第12話 天才少女
ハイラート伯爵家に家庭教師の先生がやって来てから、数日経ったある日――。
その日、朝からそわそわしていた私。
なぜなら、今日からいよいよ家庭教師の先生に勉強を教わるのだ。
私は前世で、ベリンダ先生の授業を受けたことがある。
だから計算や読み書き、歴史などは、ある程度ではあるが頭の中に入っていた。
なぜ“ある程度”なのかというと、前世の私は勉強をあまり真面目に取り組んでいなかったので、知らないことがまだまだ沢山あるからだ。
さらに魔法の授業に関しては途中で諦めてしまっている。そんな事もあって、今度こそ魔法を基礎からしっかり教わろうと思っていた。
だがベリンダ先生は、この日、魔法の授業を行なってはくれなかった。
しかも勉強時間もとても短く、この日は二時間程度で授業が終ってしまった。
(まあ最初だから、こんなものなのかもしれないわね)
最初の頃はそう思っていた私だったのだが、その後も魔法の授業がないまま数日が過ぎていき、さすがに不安になってきた。
果たして先生は私に魔法を教えてくれる気があるのだろうか。
そして―――、私はとうとうしびれを切らした。
「あのベリンダ先生」
「どうされましたか? サラ様」
「魔法の授業はいつやるのでしょう?」
私は思い切って聞いてみた。
「サラ様は魔法の勉強がしたいのですか?」
「はい。魔法を少しでも早めに学びたいのです」
ベリンダ先生は一瞬考えていたようだが、やがてこう話し始めた。
「実はサラ様はあまりお体が丈夫でないと聞いておりましたので、出来るだけお体のご負担にならないように――、と考えて授業をしていました」
「えっ、私がですが?」
「はい」
(いったい誰がそんなことを……)
私は生まれてから大きな病気なんてしたことない。確かに小さい頃は、運動不足で体力に自信がなかったが今は違う。
とにかく私は毎日体を鍛えているので、体力にはそれなりに自信を持っていた。
最近は魔法の鍛錬をしても、精神力切れを起こさなくなってきており、早く授業で魔法を試したくてしょうがないくらいだったのだ。
「先生は本当に私が病弱だと?」
「違うのですか?」
ベリンダ先生はびっくりしたように私を見つめる。
誰がベリンダ先生にそんな話を吹聴したのだろうか。
「サラ様はお体が丈夫でないから、すぐに疲れてしまって寝てしまう。だから『眠り姫様』と呼ばれていると……。街でも屋敷でも、皆同じことを言っていましたが」
「あっ……」
思い当たることがあった。
幼い頃から始めた魔法の鍛錬で、私は毎日のように精神力切れを起こして気を失っていた。
そりゃ誤解されても仕方ない。
どうやら病弱説が流れたのは、私に原因があったようだ。
「と、と、とにかく――。私は病弱ではないので、気を使わないでください。だからもっと長い時間、勉強してもかまわないです」
「そうだったのですね。ではこうしましょう。今日は魔法についてのお話をして、明日から魔法の鍛錬を始めるというのはどうでしょう?」
「はい。よろしくお願いします」
これでやっと魔法の勉強が出来る。
私は嬉しくて、ベリンダ先生が魔法の話をしている間、終始笑顔だった。
「サラ様は魔法がよっぽどお好きなのですね」
「えっ、特にそういうわけでは――。ただ……上級魔法が使えるようになりたくて」
そうなのだ。私は十八歳までに上級魔法を使えるようになって、自分の身を守れるようになりたいのだ。
殺されてしまう運命を決して繰り返すつもりはなかった。
「きっと優秀なサラ様なら、上級魔法もすぐに習得出来るかもしれませんね」
「私が優秀?」
「はい。読み書きも計算も、あまりにも飲み込みが早いので、逆に教えがいがないくらいです」
そう言うとベリンダ先生は笑った。
――いやいや、私は前世の記憶があるだけですから。
私から見たらベリンダ先生の知識量の方がよっぽど凄いと思う。
だって彼女はまだ十八歳なのだ。
彼女は前世での十八年間の記憶を持っているはずの私より、よっぽど沢山の知識を持っていた。
「私なんかよりもベリンダ先生の方が優秀です。きっと素晴らしい家庭教師の方に勉強を教わったんですね」
「いいえ。私の家は家庭教師を雇えるほど裕福ではなかったので――」
「じゃあ一人で勉強したのですね。すごいですね」
「いえ、私は神殿教室へ通っていました」
神殿教室とは、洗礼の儀を受けた子供なら誰でも学べる、学校みたいな所だ。
読み書きや計算、基礎魔法などを無料で教えてくれるのだ。そしてその運営資金は貴族からの寄付で賄われていた。
ベリンダ先生は神殿教室で学んだ後、十二歳の時に王都の学校へ入学したと教えてくれた。
次の日から、約束通り魔法の授業が始まった。
