第6話 ハイスクール漫才グランプリ

 しばらくして、俺たちは劇場を後にした。


 エレベーターに向かって歩いていると、同い年くらいの男二人とすれ違った。

 彼らはパンフレットを見ながら話している。


 聞くつもりはなかったが、彼らの会話が耳に入ってきた。


「これ見ろよ。高校生お笑いコンテストだって」

「参加資格は高校生限定なんだ。俺たちも出ちゃう?」

「いや無理だろ。思い付きで出て入賞できるほど甘い世界じゃないし」


 二人は「たしかになー」と笑い合った。


 へえ。高校生お笑いコンテストがあるのか。


 ……ちょっと興味あるな。いきなり優勝できるかどうかは置いといて、実力を試すいい機会だ。


「杏子。あの人たちの持ってるパンフレット、どこかに置いてないか……あれ?」


 隣を歩いていたはずの杏子がいない。


 あっ……さっきの二人組に話しかけている。


 めっちゃ食い気味に話しているけど、大丈夫か?

 なんかドン引きされてるっぽいんですけど……。


 杏子はペコリと頭を下げると、笑顔で俺のもとに返ってきた。

 彼女の手にはパンフレットが握られている。


「パンフレット、もらってきちゃった。いい人たちでさー、よかったらどうぞって」

「杏子の食いつき方が異常だったから怯えてただけじゃ……」

「そんなことないよ。だって私、うさちゃんだし。ぴょん、ぴょん♪」


 両手を頭の上にのせて、ウサギの耳を表現する杏子。いや、さっきのはどう見ても獲物を捕らえた肉食動物だっただろ。


「杏子もお笑いコンテスト興味も持ったんだ?」

「杏子もってことはテツも? えへへ、気が合いますなー」

「まあ俺たちの目標だしな。ちょっと見せてよ」

「うん。一緒に見よう」


 エレベーターには乗らず、フロアの隅っこでパンフレットを広げる。


 表にはデカデカと「第一回高校生お笑いコンテスト――『ハイスクール漫才グランプリ』開催!」と書かれていた。各地方で予選会を実施して、勝ち上がってきた高校生で決勝戦を行う方式らしい。


 参加資格は、参加者が高校在学中であること。そして二名以上でエントリーすることの二点だ。つまり、コンビでもトリオでも参加可能。性別も問わないらしい。


「テ、テツ! 優勝特典すごいよ!」

「えっ……は? マジ?」


 俺は目を疑った。


 まず優勝賞金の百万円に驚いた。

 学生のコンテストで百万円はかなり大きい金額である。


 特典は賞金だけではない。

 元好が運営する芸人養成所の入学金と学費の免除。『観ルネ・ザ・モトヨシ』に一度だけ出演できる権利。しかも、卒業後のタレント契約まで付いている。


「すごいな、これ。豪華すぎるぞ」

「テツ。これ、プロへの登竜門ってことだよね?」

「実際にプロになれるわけだし、そうなるな……」


 在学中に実績を作るどころではない。

 一気にプロへと駆け上がれる絶好のチャンスだ。

 これを逃す手はない。


「テツ。どうする?」


 杏子が得意気な顔で尋ねる。

 その瞳には燃えるような情熱が宿っていた。


「当然、でるッ!」

「さっすがテツ! わかってるぅ!」


 杏子は俺の肩に手を乗せて、ぴょんぴょん飛び跳ねた。動きに合わせて胸がぷるんと揺れている。


「うおーっ! なんかやる気でてきたぁ!」

「落ち着け、杏子。また周囲の人に笑われるぞ」

「だってぇ、ワクワクするじゃん! あ、そうだ。エントリーはいつまで?」

「そこ大事だよな。えっと……」


 エントリーの〆切は五月二十日日……今週末か。ギリギリだったな。


 応募要項によると、スマホからでもエントリーできるらしい。


「早めに応募したほうがいいよな。杏子、どうする?」

「そうだなぁ……よかったら、ウチで応募しない?」


 何か考えるような素振りをしてから杏子は言った。


 ……杏子の家だって?


 昔はよく遊びに行っていた。ゲームしたり、テスト勉強をしたり、ネタを書いたりしたっけ。


 だけど、中学三年生からは行ってない。ちょうど俺が杏子のことを異性として意識し始めた頃だ。もちろん、行かなくなったのは、杏子のことをもっと好きになったら困るからである。


 杏子の考えていることがわからない。

 応募するだけならどこでもできるのに……どうして自分の家に誘ったりするんだ?


「うーん。同級生の女子の部屋に入るのはちょっとなぁ……」

「たはーっ! テツが女子の部屋を妄想してる! 思春期かよ!」

「いやいや! 杏子も嫌でしょ?」

「なんで? いーじゃん、コンビなんだし」


 コンビだからダメなんだよ。これ以上、俺をお前に惚れさせるなっての。


「ウチでも応募はできるからね。それでそのあとはネタ作り! いい考えでしょ?」

「あ、ネタ作りするのね……」


 白状します。もしかしたら「デートの後はテツと二人きりになりたいな……だめ?」みたいな甘い展開かと思いました。思春期ゴリラですみません。


「テツ? どうしたの? なんだか残念そうな顔してるけど……もしかして、私の家は嫌?」


 不安そうに尋ねられたので、慌てて首を横に振る。


「そんわけないだろ。相方の家だぞ? 実家より安心感あるわ。お前の家は俺の家!」


 ボケで切り返せば、杏子にも笑顔が戻るだろう。


 そう思ったのだが……。


「……それって、私と一緒に暮らすのも問題ないって意味?」

「はいっ!?」


 いやいや! それもうコンビじゃないから! 夫婦だから!

 別にプロポーズしたわけじゃないからね!?


 ……などとツッコミを入れたら、「私と結婚しちゃう?」とからかわれそうだ。

 ここは冷静に訂正しておこう。


「そういう意味じゃないよ。ボケだよ、ボケ。間に受けるなって」

「……そうだよね。はぁ」


 何故か杏子は嘆息した。


 おかしい。「照れ隠しだ! きもーっ!」とか言うと思ったのに……どうして落ち込んでるんだ?


「杏子。どうかしたの?」

「なんでもないし。いいから早く行こ?」

「お、おう……」


 なんだか杏子の態度が冷たい。

 もしかして、ちょっと怒っていらっしゃる?

 うーん。異性の相方は難しい。


 杏子の感情がイマイチ読めないまま、彼女の家に向かうのだった。

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