今さら好きになった女の子は、親友よりも固い絆で結ばれた相方の美少女芸人でした ~恋と芸、どっちも選んじゃ駄目ですか?~

上村夏樹

第1章 男女コンビの相方を好きになるということ

第1話 男女コンビの友情は成立する?

 男女の友情は成立するか、という永遠のテーマはあまりにも有名である。


 しかし、俺、里中哲史さとなかてつしはもっと悩ましい問題に直面していた。


 そう……『男女のお笑いコンビの恋愛は成立するか?』という究極のテーマである。


 コンビ名は『ニブンノイチ』。

 俺は相方のボケ担当――水原杏子みずはらあんずに恋をしている。


 ◆


「「どうもありがとうございましたー!」」


 夕方の公園にネタ合わせ中の声が響き渡る。


 さっきまですべり台にいた児童たちは帰り、公園には俺と杏子しかいない。放課後、学校から直接ここに来たため、二人とも制服姿だ。


「ふぅ……いい稽古だったな、杏子」


 俺がそう言うと、杏子はぷくーっと頬をふくらませた。


「テツぅ! なんで注意したことできてないの!」

「え? 俺なんかやっちゃった?」

「やっちゃってるよぅ! 中盤のツッコミ、声量もテンションも高すぎ! あそこはまだテンポ上げなくてもいいって前に言ったじゃん!」


 それは……たしかに言われた気がするな。


 今ネタ合わせした漫才は、後半にボケ数を増やして一気に畳みかける構成だ。中盤にテンポアップしてしまえば、全体のバランスが崩れてしまう。杏子はそれを指摘しているのだ。


「ごめん。杏子のボケが気持ちよすぎてさ。つい熱くなっちゃうんだよ」

「……なんだそれ。そんなこと言われても嬉しくないよ! なははっ、このへたっぴが! えへへ!」

「めっちゃ嬉しそうなんだが」


 満面の笑みを浮かべる杏子。これはボケじゃなくて素の反応だ。


 ひとまず休憩を取ることになり、公園のベンチに二人で腰かける。

 隣に座る杏子はまだニヤニヤしていた。


「えへへー。そっか、そっかぁ」

「なんだよ。まだ喜んでるのか?」

「だって、嬉しいじゃん? 相方にボケを褒められたらさー」


 にししっ、と笑う杏子の顔は茜に染まっている。それが照れているのか、夕陽に照らされているからなのか判断できない。


 ただ、可愛い笑顔だなと思う。少女のあどけなさの中に、大人っぽさが垣間見える横顔。妙な色気があり、ドキッとしてしまう。


 見惚れていると、夕暮れの風が杏子の髪を優しく揺らした。


「そういえば、杏子の髪だいぶ伸びたな」


 俺と杏子は昔からの付き合いだ。同じ小学校に通っていて、お笑いコンビを結成したのもそのときだった。


 当時の杏子はショートヘアだった。日焼けもしていて、服もティーシャツに短パンという格好が多かったと思う。男子に混ざって遊んでいたし、まるで少年のような女の子だった。


 それが今はどうだろう。


 透き通るような白い肌。少し茶色がかった、肩まで伸びた髪。背は低いのに、大きく育った胸。成長した杏子は絵に描いたような美少女だった。


「うん? どったの、テツ。もしかしてー、私の可愛さに見惚れちゃった?」


 からかうような笑みを浮かべた杏子が、俺の腕に抱きついてきた。


 昔はこの程度のスキンシップでは動揺しなかった。


 だけど、今は違う。


 杏子の腕から感じる体温。それから微妙に当たっている豊かな胸。それらを意識してしまい、心臓がバクバクと悲鳴を上げている。


「どしたー、テツ。図星なのかなー? どうかなー?」


 ニヤニヤしつつ、杏子はもっとくっついてきた。先ほど以上に胸がむぎゅっと当たっている。


 正直、嬉しさよりも緊張のほうが勝っている。男女の距離感じゃないだろ、これ……!


