第20話 カイルの決心①

「ねえ。君たちはここで一体何をする気だい?」


 ブロンドの髪を風になびかせながら一人の美しい少年が、ケーネ郊外の草原に立っている。

 それを面倒臭そうな顔で見ている私。

 そして状況を飲み込めていない少年剣士ダン。


「なあ。こいつ誰だよ」

「気にしないで。ただのストーカーだから」


 剣術を教えてもらっているダンには、まだ自分が領主の娘だと伝えていない。

 いちいち説明するのが面倒臭かった私は適当に答える。


「……ねえ、?」


 見た目だけは美少年こと、カイル・トラヴァースがもう一度同じことを言ってきた。

 それを聞いたダンが、私に小声でつぶやく。


「本当に相手しないでいいのか?なんなら今日は稽古休んでもいいぞ」

「ご心配なく。私は全く気にしてませんから――」

「いや、俺が気になっているんだよ……」


 一体なぜこんな状況になってしまったのか。


 それを説明するには、数時間前まで話を遡る必要があった。



◇◆



「今日は草原で剣術の稽古だったわよね?」


 私は運ばれてきた朝食をベッドの上で食べながら、今日の予定を侍女のレナに確認していた。


「はい、今日はダン様とお約束している日です。でもよろしいんですか?」


 ――ん?「よろしいんですか?」とは、どういう意味だろう。


 もしかしたら、最近剣術の訓練ばかりしていて魔法の訓練をしてない事でも言っているのだろうか?

 もしそうならば、それにはちゃんと理由があるのだ。


「だってベリンダ先生が、そうしてくれると今は助かるって言うのだもの」


 ベリンダは、魔法の制御のコツが未だにつかめていない私が、このまま魔法の力を制御する練習を続けても無意味だと考えていた。

 お父様からも魔法の制御が出来るようにしろと言いつかっていた事もあり、ベリンダはその糸口を掴もうと必死になっていた。

 最近のベリンダは私がダンと剣術の稽古をしている時間を利用して、集めた魔法に関する資料を読み漁っていた。


 そんな事情もあり、最近の私は魔法の制御の練習はしておらず、剣術の稽古に明け暮れていた。

 そして天才剣士ダンとの剣術稽古は、私の剣術のレベルを確実に上げてくれていた。


「いえ、あの…、お嬢様。トラヴァース公爵のご子息、カイル様がご訪問される日が、今日なのをお忘れではないですか?」


(――あっ…、すっかり忘れていたわ)


 数日前、お父様から「大切なお客様だからきちんとお相手するように」と言われていたことを私はすっかり忘れていた。


「それでいつ来られるの?」

「もう邸内にいらっしゃいます」


(えっ! うそでしょ! もう来ているの?)


「ず、ずいぶんと早いご到着なのね。」

「はい。カイル様は昨日ケーネに到着されたようです。昨日はケーネにあるバーダル商人の邸宅にお泊りになったそうですよ。」


 私への執拗な手紙攻撃が通用しなかったカイル様は、とうとう父親に泣きついたのだった。さすがにバーダル帝国公爵家からの直々の話であれば、お父様も無碍には出来ない。

 私は外交問題を起こすわけにもいかず、渋々カイルと会うことを承知したのだった。


「今日は草原へ行くのをおやめになりますか?」

「それはいやよ」

「では、カイル様はどうされるんですか?」

「さっさとお相手して、すぐに帰ってもらうわ」


(――せっかく朝食後に剣術の朝稽古をしようと思っていたのに……)


 私は急いで朝食を終えると、カイル様がいらっしゃるという邸内のサロンに向かった。


「やあ。久しぶりだね」

「ごきげんよう、カイル様」


 私は愛想笑いで聞き役に徹して、少しでも早くこのお茶会が終わるよう務めた。


「やっとお会いできて嬉しいよ」

「お断りばかりしていてすみません。毎日とても忙しくしているので――」

「いや、いいんだよ」


 カイルとの会話は本当に退屈だった。

 十八歳で殺されるまでの記憶をすでに持っている私にしたら、世間知らずの十一歳のお坊ちゃんの話が面白いわけがない。


 やがて十分話しも出来ただろうと判断した私は、無理やり話を切り上げようとした。


「今日はお話しが出来てよかったですわ。ではこの辺で――」

「じゃあ、この後はケーネを案内してくれないかい?」


 まさかの展開に固まる私。

 バーダル帝国公爵家から直接ハイラート辺境伯に連絡が来ている以上、カイル様のご訪問は隣国からの正式なご訪問扱いとなり、ハイライト家の賓客として対応しないといけないのだ。

 今回はお供に従者が一人付いているだけの簡易的な訪問ではあったが、それでも無碍に扱う訳にはいかない。


「あ、えっと…、申し訳ありませんが、私はケーネの街にほとんど行ったことがありませんので、案内役などとても務まりません。カイル様さえよろしければ、侍女のレナにケーネを案内させますが――」


 私は頭をフル回転させて、しどろもどろになりながら言い訳をする。


「もしかしてサラ様は僕のことが嫌いかい?」


 カイル様が悲しそうな顔で、私に問いかけてくる。


(そんな顔してくるなんてずるいわ。まるで私が悪いみたいじゃない)


「別に嫌いではありません。本当に街のことをよく知らないのです。それに予定も詰まっておりますので」

「だったら、その予定に僕も付き合うよ」


 ――ああ……そうくるのか。

 私は、もうどうにでもなれという心境になっていた。

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