第19話 天才少年 vs 自称天才間者

「でもお嬢様、本当によろしかったんですか?」


 草原から戻ってくると、侍女のレナが心配そうな顔で私に訊ねる。

 どうやら私が見ず知らずの少年に、剣術を教えて欲しいと頼んだ事を気にかけてくれているようだ。確かに偶然草原で会っただけの人間に、いきなりそんな事を頼むなんて私も大それた事をしたものだ。


 結局少年は私の依頼を引き受けてくれたのだが、レナはまだ信用してないなかった。どこの馬の骨ともわからない男に私が騙されているのではないかと、屋敷に戻ってきてからも心配していた。


「本当に明日、草原に来るんでしょうか。報酬の魔石だけもらって逃げる可能性だってありますよ」

「其の時はその時よ。私の見る目がなかったってだけ――」


(ただ、せっかく見つけた剣術の先生ですから、逃がす気はないですけど…)


 私は不敵な笑みを浮かべるのだった。

 あの若さで冒険者になった少年だ――、きっと街で調べれば身元はすぐにわかるはずだ。


「あ、そうそう。この事はお父様には言わないでね」

「えっ、あ……、えっと――、はい」


 明らかに動揺する、相変わらずわかりやすいレナ。

 そこで私は釘を刺すことにした。


「ちなみに――。もしお父様に告げ口したら、その時は私も言うから覚悟しておきなさい」

「な、な、何をですか……?」

「実は草原で危ない目にあったんだけど、レナは腰を抜かしてしまって、私を助けてもくれなかったって――」


 私を命がけで守るよう、お父様に言いつけられていたレナにとって、これは絶対に痛い話のはずだ。

 案の定、それを聞いたレナは速攻で手の平を返した。


「お嬢様、今日のことはお互いに黙っておきましょう」



◇◆



「よう!」


 次の日、草原に行くと、冒険者の少年ダンはすでに私達が到着するのを待っていた。

 どうやら彼は魔石をネコババせず、ちゃんと私の依頼を受けてくれたようだ。

 私は一緒に来たベリンダ先生とレナに、危ないから少し離れた場所で見ていて欲しいと頼んだ後、ダンの元へと歩いていく。


「ずいぶん早いのね」

「依頼主を待たせるわけにはいかないからな――。ほらよ」


 突然ダンは私の方へ訓練用の木剣を放り投げる。

 私はそれを慌てて受け取る。


「なんだ。初めて剣を持ったわけじゃないみたいだな」

「どうしてわかるの?」

「そりゃ、俺が先生だからだよ――。なんてな」


 どうやら放り投げた剣の受け取り方を見ることで、ダンは私の技量を調べたらしい。

 彼が言うには、剣の受け取り方でその人の経験値がわかるという。

 剣術を教えるために、私がどの程度出来るのかを知るのは大事だとも言っていた。


「なあサラ。剣術の基本構えと基本攻撃の型は、もう知ってるんだろ?」

「たぶん――」


 私は自信なさげに答える。

 毎日練習はしているものの、本当に正しい方法でやれているのか、わからなかったからだ。

 何しろ私は、一度だけしか4種の基本構えと3種の基本攻撃を見た事がないのだ。


「たぶん――、ってなんだよ」

「だって……ちゃんと出来ているのか自信がないのよ」

「なんだよ、それ。俺が出来ているのかどうかを見てやるからさ、とにかく一度やってみろよ」


 私はダンに言われた通りに、4つの基本構えと3種の基本攻撃の型を見せる。


「なんだ、ちゃんと出来てんじゃん」

「本当に?」

「ああ。ちゃんと出来てるよ」


 私はそれを聞いて安心した。

 あのやる気の一切見えなかった中年兵士――。私に剣術を教える気が全く無いと思っていたが、彼はちゃんと正しい型を私に教えてくれていたようだ。


「じゃあ稽古を始めるか。まずは俺に打ち込んできな」

「大丈夫?」

「ああ。ちゃんと受け流すから、安心して打ってきなよ」


 今まで自主練習しかしていなかった私は、初めてちゃんとした稽古が出来る事にワクワクしていた。


 (ただ…、ここは女でも剣術はやれるんだって所を見せないといけないわね)


