第30話 ニセ三姉妹の旅と決闘②

(――えっ、決闘?)


 突然決闘を申し込まれたので、私は驚いていた。

 一応貴族の娘だったら、決闘をすることの意味や事の重大さを理解しているはずだとは思うのだが……。


 決闘は、事前にお互いが決めた同一条件のもとで、場合によっては生命を賭して戦うことであり、この決闘で交わされた約束はどんな事があっても絶対守らないといけないのだ。

 当然生半可な気持ちでしてはいけないし、ましてや、お嬢様のわがままで気軽にやっていいものでもない。

 だが、戸惑っている私を見て、わがままお嬢様のドリスは、私が決闘に怖気づいていると思ったようだ。


「あら! ビビっていらっしゃるの? まだまだ子供ね」

「あの……。決闘する意味が分からないのですけど」


 私の目の前には、まるで前世の私をみているような典型的なお嬢様のドリス。こんな人が、武術を嗜んでいる私とまともに戦えるわけがない。


「意味? そんなの簡単よ。お前がわたくしを侮辱したからよ」

「侮辱? 私は正論を言っただけよ」

「言ったわね! 先ほどから庶民の小娘が偉そうに」


 私とドリスのやり取りを聞いていた侍女のレナが、これ以上はさすがにまずいと思ったのか、私を止めようと間に入る。


! いい加減にしなさい。さすがにもそろそろ怒りますよ!」


 だが私は、このわがままなお嬢様をこのまま放っておくつもりはなかった。


(――世の中、なんでもあなたの思い通りになんてならないんだから)


 気軽に決闘なんていう言葉を使った報いは受けさせないといけない。

 喧嘩を売った相手が悪かったわね。だって私は天才間者なのだから。

 それにしても、決闘を申し込んできたのはいいけど、きっと彼女は武器を持ったことすらないだろう。


「ねえ? 戦かったことなんて一度もないんでしょ? 本当にいいの?」


 それを聞いたドリスは不敵な笑みを浮かべる。


「私が戦うなんて、いつ言いまして?」

「なら誰と誰が決闘するのよ」

「決まってるでしょ。お前は、お父様に仕えているアーマルの騎士と戦うのよ」


(まあ! なんて卑怯な女なのかしら)


 さすがに騎士が相手では、私が勝てる可能性は低い。

 ただそうだとしても……この生意気なわがまま娘に負けるなんて私は絶対に嫌だった。

 ここはなんとか騎士を決闘には出さないよう、話を上手く持っていく必要があるようだ。


「大人と戦わせるなんて卑劣よ! だって私はまだ六歳のか弱い少女なのよ」

「さっき私の従者を一発で伸してたのは誰よ!」


 私はレナの後ろに隠れて、ひどく怯えたフリをする。

 周囲にいた街の人は、怯える少女を見て口々に「まだ幼い子なのに可哀想に……」と声を出し始める。


「ちょ、ちょっと! あんたたちだって、さっきこの子のバカ力を見たでしょ?」


 私はトドメの一発として、秘技! 泣き出しそうな顔を周囲に見せつける。

 とうとう街の人は「ドリス様はひどいお方だ」と言い始めた。


「わ、わかったわよ。じゃあわたくしの弟ならいいでしょ? 九歳だから年もそう違わないし」

「三つも年上じゃない」

「じゃあ対戦方法も決めていいわ。これならいいでしょ?」


 それを聞いたレナが小声で私に話しかけてくる。


「サラ様、ここはやはり、お嬢様が得意な魔法対決で――」

「剣術がいいわ! 使用するのは木剣で。当然殺し合いはなしよ」


 私が剣術を選んだのは、久々に剣術稽古がしたい、ただそれだけが理由だった。

 ハイラートを出発してから乗合馬車に乗ってばかりで、最近体が鈍ってしまった気がしていたからだ。


「バカな小娘。わざわざ弟のルイが得意な剣術を選ぶなんて……」


 出来るだけ表情に出さないようにしていたようだが、ドリスが心の中でほくそ笑んでいるのは丸わかりだった。


「では5日後に決闘って事でどうかしら? 市場が休みだから広場が使えるのよ。大々的にやりましょうよ」

「5日後ですって! 何ふざけた事を言っているのよ。やるなら明日の午前中よ」

「はあ? そんなの無理に決まってるでしょ」

「何とかしなさいよ。あなたはアーマル領主の娘なんでしょ?」


 それにしても私より年上のくせに全く使えないお嬢様だ。

 5日もここに滞在することになったら、私がベリンダ先生に怒られてしまう。


「言ったわね! ――わかったわ。明日の10時までにアーマル侯爵邸に来なさい!庭内に場所を用意するから逃げるんじゃないわよ」

「10時ね。了解よ」

「じゃあ決まりね。わたくしが勝ったら、お前はわたくしの奴隷になりなさい。一生こき使ってあげるわ」


 話を聞いていたレナは、みるみる顔が青ざめていく。

 そして震えながら小さい声でつぶやくのだった。


「どうしましょう……。もしもこの騒ぎを伯爵様が知ってしまったら…」



「きっと伯爵様はこのアーマルを滅ぼしてしまうに違いないわ――」

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