「――つまり魔素を魔法に変換させずにそのまま放出するのが魔法の鍛錬で――」
前世でもベリンダ先生はとても丁寧に魔法の鍛錬方法を教えてくれたが、魔法の鍛錬は感覚に頼る事が多い。口で説明しただけではなかなか理解ができないので、習得がとても難しいと言われていた。
だから何度も繰り返し練習して、少しずつその感覚を掴んでいくしかない。
前世の私は、この鍛錬のコツを掴むまでかなり苦労していた。
それでも数年かけてなんとか魔法の鍛錬が出来るようにはなったのだが、その頃にはすっかり魔法が嫌いになっていた。
まあその結果、魔法の鍛錬そのものを投げ出してしまったのだった。
「とにかくコツを掴むまでが大変です。だからすぐに出来なくても諦めずに鍛錬を続けることが大事なんです。では実際に私が一度やってみますのでよく見ていてください。ちゃんと魔法が発動できていれば、体がぼんやり光るので――。そうですね、光っているのが見やすいようにカーテンを閉めましょうか」
そう言うと、ベリンダ先生は部屋のカーテンを閉め、薄暗くなった部屋で目を閉じて集中する。
やがて彼女の体がぼんやりと光り出した。
魔法を発動したのだ。
「はい。これがきちんと精神力が使えている状態です。それではサラ様もやってみましょう」
(待っていましたわ! 褒める準備はちゃんと出来ています? ベリンダ先生)
二歳の頃から毎日精神力切れで気絶しても辛くても、めげずに続けてきた成果を見せる時がついにやって来たのだ。
いつもやっていた通りに魔法の鍛錬を始める私。
すると、体が発光していく。
「まさか……」
ベリンダは驚いていた。
初めての鍛錬でまさか魔法を発動出来るとは思っていなかったからだ。しかも魔法を発動してる時間がとても長かった。
この小さな女の子はどのくらいの精神力を持っているのだろう。
ベリンダはあまりの出来事に戦慄を覚えていた。
「ちゃんと出来ていました?」
「はい。サラ様は魔法の才があると思います。初めての鍛錬でちゃんと魔法を発動出来た人に、私は今まで会ったことがありません」
ドヤ顔で聞いた私にベリンダ先生は嬉しい言葉をかけてくれる。
ただ私は魔法の鍛錬を二歳の時からしているから、今日が初めてではなかった事は内緒だ。
「これならもう基礎魔法を始めても良いかもしれません」
「えっ、本当ですか?」
「ええ。魔法を発動している時間も長かったので問題ないかと思います」
私はその言葉を聞いて有頂天になる。
(毎日鍛錬していて良かったわ)
もしかしたら、予定よりも早く上級魔法をマスター出来たりして。
早速魔法の仕組みを理解しましょうと言われた私はすっかり調子づいていた。
「まずは魔法について、もうちょっと詳しくお話ししましょう。」
「はい。お願いします」
「魔法は地・水・火・風・雷という五大要素と、創造と破壊、いわゆる白魔法・黒魔法という特殊要素で成り立っています――」
魔法は、魔素をこれらの要素に変換することで発動が可能になる。
例えば風ならば、風が吹く仕組みを理解し、魔素を使って再現するのだ。
この仕組みを再現することが魔法の基本、つまり基礎魔法となる。
基礎魔法を応用して、より大きな力に変換させる魔法を上級魔法と呼ぶ。
「せっかくですから、今日の授業の締めに基礎魔法を一度試してみませんか?」
ひと通り説明をし終わったベリンダ先生はそう提案した。
(えっ?! 今から? どうしよう……)
私は慌てていた。
実は、前世の私は魔法の発動が安定していなかったために魔法を発動しても失敗する事が多く、それが少しトラウマになっていた。そういう事もあって私は今まで魔法の鍛錬しかしてこなかったのだ。
「そうですね。やはり最初は扱いやすい風の基礎魔法からですかね」
そういうとベリンダ先生は風魔法を発動して、小さなつむじ風を起こす。
「ざっとこんな感じです」
「私にも出来るでしょうか?」
「さすがにサラ様でも失敗するかもしれません。でも誰もが最初はそうですから安心してください。だから失敗を恐れずに思い切ってやりましょう」
とにかくダメ元でやってみよう。
なんてったって私は、ベリンダ先生に魔法の才能があると褒められたのだ。
私は最初は失敗してもいいんだと自分自身に言い聞かせてから、風の基礎魔法を発動してつむじ風を起こしたつもりだった。
――ドカーーーン!!
凄まじい爆音と共に砂煙が部屋中に広がる。
煙が収まると外壁にはポッカリと大きな穴が空いていた。
動揺して動けずに固まっている私を尻目に、ベリンダ先生は冷静にこうつぶやいた。
「そうきましたか。どうやらまずは力の加減を覚える事が必要のようですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます