第15話 火龍伝説
魔法の力を制御する方法を学ぶため、私はベリンダ先生とレナの三人で草原に向かっていた。そこで訓練をするのだ。
私はベリンダ先生と一緒に、レナは一人で、それぞれ馬に乗った。
なぜ草原で訓練をするのかというと、周囲になにもない草原だったら、まだ力を制御出来ない私が魔法を使っても安心だからだ。
「ああもう、お尻が痛いわ。馬車で来ればこんな事にならなかったのに――」
先ほどから、侍女のレナは愚痴ばかり言っている。
「だから、ついて来なくてもいいって言ったでしょ」
「すみません、レナさん。伯爵家の馬車で移動すると目立ってしまうので――」
「ベリンダ先生が謝ることなんてないです。ついて来るって言ったのはレナなのだから」
レナは、私とベリンダ先生が草原で魔法の訓練をすると言うと、絶対に自分も付いていくと言って聞かなかった。
にも関わらず、この体たらくなのである。
もうレナのことは放っておこう。それよりも私には気になる事があった。
「それにしても、よくこんな短時間でお父様を説得出来ましたね。」
ベリンダ先生は外出許可だけではなく、私が剣術を学ぶことも許可してもらっていた。
まさかベリンダ先生が、こう容易く父を説得できるとは思っていなかったのだ。
「伯爵様には弱点があるので説得は簡単でしたよ」
そう言うとベリンダはニッコリと笑った。
(お父様に弱点?)
ベリンダ先生は父の弱みを握っている――、というのだろうか。
なら私も父の弱点を握れば、今後父との交渉がし易くなるのではないだろうか。
「ねえ、ベリンダ先生。お父様の弱点って何ですか?」
「それは言えません。伯爵様に知られるわけにいきませんから。ねえ、レナさん」
突然話を振られたレナはビクっとした顔をし、しばらくすると目が泳ぎだした。
相変わらず分かり易い反応をするレナに、私はレナがなせ訓練に付いてきたのかを察した。
「お父様に言われて、私の監視に来たのね」
レナを睨むと、まるで蛇に睨まれたカエルのように、顔も動かさずに固まっている。
「監視じゃなくて、護衛ですよね? 何があったら身代わりになってでもサラ様を守るようにと、伯爵様に言われたんじゃないですか?」
ベリンダにすべて見透かされたレナは、大きなため息をついた。
そして観念したかのように語りだした。
「伯爵様には、私が言ったなんて言わないでくださいよ」
「わかっています」
「ベリンダさんのおっしゃった通りです。旦那様にお嬢様をお守りするよう言いつかったんです……。侍女の中でお嬢様の魔法の力を知っているのは私だけだったので、私が仰せつかったんです」
たしかに私が魔法を暴発させて屋敷の壁を破壊した時に、側にいたのはベリンダ先生と私付きの侍女のレナだけだった。
お父様は私の力を秘密にしておきたいので、護衛を頼めるのはレナだけだったのだろう。
「ねえレナ。あなたは私付きの侍女よね?」
「はい、そうです」
「それなのに、いつも私よりもお父様の指示を優先してない?」
私は嫌味を言ったつもりだったが、レナには通用しなかった。
「私は、旦那様から給料を頂いていますので」
――あっ、そうよね……、うん。なんかレナってそういう所があるよね……。
◇◆
「ここにしましょう。周囲に人影もありませんし」
ケーネ郊外の人気のない草原に着くと、ベリンダ先生は馬を止めた。
「うーん、気持ちいい」
私は馬から降りると、晴れ渡った青空に向けて大きく両手を上げて体を伸ばした。
屋敷から出たのが洗礼の儀以来だった私は、この小さなお出かけが楽しくてしょうがなかった。もはや訓練のためというよりも、ピクニックにやって来たような気分でいたのだ。
すっかり気が緩んでいる様子を見たベリンダ先生は、私に発破をかける。
「さあ、お嬢様。時間がありません。さっそく始めましょう」
そう言われた私は、しぶしぶ魔法の訓練を始めた。
「風魔法だと力の大きさが目視できないので、今日は火の基礎魔法にしましょう。ここなら火を使っても危なくないですから。火が燃える仕組みについてはこの前教えましたよね?」
そう言うと、ベリンダは魔法で掌に親指くらいの小さな炎を出した。
「それではサラ様もやってみましょう」
私は掌を上にして手をまっすぐ伸ばすと、慎重に魔力を発動する。
――ブウォォオオオオ!!
