第27話 旅するニセ三姉妹③

 宿屋が建ち並ぶ通りまでやって来た私たちは、その中から適当に宿屋を決め、部屋が空いているか確認することにした。

 私たちが選んだ宿屋は、一階がフロントや食堂、共同水場などで、二階が客室だという。三人で泊まりたいと言ったら、部屋は十分に空いているとのことだった。

 ただし、部屋のタイプが二人部屋と一人部屋しかなかったため、三人旅の私たちはそれぞれのタイプを一部屋ずつ取ることにした。

 部屋割りは、一人部屋が良いと言い張って譲らなかった私が一人部屋、レナとベリンダ先生が二人部屋に泊まる事になった。


(だって、一人部屋じゃないと困るのよ)


 私が部屋に入ってまずしたことは、先ほど土産屋で買ったマスクを取り出すことだった。

 改めて見ると、やっぱり変な顔をしたマスクだと思う。

 このマスクを購入した店員の話によると、この不細工な鳥のような顔をしたマスクのモデルは、神が我々に遣わした使者との事。マスクは、年に一度、ここリアムで開催されるお祭りの時に使うのだそうだ。

 とりあえず私はマスクを被ってみる。

 視界がものすごく悪くなったが、これなら顔がすっぽり隠れるので、マスクの中身が私だとはまず気付かれないだろう。


 ――トントン。


 突然ドアのノック音がしたので、私は慌ててマスクを外して隠した。


「はい、誰?」

「ベリンダよ。レナ姉さんも一緒。入ってもいい?」

「どうぞ」


 二人が来た理由は、夕食の誘いだった。


「色々あってお昼を食べそこねちゃったので、少し早いですが夕食を食べに行きませんか?今日は宿屋の食堂ではなく、豪華にレストランへ」


 ベリンダ先生は、乗合馬車の窓口のお姉さんがおすすめしてくれたという、お洒落なカフェに行ってみないかと私を誘ってきた。

 その窓口のお姉さん曰く、そこのカフェのデザートが可愛くておいしいので、今大人気なのだそうだ。

 デザートと聞いた私たちは、当然その案に飛びついたのだった。



「本当においしい!」


 カフェでリアム名物の魚料理を堪能した後、私たちは食後のデザートに舌鼓を打っていた。


「最近はこういうお店が女の子の間で流行ってるんですって」

「たしかに盛り付けとか可愛いですもんね」

「ほんと可愛いですよね」


 女子トークで盛り上がっている二人は、私なんてそっちのけだ。

 ただ私は、二人にも息抜きが必要だと思って、あえて二人の気が済むまでおしゃべりを楽しんでもらおうと思っていた。


 やがて、気が済むまでおしゃべりを楽しんだ二人は、私のお供役の顔に戻る。

 そしてベリンダ先生が、明日の予定を私に伝える。

 

「明日は今朝ほど早い出発ではないですが、それでも昼前には出発ですので。明日慌てて準備したりしないで、今夜の内にある程度は荷物をまとめておいてくださいね」

「はあ……、またあの硬い椅子に座るんですね……」


 レナは、乗合馬車がすっかり苦手になってしまったようだ。

 一方の私はと言うと、別の事で頭がいっぱいだった。


(――さて、今夜はどういう作戦でいこうかしら?)


 私は今夜こっそり宿を抜け出すつもりだった。

 食事を終え、宿に戻った私は宿屋の主人にそれとなく、深夜の宿屋がどうなっているのか探りを入れる。


「この宿は夜中でもチェックインできるの?」

「ごめんね。夜中は入口のドアに鍵かけて閉めちゃうから、チェックインはできないんだ」

「そうなの? 残念」


 それじゃあ、入口から堂々と出ていく作戦は無理ね。私は心の中でチッと舌打ちをした。

 私は部屋に戻ると、宿を抜け出すための別の方法を考えてみる。

 少々はしたないけど、あとは窓から抜け出す位しかないわよね…。

 私はさっそく部屋の窓を開けて下を覗いてみる。


 ――意外と高い。

 ただ2階から飛び降りるくらいであれば、天才間者の私ならなんとか出来そうだ。逆に下からこの部屋に戻ってくる事は難しそうだった。


 その後もどうやって2階の窓に登ろうかと考えてみたものの、方法が全く思いつかなかった。

 私は宿のことは宿の者に聞くのが一番だと思い、宿屋の主人の元へ再び向かった。


「あれ? お嬢ちゃんどうしたんだい? 眠れないのかい?」


 フロントで作業をしていた宿屋の主人は私を気にかけてくれる。

 私は困った顔をして近づいていく。

 

