたいなドヤ顔をしている。

 悔しいけど、普通に面白かったのでツッコめない。


「テツも早く書いてよねー。まだ悩んでるの?」

「うーん。恋愛ネタしか浮かばない以上、そっち系でやってみようかと思うんだけど……なかなか浮かばなくてさ」

「ふむふむ。それは困ったね……そうだ!」


 何か閃いたかのように、杏子はぽんと手を打った。


「テツ! デートしよう!」

「デ、デートですか?」


 予想外の提案にテンパって、おもわず敬語になってしまった。


「今日一日、私がテツの彼女役をやってあげるよ。いわゆる一日恋人ってヤツ? そうすれば、意外と恋愛ネタも思い浮かぶかもよ?」

「……なるほど」


 悪くない提案かもしれない。

 疑似デートをすることで、恋愛ネタのアイデアが閃く可能性はありえる。


 そもそも俺は恋愛経験ゼロだ。少しくらい経験しなければ、いいアイデアも浮かばないだろう。


「わかった。やってみよう。悪いな、恋人役なんて面倒なことやらせちゃって」

「水臭いなぁ。いいってことよー……しゃっ!」


 杏子は小さくガッツポーズをした。


 えっと……なんで杏子が喜んでいるんだ?


「杏子? どうかしたの?」

「なははー。なんでもないよん。じゃあ、放課後は二人で遊びに行こうねー!」


 そう言って、杏子は軽い足取りで教室を出て行った。


 ……何かいいことでもあったのかな?


 というか、デートってどこに行くんだろう。

 俺に相談する気はないようだし……サプライズでも狙っているのだろうか。


「まさか、からかうつもりじゃ……いや。さすがに考えすぎだな」


 杏子はお笑いに対して本気で取り組んでいる。デート中に俺をからかう一幕はあるかもしれないが、一日恋人は真面目にやってくれるだろう。


 ならば、俺がやることはただ一つ。

 真剣にデートして、恋愛ネタのアイデアを見つけることだ。


 ……いや待てよ?


 本気でデートに挑んだら、ますます杏子のことを好きになってしまうのでは!?


 でも、杏子は俺のために一日恋人役をやってくれるんだ。手を抜くわけにもいかないぞ……!?


「待て待て! どうするのが正解なんだぁぁぁ……!」


 机に突っ伏して、一人で悶々と悩むのだった。

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