第4話 観ルネ・デ・デート

 そして、翌日の土曜日。

 俺は観ルネのある新宿駅南口にやってきた。


 待ち合わせ場所は『みどりの窓口』前。人の邪魔にならないように隅っこに立ち、スマホを取り出した。


 時刻は十三時十五分。約束の時間まであと五分ある。


 服装は悩んだ挙句、黒いシャツにジーンズという無難なコーデにした。変にオシャレしたら、また杏子にイジられる。これはデートじゃないんだから、普段どおりでいいのだ。


「お、早いねー。待った?」


 スマホをいじっていると、杏子の声が聞こえた。


「いや。今さっき来たところ……」


 顔をあげると、そこにはオシャレした杏子の姿があった。


 ベージュのカーディガンに、下はグリーンのロングスカート。足元は赤いスニーカー。手に持ったバッグは小さくて可愛らしかった。


 杏子、こういう女の子らしい服も着るんだ……化粧もしていて、すごくきれいだ。


「テツ? どったの?」

「あ、いや。なんか今日、雰囲気違くない?」

「そ、そお? 可愛い?」

「え? お、おう……似合ってると思うよ」

「そっか……えへへ。実は昨日ね、駅前のショップに出かけて服を買ったんだ。これ、一生懸命考えたコーデなの。テツに褒めてもらえて嬉しいぜー」


 なはは、と杏子は照れくさそうに笑った。


 なるほど。それで昨日は早く帰ったのか……いや待て。なんで今日のためにオシャレしてきた? 相方の俺とお笑いライブを観るだけだぞ?


 まさか……俺のために?


「どうだー、テツ? 相方が可愛かろ? 私と写真を撮って『これからデート!』ってSNSにアップしてもいいんだよ?」


 前言撤回。からかいたいだけだったようだ。


 わかっていたさ。杏子にとって俺は相方。デートを意識してオシャレするなんてありえない。


「はいはい。わー、デート楽しみー」

「むぅ。ノリ悪いなぁ。だからテツはモテないんだぞー?」

「杏子に言われたくないわ。俺と同じで恋人いない歴イコール年齢だろ」

「まーね。でも、よく告白されるよ?」

「え、マジ?」


 嘘だろ。あの杏子がモテるわけ……いや違う。そう思っているのは、昔の杏子を知っている俺だけだ。


 杏子は以前よりずっと可愛くなったと思う。人懐っこい笑顔は可愛いし、スタイルも抜群だ。性格もからかってくるのだけは面倒くさいが、他は悪くない。モテない要素を探すほうが難しい。


 ……現に俺、めっちゃ好きだもん。


 動揺していると、杏子が吹き出した。


「ぷっ……あははっ! テツが焦ってるー!」

「なっ……また嘘ついてからかったな!?」

「いやいや。よく告白されるのは本当。まだ高校生になって二カ月しか経ってないけど、四回も告白されたし」

「そ、そんなにモテるのか……」

「ま、安心してよ。ぜーんぶ断ってるからさ」

「なんで俺が心配している前提なんだよ。それじゃまるで俺がヤキモチ妬いてるみたいじゃんか」


 気が動転しているのを誤魔化す軽口のつもりだった。

 それなのに、何故か杏子のほうが狼狽えている。


「えっ? そ、それは……ほら! 私が恋愛したら、ネタの練習する時間が減っちゃうでしょ? だから、心配しないでって意味! 他意はないから!」

「お、おう……なんか必死だな」

「ひ、必死じゃないよぅ!」


 杏子は顔を赤くして、俺の胸のあたりに頭突きをしてきた。

 何がしたいのか全然わからん。


「もう。テツが変なこと言うから顔が熱くなってきたじゃん……あ、開演何時だっけ?」

「十四時からだね。もう入場できると思う」

「マジか! じゃあ、いこいこー! くーっ、早く漫才みたいなー!」


 杏子はその場でトタトタと足踏みをした。大人っぽい服装をしているのに、行動は相変わらず子どものままである。そういう無邪気なところもまた可愛い。


「小学生の頃から変わらないな、杏子は」

「えー、変わったよー。見て、背が伸びた!」

「そりゃそうだろ。俺だって伸びたわ」

「他にもほら。胸も成長したよ?」


 得意気に胸を張る杏子。ぽよん、と大きな胸が上下に揺れた。


 落ち着け、哲史。

 これはフリだ。芸人としてはボケないといけない。


 だけど、何も思い浮かばなかった。

「成長した胸」というフリが悪い。下ネタは言いにくいし、セクハラになるのも困る。「好きな子の好感度が下がるのは嫌」という、思春期の感情が邪魔だった。


 いかん。面白い返しが浮かばない……好きな人が相方だと、こういうときマジで困る。


 何か喋らなきゃと思っていると、杏子は笑った。


「あははっ。テツってば、むっつりなんだからぁ。私の胸、見過ぎなんですけど?」

「んなっ……杏子がアピールしてきたんだろ! このおっぱい幕僚長が!」

「ぬはーっ! ワードセンスきもーっ!」


 俺の反応がよほど面白かったのか、杏子は豪快に笑っている。


 ふー。なんとかフリに応えることはできたが、胸中は穏やかではない。杏子め。覚えていろよ。


「……そっか。テツも少しは私に興味あるのかも……?」

「うっ。お前なぁ、まだ胸の話をするつもりか?」

「へっ? あ、ううん! 今のは独り言っていうか……いいじゃん、べつに。テツにはナイショ」

「……うん? どういう意味?」

「いーいーかーらー! ほら、行くよ!」


 ふんふんふーん、と杏子は鼻歌まじりに歩き出した。


 よくわからないけど、なんかご機嫌だな……まあ、観ルネに行こうって杏子から言いだしたんだ。楽しみにしているのは当たり前か。


 ……よし。俺も一緒に楽しむか!


「杏子。はしゃいでると転ぶぞ」

「なははー。何その保護者みたいな言い方」


 保護者みたいなものだろ、と内心で思いつつ、ご機嫌な杏子と並んで歩くのだった。

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