第25話 旅するニセ三姉妹①
「やめるなら今しかないですよ。本当に王都まで行かれますか?」
ベリンダ先生は乗合馬車の停留所前で、私にそう問いかける。
これから2週間ほどかけて私たちは王都に向かう事になるのだが、本当に王都へ一緒に行くのか? と私に最後の確認をしてきたのだ。
早朝のケーネの街は、まだほとんど人がおらずにまばらだった。人であふれているケーネの街並しか知らなかった私には、この風景がとても新鮮だった。
昼間と違って人混みであふれていないせいなのか、なんだか空気も澄んでいるように感じる。きっと乗合馬車の出発時間が朝早くではなかったら、このケーネの違った一面を味わえなかっただろう。
「いいですか。乗合馬車に乗ったら、途中でホームシックになっても、もう戻れませんからね。それから私たちが泊まる宿屋は、貴族のお嬢様が暮らしているような快適なお部屋ではないです。あとは……、えっと――」
「乗合馬車は伯爵家の馬車と違って決して快適ではない――、でしょ?」
同じ話を何回も聞いていた私は、すっかり確認事項を覚えてしまっていた。
それにしても本当にベリンダ先生は心配性だと思う。
この確認話を私にしてきたのは、もう何回目だろうか。
きっと私はまだ六歳の子供なので、遠旅に連れて行くのが不安なのだろう。
だが私はもうすぐ七歳になるのだ。いつまでも子供扱いをされても困る。
「じゃあ最後に――、まず私の名前は?」
「ベリンダ姉さまです」
「では、こちらの方は?」
そう言うと、ベリンダ先生、いや、ベリンダ姉さまは侍女のレナを指差す。
「レナ姉さまです」
「はい、良く出来ました」
私たち三人は、今回の遠旅では三姉妹を名乗る事になっていた。
長女が侍女のレナで、次女がベリンダ先生。そして末っ子の三女が私だ。
もしも伯爵家の一人娘が、手薄な警備で王都に向かっているなんてバレたら、どんな危険な目に遭うとも限らないというのが、偽りの三姉妹を演じる理由だった。
「では出発しましょう。今から私たちは三姉妹です。ここからはお嬢様ではなく、サラと呼ばせていただきます。お許しください」
「望むところですわ」
私は意気揚々と乗合馬車に乗り込んだのだった。
ところが――。
乗合馬車の移動は想像以上に退屈だった。
ケーネを出発したばかりの時は初めて見る風景に興奮したりで、それなりに馬車の旅を楽しんでいた。
乗客は私たち以外にもいたので大騒ぎはしなかったが、それでも私はベリンダ先…、いや、ベリンダ姉さまに質問攻めをしていた。
だがどこまで行っても同じ景色ばかりが続くので、徐々に景色も見慣れてしまい、感動も薄れていく。
こうして数時間後の私は、馬車に乗っていること自体に飽きてしまっていた。
「ベリンダ姉さま、到着まであとどれくらいですか?」
退屈に耐えきれなくなった今の私の関心事は、次の停車場所であるリアムにいつ到着するのかという事だけだった。
リアムはハイラート領では領都ケーネに次ぐ第二の都市だ。街の名前の由来になったリアム湖の周りをぐるっと取り囲むように出来た街は、領都ケーネほど大きくはないが、ケーネと王都を結ぶ街道の宿場町として栄えていた。
「到着は早くても昼過ぎになるって言ってたから……。そうね――あと4~5時間くらいは見ておいた方が良いかもしれないわ」
懐中時計を取り出して時間を確認したベランダ先生が残酷な一言を投下してきた。
当然その話を聞いた私は、一気に気持ちが萎えるのであった。
だって、この苦行がまだしばらく続くのだ。
しかしここには、私以上にその話を聞いて堪えている人がいた。
「そ、そんな……」
侍女のレナが情けない声をあげる。
「私のお尻、そろそろ限界なんです……」
レナにとって乗合馬車の座席は、想像以上に硬かったようだ。侍女と言っても彼女はれっきとした貴族出身なのだ。
私も乗合馬車の座席は、我が家の所有している馬車よりも座り心地が悪いとは思ったが、つらいとか耐えられないとかまでにはならなかった。
馬車に乗ったことが洗礼の儀の時くらいしかなかった事が、逆に良かったのかもしれない。
こうして退屈に耐えられない私と、お尻に爆弾を抱えた女一名を乗せた乗合馬車は、5時間後にやっとリアムに到着する。
「あーもうっ、いたたたた――。揺れるたびにお尻に響いてきてて……」
馬車から降りたレナは、疲れ切った顔ですっかり憔悴していた。
「あのう……。治癒魔法はあまり得意じゃないのですが、ヒールでもかけましょうか?」
ベリンダ先生が、レナに小声でつぶやく。
「本当? 助かります……」
レナはヒールをかけてもらった後、湖で獲れる魚料理が名物になっているリアム料理を早く食べたいと騒ぎ始めたので、おそらくベリンダ先生の治癒魔法が無事に効いたのだろう。
次の街に向かう乗合馬車の出発時間を調べに行ったベリンダ先生を待つ間、私はリアムの街を物珍し気にキョロキョロと見回していた。
ケーネのような都会の喧騒とした雰囲気はないが、ここリアムは宿場町ということもあって大勢の人が街中を行き来している。
私はそんな街の様子を見ながら、ケーネから遠く離れた見知らぬ場所にいる自分自身に感動していた。
(私は今、旅をしているのね)
遠旅に出掛けるなんて大胆な行動が出来たのも、前世の記憶があった事が大きい。
だから人生をやり直させてくれたヘル様には、本当に感謝をしないといけないだろう。
もしも前世の記憶が無ければ、私は伯爵家の箱入り娘として、屋敷に引き籠ったままの生活を送っていたに違いないのだから。
私は目の前に広がる、ここリアムの観光名所である大きな湖を眺める。
「本当によい眺めね、レナ姉さま」
「はい。あっ! えっと――、そうだわね、サラお嬢……、あっ、しまった。――そうだわね、サラ」
それにしても、レナがここまで演技が下手だとは。
ベリンダ先生と毎日練習してたって言ってたけど、その成果が全く出ていないじゃない……。
私が不甲斐ないレナを細目でじっと見ていると、遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。
声がする方に目を向けると、人が円を描く様に集まっている。
「ちょっと見てくるわ。一人で荷物番しててもらっていい?」
「えっ!? お嬢様待ってくださ……じゃなかった、こらサラ! 待ちなさい!」
相変わらず下手な演技を披露しているレナを置いて、私は人が集まっている場所へと急ぐのだった。
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