第18話 少年剣士
「まあ! ――それじゃ毎日一人で木剣を振っているだけなんですか?」
いつものように家庭教師のベリンダ先生と侍女のレナの三人で草原にやってきていた私は、休憩時間に愚痴をこぼしていた。
剣術を学ぶようになった私は、新たな日課が増えていた。
毎朝、中庭で木剣を持って素振りをするのだ。
それから、基本の四つの構えと三つの攻撃を型を反復することも忘れずにやっている。
だが稽古とは名ばかりで、実際は私が自主練習をしているだけだ。
きちんと構えが出来ているのかどうかもわからない。
私は、稽古初日に中年の兵士が見せてくれた型を、見よう見まねでやっているだけだからだ。
「旦那様は、サラ様に剣術を教えるのは、まだ早いと思っているのかもしれませんね」
「だから困ってるの。私は今すぐ教えてもら――」
――ドカン!
突然遠くの方から大きな音が聞こえてきた。
私たちが音のした方へ目を向けると、その先には森があった。
すると、その森から一人の男性が飛び出してきた。
「何かあったんでしょうか?」
「誰かに追われているとか。まさかね、うふふっ」
呑気に会話をしているベリンダとレナと違い、私は何か嫌な予感がしていた。
まさに本能が危険を感じているとでも言うのだろうか。
とにかくわたしは立ち上がると、身構える。
すると森の木がなぎ倒されて、そこから大きな魔物が現れた。
その魔物は、先ほど森から飛び出してきた男を追いかけているようだ。
「あわ、わわわ。魔物が…」
レナは突然現れた大きな魔物を見て、腰を抜かしてしまって立ち上がれない。
ベリンダ先生も、どうしていいのかわからず、あたふたしている。
「ねえ、あの人こっちに向かって来ていない?」
私がそう言うと、二人は余計パニックになった。
「お嬢様、今すぐお逃げください。てか、そこのあなた!こっちに来るんじゃないわよ!!」
「さあ、レナさん、立ち上がって! サラ様もさあ、早く!」
ベリンダはとにかくここから逃げ出そうと、腰を抜かして動けずにいるレナを必死に立ち上がらせようとする。
しかし、そんな事はお構いなしに、男がどんどんこちらに近付いてくる。
巨大な魔物を引き連れて――。
「おーい! 助けてくれー―!」
「だから、こっちに来るんじゃないわよ!」
レナはもう半べそ状態だ。
(――もう、しょうがないわね)
私はベリンダ先生とレナの前に立つと、掌を魔物に向けて両手をまっすぐに伸ばした。
そして走ってくる男に向かって大声で叫ぶ。
「うまく避けなさい! 当たっても責任は取らないからね!」
そう言うと、今度は小さい声でつぶやく。
「…必殺! 火の基礎魔法――」
私はいつもより力を込めて魔法を放出する。
掌から出た巨大な火の玉はまっすぐ魔物に向かって飛んでいく。
こちらに向かって来ていた男は、とっさに横飛びをして私の魔法を間一髪の所で避けた。
「ドカーーン!!!!」
巨大な爆発音と共に、黒焦げになった魔物がゆっくりと倒れていく。
(ふう……、なんとか当たったわ)
私たち三人が無事だった事にホッとしていると、男が私たちに詰め寄ってきた。
よく見ると、男はまだ若い少年だった。
腰には剣を携えており、おそらく剣士か何かなのだろう。
「おい! 危ないだろ! 危うく巻き込まれる所だったぞ。――てか、……お前小っさっ!!」
「無礼な。先ほどから、お嬢様になんていう口――」
少年の失礼な態度にレナが声を荒げ始めたので、私は後ろを振り向き、指を口に当て二人に黙るよう指示をした。
レナとベリンダ先生は私に何か考えがあるのだろうと察し、そのまま一歩下がって待機する。
「ずいぶん失礼な事を言うわね。せっかく助けてさしあげたのに……。お礼くらい言ったらどうなのよ」
「す、すまん。ありがとな。助かったよ――」
あら、意外と素直なのね。初めて魔物を倒して気分がいいから、まあ今回は許してあげるわ。
「しかしお前すげーな。まだ小さいのに上級魔法が使えるなんてさ」
「ま、まあね……。それよりあなたは剣士でしょ? なぜ戦わなかったの?」
「あの魔物は暴走してたんだよ。ゴブリンならともかく暴走してるトロールなんて、実戦経験の少ない俺じゃまだ無理に決まってるだろ――」
少年は最近冒険者になったばかりで、名前はダンと言うそうだ。彼は薬草取りの依頼を受けて森に入り、トロールと出くわしてしまったらしい。
もしかしたら、森に一人で入るからそんな目に遭うんだと思った人もいるかもしれない。
だが彼を責めることは出来ない。ダンジョンでもない場所で魔物に出くわすなんて、この世界ではまずありえない事だからだ。
ダンが薬草取りに向かった森は、もちろんダンジョンではなかった。
「お前さ……、さっきから俺が若いから本当に冒険者なのか、疑ってるだろ。言っておくけどな、俺はちゃんとした冒険者だぞ」
そう言うとダンは、首にかけていたプレートを手にとって私に見せる。
それは冒険者組合に入っている者だけが持つことを許されたプレートだった。
ちなみに冒険者とは、ダンジョンと呼ばれる魔物が湧き出る原因と言われている魔素濃度が非常に濃い特殊な地形や地域に踏み入ることが許された唯一の職業である。
このプレートを持っているということは、ダンは冒険者試験をパスするだけの実力を持っているということになる。それなりに剣の実力もあるのだろう。
「それにしても、なぜこんな場所に魔物が現れたんですか?」
ベリンダがダンに質問する。
「俺も知りたいよ。こんなこと初めてだよ」
「念のためにあとで警備隊に報告しておいた方がいいかもしれませんね。街の人が魔物に襲われたら大変ですから」
長い間、人と魔物は縄張り争いを繰り広げてきた。
その一方で、人の天敵である魔物は恩恵も生み出していた。
それが魔石である。
魔素の濃度の濃い場所で湧き出てくるように生まれる魔物は、体内に魔石と呼ばれる魔法エネルギーを貯め込んだ石を持っていた。強い魔物であればあるほど、それに比例して持っている魔石も大きくなっていく。
魔物は倒されると魔石だけ残して消滅してしまうのだが、この魔石に含まれる魔法エネルギーは価値があり、非常に高額で取引されていた。
そのため一攫千金も決して夢ではなく、魔物の生息する地に踏み入れる事が出来る冒険者という職業は、庶民には人気のある職種の一つだった。
「うわ!大きな魔石ですね」
レナが指差した方向には、すでに巨大なトロールの死体は跡形もなく消えており、大きな魔石だけが残されていた。
「倒したのはお前だ。だからその魔石はお前のもんだよ」
ダンはそう言うと、この場から去ろうとした。
「ねえ、ちょっと待って。その魔石、あなたに差し上げてもいいわよ」
「お前、何もわかっていないな。あのデカさの魔石だぞ。売ったら相当な値がつくんだぞ」
「あら? タダであげるとは言ってないわ」
ダンは私を訝しげに見る。
そしてニヤリと笑うと、私の前に戻ってきた。
「お前いい度胸してるな。で、何が望みなんだ」
「簡単なことよ。私に剣術を教えて欲しいの」
「剣術?」
「そうよ。魔石はその報酬。どう? 私の依頼受けてみない?」
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