 もしもダンに、女という理由で舐められてしまったら、お父様の時みたいにちゃんと剣術を教えてもらえなくなるかもしれないと思ったのだ。


 私は気合を入れる。

 ただ普通に剣を振っても、きっとダンには簡単に躱されてしまうに違いない。


 ――ここは一気に間合いを詰めて、相手の懐に飛び込んでみよう。


 私は幼い頃から夜中に訓練をしてきたから気配を消すのが得意なのだ。

 そして私は自分自身に何度も言い聞かせる――。私は間者、しかも屋敷で何度もミッションを成功させた天才間者なのだと。


(落ち着けば大丈夫。重心を低くして、手首を返すのを忘れないように!よし、いこう!)


 私は一気に加速してダンの懐に飛び込む。

 そのまま下段に構えて木剣を振る。

 ダンは慌てて持っていた木剣で私の剣を防ぐ。

 だが私の不意打ちが効いたのか、ダンの持っていた剣は弾き飛ばされてしまった。


「お前――、いったい何者なんだ」

「何者って…。私は可愛い六歳の女の子です」

「六歳の可愛い女の子が、冒険者である俺の剣を簡単に弾き飛ばせるわけないだろ!」


 正直ダンは驚いていた。

 ダンは弱冠十三歳で冒険者試験に合格し、周囲から天才少年と呼ばれていた。

 そう呼ばれるのに相応しいくらい、彼は幼い頃から冒険者だった父から剣術の英才教育を受けてきたのだ。

 そんな彼が、幼い少女に一気に間合いを詰められ、さらに彼女の一振りを受け止めきれず、持っていた剣が弾き飛ばされてしまったのだ。


 それになんて重い剣筋なんだ――。ダンはこれが自分よりも幼い少女の剣術だとはとても思えなかった。

 そもそもこの少女は上級魔法が使える魔術師だったはずではないのか。

 しかし彼女のこの身体能力の高さは、とても魔術師の身体能力ではなかった。


 ダンは少女の実力を低く見積もって、ただの幼い子供だと舐めていた自分を恥じていた。


 一方私は、明らかに動揺しているダンを見て、やってはいけないことをやってしまったんだと思っていた。

 気配を消して不意打ちで攻撃したら、そりゃやっぱり卑怯よね。

 でも気配を消しちゃいけないなんて一言も言ってなかったじゃない――。


(それに――、私がなのだって、望んでそうなったわけじゃないし、しょうがないじゃない!)


 とにかくごまかすしかないと思った私は、舌を出して可愛らしい女の子を演じてみる。


「てへっ」

「――って、騙されねえよ!」


 ダンはキレ気味に叫んだ。


「よし!もう一度来い。今度は油断しないぞ」


 ダンは自分の手から飛んでいった木剣を取りに行くと、再び構える。

 まだ稽古を続けようとするダンの姿に、彼が女の私を一人の剣士として認めてくれたんだと思い、私は一安心する。


 そして私は、全く隙きがない構えのダンに再び挑む。

 先ほどとは違い、私の剣筋を彼は簡単に見切って躱していく。


 (――腹立つわ。さっきまで実力を隠していたのね)


 私は自分の実力の無さを思い知らされていた。

 瞬発力やパワーは私の方に分があると思うのだが、彼は無駄な動きが少なく、力を受け流す術にも長けていた。

 きっと私は無駄な動きが多いのがいけないのだろう。

 だったら彼の無駄のない動きを自分のモノにしよう。そしたらきっと私は強くなれる。

 とにかく今は彼の動きをしっかり観察していこう――。


 ダンはダンで、いつの間にか少女との稽古を楽しんでいた。

 そして彼も確信していた。この子と稽古をしていたら、自分はもっと強くなれるはずだと。 


 サラとダンの剣術稽古を離れた場所で見ていたベリンダとレナは、二人の厳しい稽古に半分呆れていた。


「ねえベリンダ先生。サラ様って何でもすぐにやれるようになっちゃいますね」

「ええ。お嬢様は天才ですから――」


「神様って不公平なんですね」


 そういうと、二人は大きくため息をついたのだった。

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