第17話 初めての剣術稽古

 この日、私はいつものように草原で魔法制御の訓練をしていた。

 ここ数日ずいぶん練習をしてきたのだが、未だに私は魔法の制御に苦労していた。どうしても力の加減がわからないのだ。

 そんな私の役に立とうと、ベリンダ先生は魔法についての資料を各方面から集めていた。


「実はこの前、街で見つけた魔術教本の中に、気になる記述があったんです」


 ベリンダが見つけたその教本によると、大きな魔法を使うには、魔素を貯める器を成長させるだけではなく、出し入れする入り口も広げていかないといけないらしい。


 簡単に説明するなら、水差しに例えるとわかり易い。

 どんなに大きな水差しに水がたくさん入っていても、注ぎ口が小さければ一度に注げる水の量は少しだけだ。


 では一度にたくさんの量を注ぎたいなら、どうすればいいのか。


 答えは簡単だ。大きな注ぎ口の水差しを用意すればいいのだ。

 逆に注ぐ量を少なくしたいなら、小さな注ぎ口の水差しを使えばいい。


「もしかしたらサラお嬢様は、魔素を出し入れする入り口が大きく広げっぱなしのままになっているのかもしれません」

「それを治すにはどうすればいいの?」

「私の方で調べておきますので、少しお時間をもらえますか?」


 力の調整がどうしても上手く行かずに焦っていた私だったが、どうやら一筋の光明が差し込んできたようだ。


「そういえばサラお嬢様。明日から剣術のお稽古が始まるんですよね?」

「はい。これもベリンダ先生のおかげです」

「良かったですね」

「あっ、でも剣術の稽古は朝なので、ベリンダ先生の授業には影響ありませんので、安心してくださいね」


 ベリンダは、サラの勉強をしたいという貪欲な知識欲に舌を巻いていた。


 ――サラお嬢様が目指しているのは、きっと私なんかには一生たどり着けないような高みなのでしょうね。サラ様だったらあと一年もすれば、王都の学校の試験も余裕でパス出来るだろう。


 死にたくないから必死になってるだけとは知らないベリンダは、サラが高い目標を持って勉強に励んでいるとすっかり誤解していた。



◇◆



 あくる日、剣術の稽古のために早起きした私は動きやすい服装に着替えると、意気揚々と中庭に向かった。

 やっと念願だった剣術を教えてもらえるのだ。


 だがお父様が私に用意してくれた剣術の師匠はハイラートでも一二を争う騎士――、ではなく、いかにもやる気のなさそうな顔をした中年の兵士だった。


「おはようございます、サラお嬢様」


 そう言うと彼は、私に一本の木剣を渡した。

 木剣を手にした私は気合が入る。まあ自分の命がかかっているのだから、気合が入るのは当然だ。

 私はしっかり剣術をモノして、近い将来自分の身を守らないといけないのだ。


 だが私の気合は見事に空回りすることになる。

 私の指導にやってきた兵士は、基本の型を簡単な説明で一通り実演してくれただけだった。

 そして、この基本の型を毎日続けるようにと言って、さっさと立ち去ろうとする。


「あの…、稽古はしてくれないのですか?」


 私の言葉に、あからさまに面倒臭そうな顔をする中年兵士。

 彼の顔には「女に剣術は無理だろ…」と、まるで書いてあるようだった。


「そんなに剣を振り回したいのでしたら、木人椿でも叩いてみたらどうでしょう」

「木人椿って何ですか?」

「ご存知ないですか?お嬢様の目の前に並んでる、人の体を模した訓練用の木の棒の事ですよ」


 そう言うと、彼は忙しそうに去っていった。

 きっとお父様も女の私なんかが、剣術を会得出来るとは思っていないのだろう。どうせあの臣下にだって「娘の気まぐれに付き合わせて申し訳ない」とでも言ったに違いない。


――だったら、やってやろうじゃない。絶対に剣術をモノにしてみせるわ!


 私は目の前に等間隔で並べてある木人椿に向かって構える。

 えっと確か――、手首の返しが重要って言っていたわよね。

 私は手首の返しを意識しながら木剣を振り、何回か木人椿を叩く。


(うーん、どうもしっくりこないわね…)


 木剣が木人椿に当たる時に鈍い音がしていて、手の感覚があまりスッキリしないのだ。

 そういえば重心を低くしないといけないんだっけ?

 今度は重心に注意して木剣を振り抜いてみる。

 数回繰り返すと鋭い音がして、何かが突き抜けるような感覚になる。


 ――あっ!この感覚。


 そう思った瞬間、木人椿が砕け散った。


(やだもうっ!この木じゃない。感覚がやっと掴めそうなのに、これじゃ練習にならないわ…)


 私は気を取り直して隣の木人椿に移ると、再び木剣を構えて叩く。

 だがしばらく打ち込んでいると、また木人椿が砕ける。

 私はムッとしながらまた隣の木人椿の前に行き、木剣を構える。


 気が付くと並んでいた木人椿は全て壊れていた。


 ――どうやら、これは完全に私への嫌がらせね。


 いくら木製だからといっても、私が使っているのは木剣なのだ。そう簡単に木人椿が壊れるはずがない。

 それに木剣もよく見たら、いつの間にかボロボロだ。わざわざこんな脆い木剣を私に渡すなんて――。

 お父様は口では剣術を学ぶことをお許しになっていたけど、端から私に剣術をあきらめさせようと色々画策していたのかもしれない。


 ――いいわ、わかったわ。向こうがその気なら、こっちにだって考えがあるんだから。


 私は足を強く踏みつけなら、ぷりぷりと怒って中庭を後にした。



 その日の午後、ハイラート伯爵邸の中庭で一つの事件が起こった。

 何者かによって、中庭に設置してあった訓練用の木人椿が全て破壊されていたのだ。


 ハイラート騎士団長であるフレッドはこの奇妙な出来事に納得がいかなかった。

 訓練用の木人椿には強度を上げるための魔石が埋め込まれており、そう簡単には壊れないように出来ていたからだ。


「午前中、ここを使っていたのは誰だ?」

「はい!サラお嬢様です」


 中年の兵士が勢いよく前に飛び出して、フレッドに報告する。


「そういえば今日から剣術を教えることになっていたな。他に使った者は?」

「サラ様以外にここを使った者はいません」


 まだ6歳の少女が、魔石で強度を強化した木人椿を壊せるわけがない。

 しかもサラ様は剣術稽古の初日だったのだ。


 ――どうやら邸内の警備を強化する必要があるようだな。


 フレッドは最近はバーダル帝国との関係が良くなっているからと安心仕切っていた自分を恥じていた。

 もしかしたら何者かが邸内に侵入した可能性もあるのだ。


 この後フレッドによる伯爵邸の防衛システム強化が大々的に行われることになるのだが、サラの鹿がその発端になったという事は、これを読んでいる皆さんしか知らない事です。

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