空に向かって巨大な火柱が立ち上がった。
「り、りゅ、龍が――、火龍が空に登っていきました……」
レナは驚いて腰を抜かす。
「相変わらず凄まじい力ですね――。今度はもっと小さな炎を作るイメージを意識してみてください」
ベリンダ先生にそう言われた私は、親指くらいの炎を作るイメージでもう一度魔法を発動する。
先ほどと対して変わりない大きな火柱が再び立ち上がった。
小さな炎を作れない事がとても悔しかった私は、その後も火の魔法を何度も試してみるのだが、なかなか上手くいかない。
ベリンダ先生は、私は魔力量と精神力が桁違いに多いため、逆に細かい微調整が難しくなってしまったのではないかと、力の加減が上手く出来ない原因を分析していた。
そして加減のやり方が分からなくて焦っている私を励まそうと思ったのか、ベリンダ先生が魔力量を褒めてくれる。
「さっきからこれだけ連続で魔法を発動しているのに、全く精神力切れ起こさないなんて――。お嬢様は本当にすばらしい才能をお持ちですわ」
まさしく二歳の時から毎日欠かさず魔法の鍛錬してきた成果である。
(ただ私って単に魔力量と精神力を増やすことしか考えずに、ずっと鍛錬をしてきちゃったのよね……)
前世の私は魔法の勉強を途中で投げ出してしまったため、魔法の知識も中途半端だった。この中途半端な知識を参考にした自己流の魔法鍛錬が、結果的にはあまり良くなかったのかもしれない。
それでも上級魔法が使えるようになりたいという気持ちに変わりはない。自分の身を守るためにはどうしても必要なのだ。
だからなんとか力の加減を覚えなくてはいけないと必死だった。
しかしその後何度やっても私は魔力量と精神力を上手く調節が出来なかった。ちょっと気を抜いたり上手くいかなくてイライラしてしまうと、さらに巨大な火柱が空に向かってしまうのだ。
「今日はこのくらいにしましょうか」
ベリンダ先生にはまだやれると伝えたが、焦らず少しずつやっていけばいいと、これ以上の訓練はさせてくれなかった。
「少し休憩しましょうか。さすがにこれだけ魔法を連続して発動すれば、いくらお嬢様でもお疲れでしょうから」
帰路も馬に乗って帰ること考え、休憩して体力を回復してから帰る事になった。
私は草むらに布を敷いてもらい、そこへ腰掛ける。
「本当に今日は良い天気ね」
「左様ですね」
そう言いながらレナが肩に掛けていたショルダーバックからりんごとナイフを取り出した。ナイフで皮を剥いたりんごをさらにカットすると、私の前に持ってきた。
「こんなものしかなくて、すみません。馬車だったら色々ご用意できたんですが――」
「十分よ」
私はカットされたりんごの一つを取って口に頬張ると、そのまま仰向けに倒れた。
「お嬢様! はしたない事を――」
「レナもやってみなさいよ。すっごく気持ちがいいわよ」
「いけません、お嬢様!」
そんな私とレナのやり取りを、ベリンダは楽しそうに見ていた。
ベリンダは思っていた。
このまま真っ直ぐなお嬢様のままで育ってくださいと――。
この日領都ケーネでは、天高く登っていく火龍を見たという目撃情報が相次いだ。
これが俗に言う、「ケーネの火龍」伝説が誕生した瞬間だった。
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