第28話 旅するニセ三姉妹④
宿屋に戻って来た私は、事前に用意しておいた梯子を使って部屋に入る。
被っていた変な鳥のマスクを取ると、やっと一息ついた。
「――ふぅ…、なんとか私の正体がバレずに戻って来れたわ」
それにしても治癒の魔法を使うと、あんな風になるとは思わなかった。
正直あそこまで眩しく光るとは思わなかったので、少年が起きてきた時はかなり焦ってしまった。
やはりこの力は、当分使わない方がいいかもしれない。
マスクを被っていたので、顔はバレていないと思うが、この街を出るまでは用心するに越した事はないだろう。
色々考えてしまって心配になってきた私は、結局朝まで眠れずにいた。
宿屋の一階にある食堂で朝食を食べようと、私を誘いに来たレナとベリンダ先生は、寝不足の私を見て、宿屋のベッドが硬すぎて眠れなかったと思ったようだ。
「ああ。ベッドが合わなかったんですね」
「そうじゃないの。色々考えていたら眠れなくなってしまって……」
「まあ、何かあったんですか?」
「えっ!? え、えーっと。じ、実は初めての旅が嬉しくて、遅くまでこの旅の事を考えていたからなの」
私は適当な事を言ってごまかした。
まさか昨日宿を抜け出して他人の家に侵入したなどとは言えない。しかも見つかってしまって大慌てで逃げて来たから心配になって眠れなかった、なんてこともだ。
宿屋の小さな食堂は、朝でも割合混みあっていた。
ベリンダ先生曰く、外で食べるよりは値段が安いので、宿の食堂を利用する人は意外と多いのだそうだ。
最悪な事に、朝食を食べて腹が満たされた私は、恐ろしいほどの睡魔に襲われていた。
乗合馬車が出発するまで眠らずにいられるのか、心配になってくる。
(――ああ、眠い。余計な事に首を突っ込むべきではなかったわ)
私は、何度も襲ってくる睡魔に襲われながらもなんとか耐え、宿屋を出発する。
「出発までまだ時間がありますね」
「とりあえずベンチに座って待ちましょうか」
――もう駄目。
私はベンチに座ると、そのまま意識を失ったのであった。
◇◆
「あれ? 寝ちゃいましたね」
「夜眠れなくなるなんて、本当に今回の旅を楽しみにしていたんですね」
「ええ。しっかりしているようで、まだまだ子供ですよね」
ベリンダとレナの二人はサラが起きないよう、小さな声で会話をしていた。
馬車の出発時間まで寝させてあげるつもりだ。
「あれっ? あの子、昨日の子じゃ……」
「本当。どうしたんでしょう?」
昨日、倒れた女性を家まで送っていた時に出会った少年が、キョロキョロと周囲を見回しながら、二人がいる乗合馬車の待合所の方へやって来る。
やがてベリンダとレナの二人に気が付いた少年は二人の元へと走ってきた。
「なにか御用です?」
「俺ってツイてるな」
「どういう意味ですか?」
少年はベリンダ達に会いたかったが、どこの宿屋に泊まっているのか分からなかったのだそうだ。そこで会えるまで毎日馬車の待合所に通って、一日中張り込む予定だったと言った。
でも待合所に行ったら、すぐにベリンダ達と会えてしまったのだそうだ。
「でもなぜ私たちに会いたかったんですか?」
「そりゃお礼が言いたいからに決まってるだろ」
「別に気にしなくていいのよ。君だって道端に倒れている人がいたら、放ってなんておかないでしょ?」
だが、これは少年が求めていた答えではなかったようだ。
「いや、そうじゃなくてさ。母ちゃんの病気が――。……って、コイツどうしちゃったの?」
ベンチでレナにもたれかかって眠っているサラに気付いた少年は、彼女が眠っている理由を聞いてきた。
「それが……昨日寝れなかったみたいで――。ごめんなさいね」
少年は寝ているサラを見つめる。
「なんで寝れなかったんだ?」
「なんかね、初めての遠旅が嬉しかったみたいで、眠れなくなっちゃったみたいなの――」
「それだけ? 他には何も言ってなかったか? 俺の母ちゃんの事とか」
「他に? ……特には言ってなかったわよね? レナ姉さん」
「ええ。妹はまだまだお子様ですから、きっと初めての旅で興奮しちゃったのね」
それを聞いた少年は、「そうか……」と一言言うと黙ってしまった。
そして、しばしの沈黙のあと、少年が再び口を開いた。
「なあ、出発まで一緒にいていいか?」
「別に構いませんが、こんな所にいても退屈ですよ」
「いいんだ。コイツにもお礼が言いたいんだ」
そういうと、少年は向かいのベンチに座るのだった。
◇◆
「サラ、起きて! そろそろ出発の時間よ」
ベリンダ先生の声で目を覚ました私。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
あわてて目を開けると、目の前に見覚えある少年が座っている。
(――うそでしょ!何で彼がここにいるのよ!)
驚いた私は飛び起きると、動揺している自分を隠そうと冷静なフリをして、すました顔でベンチに座る。
そして改めて昨日の事をよく思い出そうと、必死に記憶を振り返る。
――落ち着くのよ、サラ! やっぱり昨日の夜、何かやらかしてしまったのかしら? うまく逃げたはずなのに……。顔だって変なマスクで隠していたし。そうよ! 絶対に私だってバレていないはずよ。
とにかく私は、目の前にいる少年と出来るだけ目を合わせないようにしていた。
しかも何を勘違いしたのか、レナ姉さまとベリンダ姉さまが変に気を使って、私と少年だけにしようと、席を離れてしまう。
(――もうっ、なぜ余計な気を使うのよ……)
気まずい空気の中、沈黙の時間が流れていく。
だが、ここさえうまくやり過ごせば、別の街へ向かう私と少年が会うことは、もう二度とないだろう。
「おい!」
「ひいいぃ」
少年に突然話しかけられて、思わず私は悲鳴を上げてしまう。
「何だよ、それ」
少年がニヤッと笑った。
私は動揺してるのを悟られないように、冷静な女を演じる。
「な、な、なにかご用かしら?」
「いやさ、もしもお前がまたこの街に来て……、その……困った事があった時はさ、俺に言え! 俺が絶対に助けてやる」
正直言うと、仮面を被って少年の家に侵入したのが私だとバレたのかと、私はビクビクしていた。しかし、私の正体がバレたわけではなさそうだ。
「俺に言え……って言われても――。私、あなたの名前も知らないのですけど」
「悪い、そうだったな。俺の名前はアルだ。お前の名前は?」
「私? 私はサラよ」
私たちが乗る予定の乗合馬車が到着したらしい。
ベリンダ先生が私を呼んでいる。
「そろそろ行くわ」
「おう、元気でな」
私は馬車に向かって歩き出すが、途中で止まって振り返る。
「お母さまを大事にするのよ」
「なんだよ、それ」
アルは恥ずかしそうに照れ笑いする。
私が馬車に乗り込むと、レナとベリンダ先生が冷やかす。
「何を話してたんですか?」
「ただの世間話よ」
「別に照れなくてもいいじゃないですか……」
二人とも私の話をまったく信用していないようだ。
私はこれ以上相手をするのが面倒くさいので、まだ眠いフリをして目を瞑る。
そして、そのまま本当に眠ってしまうのだった。
私たちの乗った馬車を見送っていたアル。
彼は馬車が見えなくなるまで、ずっと深く頭を下げ続けていた。
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