第16話 カイル・トラヴァースと従者グレン
バーダル帝国の首都ギルガボルドにあるトラヴァーズ公爵邸。
その屋敷の中の、とある一室――。
カイル・トラヴァーズは憤っていた。
ハイラート辺境伯のご令嬢に何度もデートのお誘いの手紙を出しているのだが、彼女からは一向に良い返事が返ってこないのだ。
「なぜ毎回、断りの返事しか来ないんだ!」
そんなカイルを、彼の従者であるグレンが諌める。
「もう諦めてはどうですか。やはりサラ様はカイル様に興味がないのですよ」
「グレンだって最初は乗り気だったくせに……」
そう言うと、カイルは悲しそうな顔をして俯いた。
確かにグレンは、隣国の伯爵令嬢と仲良くなるようカイルをけしかけた。
ハイラート伯爵の一人娘の誕生日パーティーが、彼女の婚約者探しも兼ねているという噂を聞いたからだ。
なぜグレンはそうまでしてカイルをけしかけたのか。
それには、カイルのトラヴァーズ家での立場が大きく関係していた。
トラヴァーズ公爵家を継げるのは長男のアンガスだけだ。そして、万が一の不測の事態に備えて次男のジュリアスは公爵家に残れるだろう。
だが、三男であるカイルには将来の居場所がここにはない。今はまだ十一歳だから良いが、いずれ彼はトラヴァーズ家を出ていかなければならないのだ。
頭脳が優秀ならバーダル皇帝の元に仕える事が出来るし、武術に長けているなら騎士として武勲をあげる事も出来るだろう。しかし残念ながら、カイルはそのどちらの才も持ち合わせていなかった。
カイルに残された道は、コネを使って爵位の高い貴族の臣下として雇ってもらうか、入婿として貴族の娘と結婚するくらいしかなかった。
――カイル様が、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのハイラート家との間に縁が持てたら…。
辺境伯の一人娘との間にご婚約が成立したら、カイルが次期当主になる可能性だってあるのだ。
お相手のサラはハイラート伯爵が溺愛している一人娘だ。
もしも今後、ハイラート家に男の子が生まれたとしても、溺愛している娘の婿をないがしろにすることはないだろう。
グレンは、カイルならサラに気に入られる可能性が高いと踏んでいた。
というのも、今までカイルが女性にフラれた姿を一度も見たことがなかったからだ。カイルがパーティーに顔を出せば、貴族の少女たちは皆彼に夢中になる。彼の周りにはいつも貴族の少女達が集まっていた。
とにかくカイルは、容姿だけはずば抜けて良かったのだ。
そこでグレンは、ハイラート伯爵家から招待状をもらっていたトラヴァーズ公爵に、カイルも一緒に参加させて欲しいと願い出た。もしも伯爵家の一人娘がカイルを気に入れば、公爵家にとっても悪い話ではないと話すと、公爵はカイルの出席を了承した。
――あとはカイル様がパーティ会場でいつものように
サラを落とせたら、カイルの将来はもう安泰だ。
カイル付きの従者であるグレンの将来も必然的に明るいものになっていくはずだ。
だが皆考えることは一緒だったようで、誕生日パーティー当日の会場にはカイルと同じ年頃の男の子が大勢やって来ていた。
しかも隣国からやって来たカイルたちは、ハイラート王国の誕生日パーティーの慣習についてよく知らなかった。そのため、ライバル達よりも完全に一歩出遅れてしまっていた。
そんなこともあり、カイルがサラの元へ向かった時には、すでに彼女は大勢のライバルたちに取り囲まれてしまっていた。
グレンは他の者たちに先を越されてしまったので、なんとかカイルに挽回させたいと思ったが、この不利な状況をどうしたらいいのか、一人考えあぐねていた。
しかしそんな中、カイルが天性の女たらしっぷりを発揮してくれた。おかげで状況は一気に好転していく。
彼はいきなり輪の中へと割り込んでいくと、サラの手を取り広間の外へと連れ出したのだ。
その様子を見ていたグレンは顔には出さなかったが、心の中でカイルに拍手を送っていた。
そして他の従者たちの悔しがる顔を横目で見ながら、何食わぬ顔をしてサラの侍女と一緒に二人の後を付いていくのであった。
そしてこのまま一気に攻め落とせれば良かったのだが、世の中そうそう上手くはいかなかった。
どうもカイルに対するサラの反応が良くないのだ。
グレンは、あんなに冷ややか目でカイルを見る少女を初めて見た。大抵の女の子は、美少年のカイルを見たら、すぐにぽうっとなってしまうのに――。
何を言ってもそっけない態度のままのサラを見て、カイルも戸惑っているようだった。
その後、結局逃げるように広間に戻っていったサラを引き止められず、ただ見ている事しか出来なかったカイル――。
しばらくして我に返ると、グレンに問いかける。
「まさかとは思うけど、僕フラれたの?」
「サラ様は、カイル様にはご興味がないのかもしれません」
そこには、カイルのしょんぼりした顔があった。
「グレン。僕の事を避ける子に――、僕は初めて出会ったよ…」
バーダル帝国に戻ってきたカイルは、サラ・ハイラートに固執するようになっていた。
サラにそっけない態度をされたことで、逆に気になる存在になってしまったようだった。
そして、とうとう火が付いた状態になってしまったカイルは、グレンがいくら注意をしても、毎日のように自室に籠もって手紙を書き続けていた。
だがつれない返事しか返ってこないため、カイルはすっかり自信を無くしてしまったようだった。
落ち込んでいる彼の姿を見ながら、グレンは思い出していた。
初めてカイルに会った時のことを――。
父に「これからお前が仕えるお方だ」と紹介されたカイルは、サラサラとした金髪と綺麗な碧眼を持った美しい少年だった。
まさに王子様とはこういう人の事を言うのだろうとグレンは思った。そしてきっとこの少年は、将来大物になるに違いないと確信したのだ。
グレンはそんなカイルに仕えること出来て、とても誇らしかったのを今でもよく覚えている。
あれから5年経った今でも、その時の気持ちは何ら変わっていない。
――カイル様はきっと大物になるお方だ。そして俺はそんなカイル様についていく。
そのためにも、サラへのストーカー、いや、サラへの思いをスパッとあきらめさせ、他にカイルが出世するための策がないか考えていかなければならなかった。
一方のカイルというと、従者のグレンの気持ちなど知らず、断りの手紙が何度届こうがサラ・ハイラートの事をあきらめきれずにいた。
初めてフラれたという事もあって、まだ少年のカイルは意地になってしまったようだ。
――きっと彼女はまだ僕の魅力に気付いていないだけさ。だって彼女はまだ幼い子供なんだから…
こうなったらもう一度ハイラートに出向いて、あの子を僕の虜にしてみせる!
今度こそ自分に夢中にさせてやろうと、カイルは意気込んでいた。
もうすぐ隣国からしびれを切らしたストーカーが、ハイラートへやって来る事をまだサラは知らない。
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