「……あー、はいはい。見惚れてましたよ」


 内心を悟られないように適当に流すと、杏子はつまらなそうに口を尖らせた。


「あ、そう。私、可愛くないんだ。いいもんねー、可愛くなくても。どうせ私は相方にゴリラか何かだと思われているんだウホ」

「そう思うなら、まずゴリラ語尾を直そうな?」

「少しくらい褒めてくれてもいいじゃん……あーあ。髪、切っちゃおっかな」

「えっ? 切っちゃうのかよ……あっ」


 しまった。失言だった。


 からかわれる……と思ったときにはもう遅い。杏子はニヤリと口角をあげ、肘で俺のわき腹をぐりぐりしてきた。


「テツぅ。やっぱり私の可愛さに見惚れてたんじゃないのー? じゃなきゃ『髪切らないでよ。今の髪型、俺は好きだ』なんて言わないし」

「そこまでは言ってねぇ! セリフを捏造すんな!」

「あははっ。照れるなよー、かわいいヤツめ。うりうり」


 杏子は俺のほっぺたを指でぐりぐりしてきた。くっ、絡み方うぜぇ……。


 俺は彼女の腕をそっと払った。


「……まぁでも、その髪型は似合ってると思うぞ」

「へっ?」


 正直に気持ちを伝えると、杏子は照れくさそうに頬をかいた。


「そ、そお? えへへ、嬉しいウホねぇ」

「ゴリラ語尾やめろって」


 ついでに言えば、照れ隠しにボケるのもやめてほしい。なんだか俺まで恥ずかしくなってくるだろうが。


「テツもまぁ、かっこいいほうなんじゃない? ゴリラの群れの中ではボスの風格あるよ」

「誰がボスゴリラだ! 俺のこと馬鹿にしてるウホよねぇ!?」

「あははっ! しーらないっ! そんなことより、肉まん買いにコンビニ行きたい!」


 杏子は、けらけらと楽しそうに笑いながら立ち上がり、そのまま駆けだした。

 とことこ走る動きに合わせて、短いスカートが頼りなさげになびく。


「待てって。肉まん、俺も買いにいくから」


 声をかけると、杏子は振り返った。不思議そうな顔をしている。


「およ? テツもついてきてくれるの?」

「うん。駄目か?」

「まっさかぁ! 一緒に行こうぜー!」


 その場でぴょんぴょん飛び跳ねるが可笑しくて、つい笑ってしまう。

 俺は杏子の隣に立って頭を撫でた。


「あはは。はしゃぐと転ぶぞ?」

「なっ……撫でるなよぅ。ばか」


 唇を尖らせて拗ねる杏子。

 どうして不機嫌なんだと思っていると、彼女の頬がふっと緩む。


「……さんきゅ。昔からテツは変わらないね。ワガママな私を甘やかしてくれて……優しいままだ」


 優しい、なんて言われ慣れているはずだった。「はいはい、そりゃどうも」って感じで流すのが常だった。


 だけど、最近はどうもおかしい。杏子に褒められると嬉しいのだ。胸が高鳴って、苦しくて、妙に切なくなる。


 いや……それどころか、二人でいる子の時間さえも愛おしく思っていた。


「テツ? どったの?」

「いや、なんでもないよ」

「そお? 変なテツ……ねね! そんなことより、早くコンビニ行こうよ!」

「というか、肉まん売ってるのか? 今五月だぞ?」

「売ってたらいいなぁ。ククク……肉まんよ、せいぜい震えて待っているがいい! 君はもうすぐ私の血肉となるのだ!」

「言い方こわいよ」

「なかったらアイス食べよう」

「真逆の食べ物じゃねぇか」


 呆れている俺をよそに、杏子は歩き出した。弾むような足取りだ。


 彼女の後ろを歩きながら考える。


 コンビ結成六年目。杏子はどんどん可愛くなっていく。最初は異性として見たことなんてなかったのに、最近はドキドキしっぱなしだ。


 自分の頭を揉みくちゃにしながら、心の中で叫ぶ。


 今さら「好きだ」なんて言えねぇぇぇぇ……!


