第11話 領都ケーネ、宿屋にて

「またカイル様からお手紙が来ていますが、どうされますか?」


 先日の誕生日パーティー以来、ストーカーから……、もとい、カイル様からしょっちゅう手紙が届くようになった。


「どうせまた同じ内容なのでしょ?」

「はい……、今回もデートのお誘いです」

「いつものように丁重に断って」


 私の言葉を聞いた侍女のレナは、大きなため息をつく。


「しょうがないでしょ。私はまだ文字を書けないのだから」

「ベリンダ先生のご到着が待ち遠しいです」


 カイル様による連日の手紙攻勢が続く中、私の代わりに手紙の返事を書いているのはレナだった。

 彼女はカイル様のあまりのしつこさに、すっかりうんざりしていた。

 本当は前世の記憶のおかげで、私はすでに文字を書けるのだが、まだ誰からも文字を教わっていない私がスラスラと手紙の返事を書くわけにはいかない。

 レナには申し訳ないが、もうしばらく私の代筆を頑張ってもらうつもりだ。


「たしか何日か前に、王都をもう発ったって早馬で知らせがあったのよね?」

「はい。ベリンダ先生は、おそらくあと一週間ほどで到着するのではないかと思います」


 それにしても毎日にように手紙を送ってくるなんて、カイル様は毎日暇なのだろうか。

 私は魔法の鍛錬と武術の基礎訓練で、毎日が忙しくてあっという間に過ぎていくっていうのに――。


「それからサラ様。これはあくまで私個人の見解なのですが――、カイル様はお嬢様がご自分に全く興味を示してくれないので意地になっている気がします」


 つまり六歳の子供相手にムキになっているってこと?

 なんて大人気ない人なのだろう……。


「ねえレナ。なんとかならないの?」



「私でなんとか出来るのでしたら、上手にお断りの返信が送れて、今頃はもう手紙が来なくなっています」



◇◆



「本当にここでいいのかい?」

「はい。今日は繁華街にある宿に泊まりますので。短い間でしたが、本当にお世話になりました」

「いいってことよ。まあ頑張んな。それじゃ」


 ハイラートの領都ケーネに到着したベリンダは、王都からここまで運んでくれた親切な商人に街の中心にある広場で降ろしてもらうと、お礼を言って別れた。


 ベリンダがケーネに到着した時はすっかり日も落ちかけており、街はすっかりオレンジ色に包まれていた。

 こんな遅い時間に伯爵邸に伺うのは失礼だと思ったベリンダは、今日は宿に泊まって翌日お屋敷へ向かうことにした。


 ――乗合馬車よりも一週間は早く着いたわね。おかげで宿代がだいぶ浮いたわ。


「さて、まずは宿屋を探さないと――」


 ベリンダは地面に置いていたトランクケースを持ち上げると、繁華街にある宿屋が立ち並ぶ通りへと向かった。


 繁華街に来た頃には、すでに辺りはすっかり暗くなっていたが、まだ人通りは多かった。

 ケーネは商業都市のため、他所の地域からやって来ている者が多い。彼等の多くは繁華街の宿屋に泊まっているので、遅い時間になっても人の波が引くことはなかった。


 正直ベリンダも実際にこの目で見るまで、ケーネがここまで栄えているとは思っていなかった。

 この地を治めている伯爵家はさぞ羽振りが良いに違いない。その伯爵家で、彼女は家庭教師になるのだ。


(裕福な貴族のお嬢様か……)


 ベリンダは、裕福な貴族のお嬢様に関して良い思い出がまったくない。少なくとも彼女が通っていた王都の学校ではそうだった。

 裕福な貴族の子どもたちは皆、金持ちなのを鼻にかけていつも自慢ばかりしていた。彼らは貧しい者をすぐに見下す。貧しい者を同じ人間だとは思っていないのだ。

 あまり裕福ではない下級貴族のベリンダは成績が優秀だったこともあり、彼らにずいぶんと嫌がらせをされてきた。


(サラ様が良い子だったらいいんだけど……)


