第29話 ニセ三姉妹の旅と決闘①

「あーあ、何か事件でも起きないかしら?」


 乗合馬車から見える景色を眺めながら、私は退屈そうにつぶやく。

王都まで遠旅を続けている私と侍女のレナ、そして家庭教師のベリンダ先生の三人。私たちは、三姉妹という設定で、今旅をしている。

 実は旅の初日にちょっとした事件があったのだが、その後は特に何かが起こる事もなく、平穏無事に遠旅は進んでいた。

 気が付けば、ハイラートの領都ケーネを出てから十日が過ぎようとしていた。


「何もないのが一番です」


 三姉妹の中で次女を担当するベリンダ先生が、私を諭す。

 ちなみに私は三姉妹の末っ子という設定だ。


「そうですよ。そんな変な事を言っていて、本当に事件が起こっても知りませんよ」


 三姉妹の長女になり切っているレナは、私付きの侍女だ。

 乗合馬車には私たち以外にも乗客がいるので、身分を隠していた私たちは馬車内でも三姉妹として振舞う必要があった。

 もう演じ続けて十日も経つので、三姉妹を演じるのも慣れたものだ。


 ベリンダ先生が言うように、何も起きない事が一番だって事くらい、私にもわかってはいるのだ。

 でも、ここまで何も起こらないとは……。

 旅先で何かハプニングがあってこそ、旅の醍醐味というものではないだろうか。


「そもそもローラン王国って平和過ぎなのよね」


 何の刺激も無い平穏無事な旅に飽きてきていた私は、とうとう平和な日常すら否定し始めるのだった。

 ハイラート領で暮らしている時の私も、決して刺激的な生活を送っているわけではないのだが、そんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。

 ニセの姉二人はと言うと、私に下手に構うと面倒臭いのか私の話を華麗に聞き流し、二人で別の話をし出している。


 やがて馬車の窓から見える景色が、平原から広大な田畑へと変わってきた。


「そろそろアーマルに到着かしら? でも、さすが農業が盛んな地域ですね。きっと料理もさぞ美味しいんでしょうね」

「まあ、レナ姉さんったら」


 アーマルはローマン王国の直轄地にも面している、アーマル侯爵が治めている領地だ。

 肥沃で平らな大地と豊富な水資源を持つアーマルは、農業が主要産業となっており、王国の食糧庫とも呼ばれていた。


 そうこうしている間にアーマルに到着した私たち一行。いつも通りベリンダ先生は、次の馬車の出発時間を確認しに行き、私とレナは荷物番をしながらベリンダ先生が戻ってくるのを待っていた。


「まあ、大きな噴水!」

「ええ。ウチの庭にも噴水があるけど、やっぱりスケールが違うわね」


 さすが豊富な水資源がある領地だけのことはある。

 街の中心にある公園には、アーマルのシンボルとして大きな噴水が作られ、領民の憩いの場所となっていた。


 出発時刻を確認したベリンダ先生が戻ってきた。

 王都からほど近い場所にあるという事もあり、王都方面には一日に数便の乗合馬車が出ているらしい。

 今日これから出発する便もあるそうだ。


「どうします?今日王都へ向かってもいいですし、明日出発してもかまいませんが」


 私はレナと顔を見合わせる、


「私はどっちでもいいけど…、レナ姉さまの場合は――。いくら硬い座席に慣れてきたとはいえ、連続で馬車に乗るのは、多分酷じゃないかしら」

「そうでしたね。では今日はア-マルに泊まって、明日出発しましょう」


 私たちは今晩泊まる宿屋を決めると、街を散策しながら、ついでにどこかに寄って食事でもしようということになり、さっそく出掛ける。


「この街は倉庫が多いのね」

「収穫した農産物を保管しておく場所が必要ですからね。この倉庫は観光名所にもなってるんですよ」


 確かに赤レンガで統一された、レンガ造りの倉庫が建ち並んでいる姿は壮観だ。

 倉庫通りを抜けると、先ほど見た公園と大きな噴水が見えてきた。

 公園の周囲には商店やレストランが建ち並んでいる。


「まだ夕食には早いですから、あそこでしばらく休憩でもして時間を潰しましょうか?」


 そう言うとベリンダ先生は、公園に設置されているベンチを指さす。

 私たちはベンチに腰を下ろすと、目の前の大きな噴水を見つめた。


「そうだ!露店がいくつか出てましたから、何か買ってきて、ここでつまみませんか?」


 レナはそう言うと露店に向かおうと立ち上がる。

 それを見た私は、自分も行くと言って立ち上がった。

 ベリンダ先生は、もうすぐ夕食なのに……と最初は文句を言っていたが、あまり買い過ぎないことを条件に露店で買い物をするのを許してくれた。



「あの焼きとうもろこしも美味しそうだけど、こっちの炒め物も食べてみたいし……。あっ! アレも美味しそう! どうしよう……」


 私は、アーマル名物だという『ふかし芋のクリームチーズ乗せ』を手に持ち、何を食べるのか、なかなか決められないレナ姉さまを待っていた。


「もう全部買ったら?」

「ダメよ。そんな事したらベリンダに怒られるもの」


 これはもうしばらく待つしかないと諦めた私は、ため息をつきながら何気なく遠くを見つめた。


 私が見つめたその視線の先には、偉そうにふんぞり返っている少女と、座り込んで頭を下げて謝罪をしている女性がいた。


「何か揉めているのかしら? レナ姉さま、私ちょっと見てくるわ」


 私が揉めているらしい二人の元に行くと、まだ少女はふんぞり返って怒っていた。


「どうしてくれるの!」

「申し訳ありません。本当に申し訳ありませんでした」

「謝って済むわけないでしょ。これはお父様に買っていただいた大事なドレスなのよ!」


 責められている女性は平謝りをしている。

 私はこの騒ぎを見ている野次馬の中にいた女の子に話しかける。


「ねえ、何があったの?」

「それがねえ、ぶつかった時に持っていた料理で洋服がちょっと汚れちゃったのよ。別にシミになったわけでもないのに、さっきからカンカンに怒っちゃって……」

「あんなに何度も謝ってるんだから、そろそろ許してあげればいいのに」

「相手が悪いのよ。あの方はアーマル侯爵家のドリスお嬢様だから」


 女の子は小声になって私の耳元でささやく。


「でもね。実はドリス様の方がよそ見していて、前を歩いていたあの女性に思いっきりぶつかっていったのよ」

「だったら悪いのはあの子の方じゃない」

「そうだとしても、侯爵家のご令嬢に庶民の私たちが逆らえるわけな―ー、ってあんたちょっと待ちなさい!」


 私はふんぞり返っている侯爵家のお嬢様の元へ向かっていた。


「そこのあなた! これだけ何度も謝っているんだから、そろそろ許してあげなさいよ」

「あなた誰?」

「誰でもいいでしょ。さあ、あなたももう頭を上げて」


 私は座り込んで頭を下げていた女性を起こす。


「ちょっと! 何をしてるのよ!」

「何って……。もう十分謝ったでしょ」


 ドリスの顔は真っ赤になっていた。

 この明らかに庶民の服を着た子供に、貴族である自分が偉そうに説教をされたのだ。


「コーディ!!!!!」


 ドリスが金切り声を上げると、後ろに控えていた従者のコーディが前に出てくる。


「この生意気な庶民の子供を捕まえなさい!」


 黙って頷いたコーディは、私の方へやって来る。

 私は応戦しようと身構える。


(――しまったわ…。宿屋に剣を置いて来ちゃったのよね。でも捕まるわけにはいかないから、ここは本気でやらせてもらうわ)


 勝負は一瞬で片が付いた。

 私はコーディの懐に一瞬で飛び込むと、彼の鳩尾辺りに拳を一発お見舞いした。

 崩れるように倒れていく自分の従者を見たドリスの顔色が変わる。

 私はどや顔でわがままなお嬢様を見つめる。


「あれほど騒ぎを起こしていけないって言われているのに……」


 両手一杯に料理を抱えたレナが、騒ぎを聞きつけて慌ててやって来た。


「私のせいじゃないわ。このわがままな子がいけないのよ」

「はいはい。もうわかりましたから……。あとは私に任せてください。あっ、これ持っていてもらっていいですか?」


 レナはそう言って私に持っていた料理を渡すと、ドリスの元へ向かう。


「ご迷惑をお掛けいたしました。これですべて水に流していただけませんでしょうか?」


 レナはドリスに小さな袋を渡す。

 ドリスは袋を開けて中身を確認すると、わなわなと震え出してまた顔を真っ赤にする。


「なんで庶民がこんな大金を持っているのよ!」

「もしかして足りませんでしたか? ではこれで」


 レナがさらにもう一つ袋を取り出してドリスに渡そうとする。

 ドリスはそれを突き返すと宣言するのであった。


「そこの小娘! 決闘よ! 逃げるのは許さないわ!」

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