 お笑い芸人の頂点に立つ――それが俺と杏子の夢だ。


 もし俺が気持ちを伝えて、お互いが異性として意識し始めてしまったら?


 嫌われたくなくて、思いきったボケができなくなってしまうかもしれない。下ネタとか絶対無理だし。


 そんなことになったら、俺たちの夢が遠のいてしまう。最悪、解散ということもありえる。


 そもそも、杏子は俺を異性として見てないと思う。そうじゃなければ、抱きついたりしてこないし、「ウホ」とも言ってこないはずだ。


 ……脈ナシなら、なおさら気持ちを伝えるのが怖い。


 頼む。誰か教えてくれ。

 相方の女性芸人を今さら好きになったら、どうすればいいんだよぉぉぉぉぉ!


 ……悶々としつつ、杏子の背中を追うのだった。



 ★



 テツに顔を見られないように、私は彼の前を歩く。


 だって今の私、たぶん顔真っ赤だ。ほっぺがすごく熱いの、自分でもわかるもん。


 最近、私は少しおかしい。テツと目が合うと、ドキドキする。私のこと可愛いって思ってほしいとか、優しくされたいとか、そんな乙女な感情を抱いてしまう。


 昔はそんなこと思わなかった。幼い頃のテツはチビで坊主頭の少年で、お世辞にもかっこよかったとは言えない。昔から優しかったし、とてもいい人だったけど、恋愛感情に発展することはなかったのだ。


 お笑いの感性が近く、この人とならお笑いの頂点へ駆け上がれる……そう思ったから、テツとコンビを組んだ。そこに恋愛感情は一切ない。


 それが今はどうだろう。


 テツは私の背を軽々と追い越した。体つきも男らしくなったし、髪もサラサラで清潔感があってかっこいい。


 それだけじゃない。

 好きになった一番の理由は、テツがありのままの私を受け入れてくれるからだ。


 テツは私をいっぱい甘やかしてくれる。ワガママを聞いてくれる。一緒に笑ってくれる。私が困ったときは手を差し伸べて助けてくれる。本当に優しくて、頼りがいのある男の子だ。


 彼と過ごす時間は、私にとって大切でかけがえのないモノになっている。


 そのことに気づいたとき、この気持ちは恋なのだと悟った。まさか初恋の人が相方になるとは思ってもみなかったよ……。


 でもね、これはきっと叶わぬ恋。

 だって、テツってば私に興味ないんだもん。


 今日だって、私が抱きついてもクールだった。普通は女の子に抱きつかれたら、ドキッてするもんじゃないの? 恥ずかしかったけど、胸まで押しつけてアピールしたのに……テツのばか! にぶちん! ボスゴリラ!


 ……これが回りくどい方法だというのはわかっている。直接「好き」と気持ちを伝えるほうが断然早くて効果的だ。


 でもさ、好きなんて言えないよ。


 だって、相方なんだもん。


 この恋が成就してもしなくても、今までどおりの関係ではいられない。どっちにしろ、相方という間柄ではなくなっちゃうと思うんだ。


 最悪の場合、解散してしまうかもしれない。それは嫌だ。テツとお笑いやりたいもん。私たちなら、絶対にお笑いの頂点を取れるって信じているから。


 お願い。誰か教えて。


 相方と恋をしてはいけないのなら、この恋心はどうすればいいのよぉぉぉぉ!


 心の内を悟られないように、笑顔で振り返る。


 テツと目が合った。


 私を見つめる澄んだ瞳。優しい笑顔。風になびいて揺れ動く、サラサラの黒髪。


 は? 相方のくせにかっこよすぎなんですけど? あなたがそんなイケメンだから、こっちは好きになっちゃうんでしょーが!


 そんな理不尽な感想を抱きながら、じゃれつくように抱きついてみた。テツは迷惑そうな顔をしている。ばかばか。必死の好き好きアピールなんだから、少しはドキッとしてよ。


 あー、どうしよう。

 本当に好きだ。


 私はモヤモヤしながら帰路につくのだった。

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