第22話 カイルの決心③

 草原からハイライト家の屋敷に戻る道筋、カイルは行きとは全く違って無口だった。

 自分があまりにも不甲斐なく、惨めだったからだ。


 手も足も出ないというのは、まさにこういう事を言うのだろう。

 冒険者だと名乗っていた少年剣士との手合わせは、カイルにとって屈辱的なものとなった。

 相手との実力差があり過ぎて、結局カイルは一手も打ち込めず、全く歯が立たなかったのだ。


 さらにカイルを落胆させたのが、サラの剣術の腕前だった。

 カイルは、自分が手も足も出なかった相手と対等に打ち合っているサラの姿を見て、ますます惨めな気持ちになっていた。


 屋敷に到着したカイルは一礼をすると、早々と屋敷を後にした。

 そして、バーダル帝国へ向かうと従者のグレンに伝え、直ぐにケーネを出発した。


 馬車の中でもカイルは無口なままだった。

 屋敷の一室でカイルが戻ってくるまで待機していた従者のグレンは、戻って来たカイルの様子から何かあったのだろうということだけは察していた。

 だが自分からあえて声を掛ける事はせず、カイル自身から話してくれるのを待っていた。その方が良いと判断したからだ。


 ハイラートの領都ケーネを出てから数時間ほど経った頃だろうか。

 カイルがやっと重い口を開いた。


「ねえグレン、僕の剣術の腕前についてどう思う?」

「剣術――ですか……」

「うん。正直に言って欲しいんだ」


 それを聞いたグレンは、正直にカイルの剣術の腕前について話した。

 正直に話すことが、将来カイルのためになると思ったのだ。


「そっか――」


 話を黙って聞いていたカイルは小さく微笑んだ。


「正直に話してくれてありがとう」

「カイル様……」


 寂し気に笑うカイルを見たグレンは、正直に話したことを少し後悔していた。


「たしかに今はまだ剣の腕は未熟ですが、カイル様ならきっと――」

「僕決めたよ!」


 少しでも元気づけようと声を掛けたグレンの声を遮ぎるようにカイルが声を上げる。


「来年、騎士養成所に入るよ」

「たしかずっと騎士になんてなりたくないと仰っていたはずでは…」

「僕は剣術がもっと上手くなりたい! もう悔しい思いはしたくないんだ」


 グレンは何かに立ち向かおうとしているカイルの姿を見て、思わず感極まりそうになるのを必死に抑えた。

 そして、それを悟られないようやっとの思いで声を絞り出した。


「承知しました」



◇◆



「それにしても、カイル様はずいぶんと落ち込んでいましたね」


 カイル様が帰ったあと、侍女のレナが心配そうにつぶやく。


「おそらくですが……、庶民の子に剣術で打ち負かされた事が貴族の男子として屈辱だったのではないかと。でも相手はあの若さで冒険者試験に合格した天才少年ですから」

「そうですよね。カイル様もそこまで気にしなくてもよろしいのに…」


 レナとベリンダ先生の会話を聞いていた私もその話に同調する。


「そうそう。相手は天才なんだから敵うわけないもの」


 私がそう言うと、なぜか二人が私の顔をじーっと見つめてきた。


「えっ、どうしたの?」

「サラお嬢様もサラお嬢様ですよ」

「あっ、そうですよね。あれは結構酷かったですよね」


 そういうと、ベリンダ先生とレナがさらに私の顔をじーっと見つめてくる。


「えっ…私? カイル様に何かしたかしら?」

「カイル様の前で何を言ったのか、覚えていないのですか?」


 手合わせをしている間のカイル様は、ダンの攻撃に対して防戦一方だった。そしてダンの攻撃を防ぎきれずに、何度も木剣を弾き飛ばされていた。

 それでもその度に木剣を拾いなおし、何度も何度もフラフラになりながらダンに立ち向かっていた。

 そんな彼の姿を見ていられなくなった私は、カイル様が落とした木剣を拾うと自分が代わりにダンの相手し始めたのだった。


「たしか……、『弱い者いじめはその位にしなさい。今度は私が相手になります』――でしたっけ?」