「もしも火事になって私が逃げ遅れて部屋から逃げ出せなかったら、宿屋の人はどうやって助けてくれるの?」

「ははは。お嬢ちゃんは怖がりなんだな。そうだな…、いざとなったら梯子をお嬢ちゃんの部屋の窓に掛けて、おじさんが登って助けてあげるよ。だから安心して眠るといい」


 ――梯子!? 確かに梯子を使って登ればいけそうだ。


「この宿屋には梯子があるの?」

「ああ。裏の厩舎に置いてあるから、火事があっても大丈夫さ。さあ、もう遅いから早く寝るんだよ」

「わかった。教えてくれてありがとう……おやすみなさい」


 その足で私はこっそり厩舎に向かい、体の何倍もあるような大きな梯子をヒョイっとと、自分が泊まっている部屋の下まで持っていく。


 これであとは周囲が寝静まるのを待つだけとなった。

 私は周囲の音が静まり返るまでじっと待ち続け、いよいよ決行する。


 まずは変な鳥のマスクを被り、ショートソードを腰に差した。

 ちなみに、決して持っていた方がカッコいいからという理由で短剣を差したわけではない。

 夜中の外出は危ないので、剣が必要だと思ったのだ。

 準備を整えた私は窓を開け、ふわっとジャンプして一階へと飛び降りる。


 (――さあ! あの小さな家に向かうわよ)


 私は闇夜に紛れてケーネの街の中を一気に走り抜ける。

 貧民街が近付くと、明かりが少なくなり、周囲がどんどん暗くなっていった。

 それでも昼間に一度通った道なので、迷わずに見覚えのある家の前にたどり着く事が出来た。


(――えっと、このみすぼらしい家……じゃなくて、このこじんまりとした家がそうよね?)


 私はガラスも嵌っていない小さな窓枠から、音も立てずに部屋の中へと楽々侵入する。

 天才間者の私ならこんなのはお手の物である。

 私はゆっくり周囲を見回す。

 たしか、あの間仕切りの奥がベッドだったはずだ。

 私は音を立てないよう細心の注意を払ってベッドへと向かった。


 ベッドに近づくと、二人とも良く寝ていた。

 とにかく起こさないように作戦を実行しないといけない。


 私は慎重に少年の母親へと近づいていく。

 息苦しそうな顔で寝ている彼女に向かって、私は両手を伸ばした。


(上手く出来るかしら?)


 私は祈るような気持ちで、神様に授けて頂いた治癒の力を初めて使う。

 少年の母親の体にそっと触れると、彼女の体がほんやりとした光に包まれていった。

 そして、その光はどんどん強く大きくなり、そしてどんどん眩しくなっていく。


(――えっ?! ちょっと待って! これちょっと目立ち過ぎじゃない!?)


「誰だ!」


 案の定、少年があまりにも眩しい光に目を覚まして飛び起きてきた。


「おい! 母ちゃんに何をしているんだ!」

「いいから! あんたは黙って見ていなさい!」


 治療途中で投げ出すわけにはいかないので、私は少年がこれ以上騒がないよう声を出すしかなかった。


(――もうっ! こっそり治癒魔法で治療して、誰にも気付かれずに帰る予定だったのに……)


 やがて徐々に光が収まっていく。先ほどまで苦しそうに息をしていた少年の母親は安らかな顔で寝息を立て始めた。

 どうやら治療が完了出来たようだ。


「お前.……一体何者だよ」


 少年に存在を気付かれてしまった私はとにかく頭をフル回転させる。どうにかこのピンチを乗り切らないといけない。


「はははは。私は変な鳥マスクだ! いやちがう……神の使者だ!」

「はあ? なんだそれ。てか、なんか事がある声だな。お前――」

「そこの失礼な少年よ。神に感謝しなさい。私は神のご指示でその者の病気を治してやったのだ」


 私は話をしながら、一歩一歩と後ずさりをする。

 少年の方は母親を庇うように立って私を警戒している。


(――よし、今だ!)


 私は背を向けると一気に踏み込んで加速する。

 そのままドアをぶち破って一気に脱出した。


「おい待てよ! てか人の家のドア壊しやがって!」


 少年の叫び声を聞きながら、私は宿屋へと逃げ帰ったのであった。 

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