 宿屋が立ち並ぶ通りまでやって来たベリンダは、どの宿屋に泊まろうか考えていた。

 この繁華街にある宿屋は、どこもお手頃な値段で泊まれる。そのせいで、逆にどこがいいのかと悩んでしまうのだ。


 ふと目をやると、ある宿屋の入り口からベリンダと同じくらい歳の女の子が出てきて、宿の入り口を掃除し始めた。


 歳も近そうだし、あの子なら話しかけやすそう。

 そう思ったベリンダは、早速その女の子に声をかける。


「あの……すみません。今晩泊まれる?」

「あっ、いらっしゃい。ちょっと待ってて。今、聞いてくるわ」


 そう言うと、女の子は部屋の有無を確認してきてくれた。


「空いてるけど、どうする?」

「一晩お願いします」

「じゃあどうぞ」


 女の子はベリンダのトランクケースを持つと、入口のドアを開けてベリンダと入れてくれる。

 ベリンダが受付で宿代を前払いすると、女の子が荷物を持って部屋まで案内してくれた。


「はい、これ少ないけど」


 ベリンダがチップを渡すと、女の子の顔がぱっと明るくなる。


「ありがとう。もらうね」

「あ、そうだ。まだ宿の食堂は利用出来る?」

「この時間だともう終わってるかな」


 じゃあもう遅いし、今夜はご飯無しだな……とベリンダは思っていたが――。


「あたしこれから賄い食べるんだけど、それでよければ一緒にどう?」


 女の子がベリンダを誘ってくれた。


「いいの? 宿の人に怒られない?」

「大丈夫よ。それに宿の主人ってあたしの親だし」

「ありがと、じゃあ遠慮なく食べさせてもらうね。この時間だと酒場くらいしか空いてないから助かったわ。」


 準備しておくからとしばらくしたら食堂に来てと言い残し、女の子は部屋を出ていった。

 ベリンダはあの女の子に声をかけて正解だったと思い、またその優しさに感謝した。

 その後言われた通りに食堂へ向かうと、女の子がコップを2つ持ってやってきた。

 彼女はベリンダにテーブルに座るように言うと、テーブルにコップを置く。


「すぐに料理持ってくるからね」

「ありがとう」


 ベリンダは笑顔で応える。

 厨房へ戻った女の子は、料理を盛ったプレートを二枚持ってくる。


「よかったらお水も飲んでね」

「ありがとう。頂くわ」

「ねえ、聞いてもいい? あなたってどっから来たの?」


 女の子はコップの水を飲みながら、ベリンダに質問してきた。


「王都よ」

「へえ、ずいぶん遠くから来たのね。観光?」

「違うわ。今度ケーネで働くことになったの。でも街に着いたのが遅かったから、今日は宿屋にお世話になろうと思って」


 女の子は興味津々で私の話を聞いていた。


「でも王都の方が、良い働き口があるんじゃないの?」

「ハイラートの仕事の方が給料良かったの」

「そうなの? でもたしかに最近ハイラートは景気がいいからね。今の伯爵様の代になってからこの街は一気に変わったのよ」


 伯爵家の話が出てきたので、今度はベリンダが女の子の話に興味津々で食いついた。


「そうなの? よっぽど優れた方なのね。ねえ、伯爵様ってどんな方なの?」

「そりゃあ、立派な方よ。元々武芸に秀でた方ではあったんだけど、政の才もあったのよ」


 女の子はまるで自分のことのように誇らしげだ。

 きっとハイラート領民にとって自慢の領主様なのだろう。


「この街にある大きな倉庫や加工所は、ハイラート家が出資して作ったのよ。そのおかげでこの街には商人や物がたくさん集まってくるようになったの」


 実はベリンダは、ハイラートが中継貿易地として栄えている事を知らなかった。

 王都の学校では、ハイラートについてあまり細かく教わらないからだ。

 もしもここまで発展していると学生たちが知っていたら、今回の高待遇の求人は応募が殺到して倍率も上がってしまい、ベリンダは採用されなかったかもしれない。


「ただね……。そんな伯爵様にもがあるの」

「弱点?」

「そうよ。あの完璧な伯爵様にもね――」


 そう言うと、なぜか女の子は二人以外誰もいない食堂で小声で話し始める。


「それはね――、眠り姫様よ」

「ね、ねむりひめさま?」


 なにそれ……?

 ベリンダは思わず聞き返してしまった。


「伯爵様の一人娘、サラお嬢様のことよ」


 私が勉強を教える予定のお嬢様の名前だ。

 ベリンダは今後の参考にしようと、サラ様の話をもっと聞きたいと思った。


「それで?」

「なにしろ伯爵様は、眠り姫さまの事になったら、途端に冷静でいられなくなってしまうの」


 一人娘の事がよっぽど可愛いのだろう。

 でもなぜ眠り姫様とよばれているのだろう。


「なぜサラ様は眠り姫様って呼ばれているの?」

「それはね。お嬢様はお体が弱くていつも寝ていらっしゃるそうだから」

「まあ、お可哀そうに」

「だから伯爵様は余計に可愛がってらっしゃるの。奥様の方も眠り姫様をそりゃあ可愛がっているらしいわ」


 サラ様はお体があまり丈夫ではないのね。

 それならあまり無理はさせられないって事になる。

 出来るだけ体の負担にならないよう、授業の内容を工夫する必要が出てきた。


「その……眠り姫様はどんな方なの? お体のこと以外で何か知らない?」

「そうね。とてもしっかりしている方だって聞いたわ。」

「へえ、そうなの」


 話を聞く限りでは、かなり甘やかされて育っていそうなのだが、しっかりしてるとは。本当だろうか?

 ベリンダはサラ様がどんなお嬢様なのかまったく想像ができなかった。


「あっ、そうそう。友達に伯爵様のところにお屋敷勤めしてる子がいるんだけどね、その子が眠り姫様とお話したことがあってね」

「うんうん、それで」

「その子が言うにはね、とっても大人っぽくてまるで自分と同じ歳位の子と話してるみたいだったって――」


 その時、遠くの方から声がする。


「――おーい、メリー! ちょっと手伝ってくれ!」

「あ、はーい!」


 そう言うと、女の子は立ち上がった。


「もうっ、父さんったら……。食べ終わったら食器はそのままにしておいていいからね。あたしもう行かないといけないから――」

「あっ! お代はどうすればいい?」


 ベリンダは食堂から出ていこうとする女の子を慌てて引き止める。


「いらないわよ。だってこれ賄いよ」

「そんな――。悪いわ」

「じゃあ、就職祝いってことでどう?」


 笑顔でそう言うと、メリーは手伝いに向かった。

 一人食堂に残されたメリンダは静かに一礼する。


「いろいろ教えてくれてありがとう、メリーさん」

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