第31話 ニセ三姉妹の旅と決闘③
アーマル領主の娘ドリスと決闘の約束をした後、私と侍女のレナは広場で待っていたベリンダ先生の元へと戻ってきた。
事の経緯を聞いたベリンダ先生は最初頭を抱えていたが、まずは一度宿屋に戻り、落ち着いてから対策を話し合う事になった。
「それにしても、何をどうしたら決闘なんて話になるんですか……」
宿屋に戻ってからため息ばかりついているベリンダ先生を前に、私はなんとか取り繕おうと必死だった。
「そもそも私は困っていた女性を守ろうとしただけで――」
「守ろうとしただけで、なぜ決闘なんてことになるんですか。お嬢様、貴族が決闘を申し込むこと、そして決闘を受けること、それがどれほど重大な意味を持つのか分かってらっしゃいますか?」
「そ、それは……その……」
「もっと冷静に対応して事を収めることも出来たはずですよ」
ベリンダ先生の言葉に、侍女のレナが大きくうなずきながら答える。
「本当にどうしてこうなってしまったのか不思議なんですよね。何かあったらこれで解決するようにって伯爵様から預かった物を使ったのに、全然効果がなくて…」
「何を使ったんですか?」
「えっ? 金貨ですよ。大抵のことはお金で解決できるって伯爵様がおっしゃっていたので――」
それを聞いたベリンダ先生は、また頭を抱える。
だが、ベリンダ先生の様子に気付いていないレナは話を続ける。
「ちゃんと伯爵様に教えていただいた通りに対処したのに、急に怒り出しちゃうんですから……。しまいには決闘だとか言い出し始めるんですよ。一体どうなっているのかしら? でも決して私のやり方が違ってたわけではないと思――」
「あらあらレナさんったら……、こんな大騒ぎになってるのに全然反省していないようですね」
死んだ魚のような目をしたベリンダが、レナの方を向いて静かに微笑む。
「ひいいい……」
あまりにも冷たいベリンダの表情にレナが悲鳴をあげた。
そして、再び大きなため息をついたベリンダ先生は、しばらくしてからこう切り出した。
「状況はわかりました。まずは決闘に必要な木剣を用意しないといけませんね。でも負けたら奴隷になるなんて……。勝算はあるんですか、お嬢様?」
「大丈夫よ。対戦相手を9歳の男の子にしてもらったから」
「たしかにお嬢様ほどの剣の腕前なら、よっぽどのことがない限り、大丈夫だとは思いますが……。ただお嬢様のことを絶対にお守りすると伯爵様にお約束した私の身にもなって下さい。とにかくお転婆もほどほどになさっていただかないと。」
未だに状況を飲み込むことが出来ずに困惑しているベリンダ先生。
それを見た私は、元気づけようと精一杯強がってみせた。
「迷惑をかけてこめんなさい。でも心配しないで。絶対に勝ってみせるから」
するとさっきまでベリンダ先生に窘められてシュンとしていていたレナが、不穏な発言をし始めた。
「私はお嬢様が負けるなんて思っていませんから、心配はしてませんよ。ただ……お嬢様を奴隷にしようとしたアーマル家の今後は心配してますけどね」
「それはどういう意味ですか?」
ベリンダ先生は、レナの言葉に引っかかったようだ。
「もしもアーマル家の人間がサラお嬢様に危害を加えようとした事を伯爵様が知ったらどうなると思います?」
「えっ、どうなるって……」
「ベリンダさんは知らないと思いますけど、伯爵様はお嬢様の事となると、すぐ我を忘れてしまうんです」
「ええ、以前そういう話をハイラートの宿屋で聞いたことがあります。でも、それがどういう――」
まだベリンダ先生が話を飲み込めていないことを知ったレナは、得意げな顔になって話を続ける。
「ハイラート領はローラン王国における防衛拠点というだけではなく、ローラン王国にとって重要な物流拠点でもあるんですよ」
「ええ、もちろん知っています」
「アーマル家の者がサラお嬢様を奴隷にしようとしているなんて話がお耳に入ったら、伯爵様はどう思われるでしょうね」
「大変お怒りになるでしょうね。もしかしたらアーマル家へ報復するかもしれません」
ベリンダの回答に、レナは決まったとばかりにどや顔だ。
「さすがベリンダ先生。その通り、報復ですよ。もしもハイラート家がアーマル領向けの物資を止めたら、アーマル領は間違いなく大変な事になりますよ」
今まで話を黙って聞いていた私は、気になった事を質問する。
「でもお父様がこの事をどうやってお知りになるのよ。私が明日の決闘に勝てば何も起きず、無事に解決でしょ?」
「それは私が後で報告――、あっ……」
レナは慌てて手で口を塞ぐ。
「この件はお父様には黙っていなさい! いいわね!」
◇◆
決闘の準備をするために街へ買い出しに出かけた私は、ずっと考え事をしていた。
なぜ私はあの時、あんなに怒りがこみあげてきてしまったのだろうかと。
あのワガママな侯爵家の令嬢を見ているうちに、私は無性に腹を立ててしまい、いつの間にか冷静な判断が出来なくなっていた。
もしかしたら、前世の自分の姿と重ね合わせていたのかもしれない。
前世の私は周囲の人間に甘えてばかりだった。しかも自分では何もせず、いつも人に頼って逃げてばかりいた。もしも困った事が起きても、私の代わりに周囲の人間がなんとかしてくれると思っていたのだ。
そして結局、私は不幸な結末を迎えてしまった。
あの子……ドリスは何をしても必ず誰かが守ってくれるし、助けてくれると思い込んでいる。
世の中は何でも自分の思い通りになると思っている彼女は――そう、前世の私と同じなのだ。
(――あの子に私と同じ道を歩ませてはいけないわ)
宿に戻ってきた私は、何でも自分の思う通りになると思っているドリスに思い知らせてやらないといけない、そう心に誓っていた。
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