第22話 相方の様子がおかしいんだが

 俺の脚本が採用されてから二週間が経った。


 中間テストも終わり、すでに六月に突入している。

 梅雨入りも発表され、今日もあいにくの雨だ。


「……はぁ」


 朝の通学路を歩きながら、盛大にため息をつく。ちょうど今の空と同じように、どんよりした気分だ。


 はっきり言って、脚本作りは難航していた。ネタのテーマは決まっているのだが、何度書き直しても納得のいく脚本にならない。『犬と姫』に挑むのであれば、半端な脚本では駄目なのだ。


 コンテスト予選まであと二週間。いよいよ稽古する時間がない。一刻も早く脚本を完成させないと、杏子に申し訳なさすぎる。


 そういえば……杏子は何も言ってこないな。「脚本どう?」とは聞いてくるけど、それ以上のことは言ってこない。普通なら「稽古する時間なくなっちゃうよ!」と焦ってもよさそうなものだ。


 信頼されている……とも少し違う気がする。


 なんかこう、前ほどコンテストに意欲的ではないというか……いやそんなわけないか。


 杏子は俺と同じ夢を持つ同志。お笑いに対する情熱は人一倍ある。杏子なりに何か考えがあるに違いない。


 というか、人の心配をしている場合じゃない。

 今は脚本を完成させることだけを考えないと。


「おはよー、テツ!」


 傘を叩く雨音を押しのけるような明るい声が聞こえた。杏子の声だ。


「おはよう、杏子。朝から元気だな」

「なはは。テツは元気なさすぎー。どうしたん?」

「どうしたって……そりゃ脚本ができてないから」

「あー、そっか……考えすぎはよくないよ? とりあえず、ぱーって書いちゃえばいいのに」

「……えっ?」


 なんだろう。すごく違和感がある。


 考えすぎはよくないなんて、まるで無関係な人からの助言みたいだ。「あー、そっか」なんて気の抜けた返事も当事者とは思えない。


 それに、ぱーっと書いちゃえなんて……お笑いに真剣な杏子の言葉にしては、どうも軽い気がする。


「ねえ、テツ。脚本書けたら、いったん私に見せてよ。二人で意見出して決めたほうが早くない?」

「それはそうだけど……」

「よし。じゃあ、今日中に脚本仕上げちゃおう!」

「えっ……書けるかわかんないぞ?」

「だいじょーぶ。二人でやれば余裕だって」

「そうか……そうだよな。ありがとう、助かるよ」


 今度は逆に建設的な意見だった。

 ……考えすぎだったのかな?


「じゃあ、放課後は私の家に集合ねー」


 そう言いながら、杏子は傘を畳んだ。いやいや。まだ雨降ってるんですけど。


「杏子。濡れちゃうぞ」

「こうすれば、へーきなのだ。おじゃましまーす」


 杏子は俺の傘の中に入ってきた。


「あ、杏子? 何してるんだ?」

「何って、相合傘」

「そうじゃなくて、なんで相合傘? 傘持ってるじゃん」

「『一日恋人』の番外編だよん。学校まで恋人ね」


 そう言って、杏子は俺の腕に抱きついた。

 微かに濡れたワイシャツ越しに、杏子の体温を感じてドキッとする。


 杏子のワイシャツも濡れていて、肌にぴったりとくっついている。

 見てはいけないと思い、そっと彼女から視線をそらした。


「もう一日恋人はいいよ。ネタの方向性は決まってるし」

「そう言うなってー。どや? 女子高生にくっつかれて嬉しかろ?」

「はいはい。いいから傘さしてよ」


 本当は嬉しい。

 だけど、今はそういう甘い展開はいらない。

 目の前のコンテストに集中すべきだ。


「あら? あらあら? 相変わらず『ニブンノイチ』は仲いいのねぇ」


 ゴージャスな花柄の傘をさしている女子に声をかけられた。


「あっ……さくら先輩。おはようございます」

「おはようございます、哲史くん。あらあら。杏子ちゃんは彼氏に甘えて可愛いのねぇ」

「あうぅぅ……か、彼氏じゃないですよぉ!」


 杏子は顔を真っ赤にして俺から離れた。


 あっ、杏子が濡れちゃう!


 そう思ったときには、俺はもう杏子の腕に手を伸ばしていた。

 引っ張ると、杏子は俺の胸に吸い寄せられる。


「テ、テツ?」

「濡れたら風邪ひくよ。傘をさしてから出ないと」

「そ、そうだね……ありがとう」


 えへへ、と笑う杏子。ほんのり顔が赤いのは、先輩に彼氏と勘違いされてテンパっているからだろう。


 今度こそ、杏子は傘をさして俺から離れた。

 その様子を見ていたさくら先輩はくすくすと小鳥がさえずるように笑う。


「うふふ。二人はとっても仲がいいから、てっきりお付き合いしているのかと思ったわ」

「違いますよ。俺と杏子はあくまで男女コンビですから……いでっ!」


 何故か杏子に背中を叩かれた。むすっとした顔をしている。なんでだよ。


「本当に仲がいいのね。ところで、コンテストに向けて稽古は順調?」

「それが……あまり進んでいないんです」

「そう……大変ね、二人とも」


 さくら先輩は困ったように笑う。


 たぶん、先輩は俺が杏子に恋をしていることに気づいている。今の「大変ね」の言葉には、「男女コンビで恋をするなんて大変ね」というニュアンスが含まれているに違いない。


「頑張ってね。哲史くん、杏子ちゃん」


 さくら先輩は俺たちを追い越して先へ行ってしまった。


「テツ。さくら先輩、何か変だったね」

「うん……変わった人だよね」

「むむっ! 私だって負けてないよ! 負けてないね、ああ負けてないともさ! はっはっは!」

「中身すかすかの反論しかできないとは……完敗だな」

「がーん! ううっ、相方に芸人向いてないからアイドルに転向しろって言われたぁ!」

「言ってねぇよ!?」


 特に後半は捏造も甚だしい。

 まさか君、自分はアイドルみたいに可愛いとか思ってないよね?


 雨の通学路を「杏子はアイドルになれるか?」というテーマで話しながら歩くのだった……いやそこは芸人目指せよ。

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