第21話 カイルの決心②
「サラ様、こちらの方は?」
草原に向かうため、馬の準備をしていたベリンダ先生は、見ず知らずの少年を連れて来た私を見てキョトンとしている。
「カイル様です。隣国の公爵家のご子息です」
私はベリンダ先生に事の経緯を説明する。
そして、一通りの説明を聞いたベリンダ先生が、私の耳元で小さく囁く。
「でもよろしいんですか。訓練の事を知られてしまっても?」
「だって付いて来るって言って聞かないのだもの」
私の言葉に苦笑いするベリンダ先生。
「それに――、魔法の訓練じゃないし、剣術だったらかまわないでしょ?だって私はそんなに剣術は得意じゃないもの」
「えっ?! そ、そうですか――。お嬢様は、剣術が得意じゃないんですか……」
なぜか呆れた顔をしたベリンダ先生だったが、状況を理解してくれたのか、カイルに質問をする。
「カイル様、乗馬は?」
「もちろん嗜む」
それを聞いたベリンダは、厩舎担当の従者にもう一頭馬を用意するように指示する。
「なぜ馬車じゃなくて馬で移動するんだい?」
「人目につくのを避けるためです。馬車で移動したら目立ちますので――」
これは私の魔法の力を知られないようにするための手段だったのだが、剣術の稽古でも理由は同じだった。
領主の一人娘が、草原で庶民の男の子と剣術稽古をしているというのは、貴族として体裁が悪かったのだ。
「なぜ人目を避けないといけないんだい?」
「そ、それは――」
余計な事が言えないベリンダ先生は、とうとう言葉に詰まってしまった。
やり取りを聞いていた私は、割と空気を読めないカイル様に、今のうちにちゃんと言っておいた方が良いと思った。
「これ以上詮索するなら、一緒にお連れするわけにはいきません」
「す、すまない。これ以上は何も聞かないよ」
「それから――、これから私はある方とお会いします。その方には、私がハイラート領主の娘だということは内緒でお願いします。もちろん、カイル様が隣国の公爵家の者だということもです」
「わかった。決して君に迷惑は掛けないよ」
――へえ…。意外と素直な方なのね。
私は、カイル様が私の話を素直に聞いてくれることが不思議だった。
前世の私は、カイル様の言葉を何でも「はい、はい」と聞いているだけだったので、こうして色々お願いする事がなかったのだ。
もしかしたら、前世の私は本当のカイル様について何も知らなかったのかも知れない。
「ハイラートでは貴族の女性も一人で馬に乗るんだね。バーダルでは考えられないよ」
「ハイラートでも上級貴族の女性が一人で馬に乗る事はめったにないです。私も馬に乗れるようになったのは最近ですから」
少し前から私は一人で馬に乗れるようになっていた。
もしも前世の私がその事を聞いたら、卒倒していたかもしれない。
上級貴族の女性が一人で馬にまたがるなどという行為は、貴族の間では、はしたない行為だと思われているからだ。
草原へと向かう道中、カイル様は私達に色々な話をしてくれた。
それにしても、カイル様は本当によく喋るお方だ。
誰にでも優しい口調で、そして笑顔で接するカイル様。
いつの間にか、ベリンダ先生も侍女のレナも、カイル様の話を聞きながら笑顔になっていた。
――これは才能ね。
私は、前世の自分がカイル様に夢中になった理由が、何となくわかったような気がした。
草原に着くと、ダンがすでに待っていた。
私はカイル様に、レナやベリンダ先生と一緒にここにいて欲しいというと、ダンの元へと向かう。
「よう」
それだけ言うと、いつものようにダンは私に向かって木剣を放ってくる。
それを片手でキャッチした私は剣を構える。
「これはいったい何の騒ぎなんだい?」
「えっとですね…、その――」
カイルの言葉にベリンダとレナはきちんと答えられないでいた。
庶民の少年冒険者と剣術の稽古をしてるなんて余計な事を、使用人である彼女たちの口からは許可なく言えないのだ。
「とにかく止めないと」
そう言うと、カイルはサラの元へと走る。
ベリンダもレナも突然の事だったので、カイルを止める事ができなかった。
「やめるんだ!」
その声で振り返った私は、カイル様が叫びながらこちらに走ってくるのを見て、ため息をついた。
――うん…、何となくそうなると思ってた。
「ちょっと待ってて」
不思議そうな顔をしているダンにそう言うと 私は構えていた剣を下ろし、走ってくるカイル様の元へと向かう。
「決して詮索するつもりはないんだ。ただ――、さすがにこの状況は危ないよ」
「別に決闘をしているわけではないですから。とにかく近くにいると危ないので、離れて見ていてください」
私はそれだけ言うと、またダンの元へ戻る。
しかし、カイル様は納得いかないのか、どんどん近付いてくる。
「ねえ。君たちはここで一体何をする気だい?」
カイル様の言葉に、たまらずにダンも反応をする。
「なあ。こいつ誰だよ」
「気にしないで。ただのストーカーだから――」
説明するのが面倒くさくなった私は適当に答える。
「本当に相手しないでいいのか?なんなら今日は稽古休んでもいいぞ」
「ご心配なく。私は全く気になりませんから――」
「いや、俺が気になっているんだよ…」
(――だってしょうがないじゃない。付いて来るって言い張って聞かなかったのだもの)
どうしていいのか分からなくなった私は、黙って木剣をカイル様に渡す。
「はい、バトンタッチ」
「えっ…?」
カイル様は突然木剣を貰って固まっていた。
私はそのままレナ達の方へと歩いていく。
「なんだ、今日はお前さんが相手か?ほら、早く構えなよ」
ダンに言われて、ハッと我に返ったカイルが木剣を構える。
「よし、いくぞ」
そう言うとダンは、カイルへと飛びかかっていった。
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