 レナが私の真似をして、その時の再現をする。


「あれは男のプライドが傷つきますよね」

「そうですよね」


 二人の責められて私はタジタジだ。


「だ、だって……、見ていられなかったんだもの」

「お嬢様はしっかりした方だと思ってましたけど、やっぱりまだまだ子供なんですね」


 ここぞとばかりにレナが私を突いてくる。

 すごく腹が立つが、振り返ってみると確かにレナの言う通りなので何も言い返せない。

 そして、さらにベリンダ先生が追い打ちをかけてくる。


「しかもまだ6歳のお嬢様が、自分の全く敵わなかった相手と良い勝負をしてるんですから――」

「あれがトドメでしたよね」


 傷口に塩を塗るとは、まさにこういう事なのだろう。

 私の心にグサッと二人の言葉が突き刺さってくる。


「反省します……」


 私の様子を見て、二人は顔を見合わせてクスリと笑い合っている。


「まあサラ様は剣術の才能があるので、こればっかりはしょうがないんですけどね」

「私に剣術の才能? 私は未だにダンに剣術でまともに勝ったこともないのよ」


 二人に責められて居心地が悪かった私は、これ以上何も言われたくはなかったので、用事を思い出したと言って逃げるように部屋を出たのだった。


「6歳の少女が天才少年剣士と対等に戦えるなんて、普通ありえない事なんですよ。サラ様は本当にご自分の才能に気付いていないんですね」


 ベリンダ先生はそうつぶやくと、大きなため息をついた。



◇◆



 その日の晩、私は夢の中で久々にと再会をした。


「久しぶり」

「め、女神様!?」


 私は突然の女神ヘル様の登場に驚く。


「魔法の力の調整が出来なくて、困ってるんでしょ」

「えっ? なんでそれを――」


 ヘル様は私の驚いている顔が面白いようで、楽しそうにニヤニヤしている。


「よかったら治してあげようか」

「本当ですか?」

「ええ。でも今回も特別よ」


 そう言いながら女神様は手を伸ばしてきて私に触れた。すると、私の体が不思議な光に包まれる。

 そして数秒も経たないうちに私の体から手を放す。


「終わったわよ」


 あまりにも簡単に終わったので本当に大丈夫なのかと心配していたが、そんなに心配なら明日起きたら試してみればいいと女神様は仰った。

 治してもらったお礼を言った後、私は思い切って疑問に思っている事を尋ねてみた。


「あの……なぜヘル様はこんなにも私によくしてくださるのですか?」

「えっ? えっと……それは祝福を与えた神として当然……というのか――、そ、そんな感じよ。とにかく、あなたにはもっと活躍してもらって、早く権力者たちに見つかって……って、何でもないわ」

「それ、どういう意味――」

「――いいから。何でもないから今のは忘れなさい!」


 あたふたしている女神様は話題を変えたいのか、突然違う話をしてきた。


「そういえば、あなたって本当に男の気持ちが分かってないわよね。男心について、私が手取り足取り教えたいくらいよ」

「え? えっと……、それはどういう意味――」

「カイルって子との件よ。あたし見てたのよ」


 今度は私が動揺する番だった。


「え、えっと……、あれはですね――、ちょ、ちょっと……、口が過ぎたというのか――」

「それにしてもおかしいわね」


 そういうと、ヘル様は首をかしげた。


「祝福を受けた人間は、祝福を授けた神の影響を受けちゃうから、段々って言われてるのよね。それなのに全く男心が分からないなんて……。なぜかあなたって私に全然似てないのよねぇ――」


 女神はそういうとしばらく押し黙る。


「まあいいわ。きっと全然影響を受けない、あなたみたいなパターンもあるのね。とにかくこれであなたはまだまだ強くなれるわ。てことで、まあ頑張んなさい! それじゃまたね」

「あ、はい。ありがとうございました。死なないよう頑張ります!」

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