第4章 恋と芸、どっちが大事?

第15話 ライバルコンビ

 翌朝の教室。


 例によって、俺はネタ作りに精を出していた。


 一日恋人デートのおかげで、少しだけ突破口が見えた気がする。

 この調子でアイデアを出していけば、いい感じの脚本が出来上がりそうだ。


 ……昨日は思いのほかイチャつき過ぎた。そのせいか、杏子の様子が少し変だったけど、大丈夫だろうか。


 やたれデレが多くて、まるで俺を異性として意識しているような感じだったように見えたけど、気のせいだよな……?


「テツー! おはよー!」

「うわっ!」


 後ろから杏子に抱きつかれた。

 またこいつは過激なスキンシップを……待てよ?


 昨日の杏子はスキンシップを取ってこなかったっけ。


 それって『一日恋人』の効果で俺を異性として意識していたから、スキンシップが恥ずかしかったことじゃないか?


 つまり、昨日が特別だっただけで、普段は異性として意識されていない……ええ、わかってはいたさ。だけど、少し期待していたのでショックだ。


「テツ? どったん? なんか元気ないよ?」

「ほっといてくれ。俺にもいろいろあるんだ」

「なははー。そういときは、杏子ちゃんの元気を注入してあげよう。えいっ!」


 むぎゅー。


 杏子は力を込めてより密着してきた。


 挨拶のハグならまだしも、これはもうスキンシップの域を超えている気がするんだが……!


「おはよー、杏子ちゃん。今日も哲史くんと仲良しだねー」


 クラスの女子が杏子に声をかけてきた。

 彼女の名前は斉藤さん。杏子の隣の席の子だ。


 杏子は俺から離れて得意気に胸を張る。


「えへへ。まぁテツは私の下僕だからね。いつもそばに置いとかないと」

「聞き捨てならないな。誰が杏子の下僕だって?」

「主人に向かってその口の利き方……まぁいやらしい! 女王様とお呼び!」

「いやなんで!?」

「里中哲史と水原杏子……イニシャルをお読み!」

「SとM……SMだ! 女王様ってそういう意味だったの!?」

「よくぞ見破ったわね。ご褒美よ。私をキツキツの縄でお縛り!」

「唐突なハードプレイ! あと語尾で微妙に韻踏んでくるのやめろ! 上手くないぞ!」


『お縛り』はさすがに無理があると思う。


 それにしても……縄でお縛り、か。


 このボケ、俺のことを異性として意識していたら、恥ずかしくて言えないよな。やっぱり杏子は俺のことを相方としか思っていないのかも……。


 へこんでいると、何故か杏子は顔を赤くした。


「ハードプレイって……な、なに妄想してるのさ。テツのえっち」


 杏子はもじもじしながら、上目遣いで俺を見た。セクハラネタで自爆するとは杏子らしくもない。


「いやいや。何今さら照れてるの?」

「え……私、照れてる?」

「違うのか? なんか少し顔も赤い気がするけど……」

「う、嘘……私がセクハラネタで照れを感じたってこと……?」


 杏子は驚いたように瞬きをしている。よくわからないけど、無自覚だったらしい。


 困惑していると、斎藤さんが笑った。


「あはは、二人って本当に面白いねー。例の先輩たちの影響もあったりするの?」


 先輩……?

 いったい誰のことだろう。

 杏子も知らないらしく、不思議そうに首を傾げている。


「二人とも聞いたことないの? 二年生にお笑い芸人目指している男女コンビがいるって話」

「ええっ!? 私たちとキャラ被ってるじゃん!」


 杏子が大げさにのけぞった。


 俺も驚いた。同じ学校に芸人志望の生徒がいるだけでもびっくりなのに、まさか男女コンビだとは。


 杏子も気になったらしく、この話題にすぐさま食いついた。


「ねえ、斎藤さん。その先輩たち、どういうコンビなの?」

「男子の先輩はすごくイケメンだよ。爽やかで清潔感のある感じ」

「ふむふむ。テツとはキャラ被ってなさそうだね」

「ほっとけ」


 どうせイケメンじゃないウホよ! 悪かったゴリね!


「それで斉藤さん。女子のほうは?」

「背が高くて……なんかこう、ふわふわ系女子って感じ? ぽーっとしていて、天然っぽいイメージかな」

「うがー! 私と被ってる!」

「どこがだ」


 学校行事にスク水で登壇する女子がふわふわ系なわけあるか。そもそも杏子は背が低いだろ。


 まぁ相方のギャグは置いといて……芸人志望の先輩か。


 しかも、男女コンビだし、ちょっと気になる。


「杏子。放課後、二年生の教室に行ってみないか?」

「うん。私もテツと同じこと思ってたよ……キャラ被ってる芸人は潰すッ!」

「そんな物騒なこと思ってないよ!?」

「テツは甘いよ。この世は弱肉強食なんだから」

「芸人なんだから、せめてお笑いで戦ってくれ……俺はただ、ちょっと話を聞いてみようって思っただけ。芸人仲間がいたほうが刺激になるだろ?」

「たしかに。高校生で芸人仲間ってあんまりできないもんね。じゃあ、放課後はマックに集合!」

「ポテト食べてる場合か。二年生の教室に行くんだよ」

「そうだったね。うっかり」

「ふふっ。君たち、本当に息ピッタリだね」


 斉藤さんはくすくすと上品に笑った。


 そう。息はピッタリなのだ。


 でも、それは杏子が最高の相方である証拠であり、同時に恋をすべき相手ではないことの証拠でもある。


 不意に杏子と目が合う。彼女は「テツ。マックも行こ?」と俺のブレザーをグイグイ引っ張った。まるで彼氏に甘える彼女の所作である。


「……わかったよ。帰りに寄ろう」

「さっすがテツ! ノリいいねぇ!」


 杏子は満面の笑みを浮かべ、俺のほっぺたをぷにぷにしてきた。


 ……あー! なんでこんなに可愛いんだ、俺の相方は!


 喜ぶ杏子を見ながら、そう思った。

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