第32話 ニセ三姉妹の旅と決闘④
翌日、宿を出た私達三人は、決闘場所であるアーマル侯爵邸へと向かった。
邸門に着くと、ふんぞり返ったドリスがお供の者を従えてすでに待ち構えていた。
「てっきり怖気づいて、尻尾を巻いて逃げだしたと思っていたわ。どうやらどうしても私の奴隷になりたいみたいね」
相変わらずな上から目線の態度に、思わず私達は顔を見合わせる。
ベリンダ先生は彼女の高飛車な態度を見て、上級貴族に嫌がらせを受けていた学生時代の記憶を思い出したのか、かなりイライラしている。
「何となくサラの気持ちがわかった気がするわ……」
「でしょ? ベリンダ姉さま」
ベリンダ先生は私がなぜ怒ってしまったのか、その理由を多少は理解してくれたようだ。
侍女のレナも嬉しかったのか、話に便乗していく。
「本当に。どうやったらこんなワガママに育つのでしょうか?」
「黙りなさい! そこの金貨女」
さっきまで黙って聞いていたドリスが、聞いていられなくなったか口を挟んできた。
「聞きました? 私の事を金貨女って……。ひどいですっ!」
ムキになっているレナのおかげで、逆に私は冷静になれた。
何と言っても今日はあの生意気な鼻をへし折らないといけない。
世の中、何でも自分の思い通りになんてならないのだ。
私は舐められないように虚勢を張る。
「で、決闘相手はどこかしら? 案内するためにわざわざ門で待っていてくれたのでしょ?」
「フフ……、いい度胸してるわね。ならあたしに付いて来なさい。決闘相手はすでに待ってるわ」
庭まで案内されると、そこには一人の少年が面倒くさそうに立っていた。
(――あれ? あの子は……)
目の前にいる少年の顔に、私は見覚えがあった。
私の誕生日パーティで、剣術の事を色々教えてくれた黒髪の男の子だったからだ。
(相変わらず目つきが悪いのね)
あの時は子供の私の相手をするのが嫌で、あんなふてくされた目をしていたのかと思っていたが、元々ああいう目つきなのかもしれない。
誕生日パーティでの様子を思い出した私は、自然と顔が緩む。
もう一度会って武術の話をしたいと思っていたが、まさかこんな形で再会するなんて。
少年を見ると、向こうも私に気がついたようで、ちょっと驚いた顔をしている。
私は少年の方を向き、気付かれないよう口元に人差し指を当てて、黙っているよう促した。
そしてゆっくりと少年の元へ歩いていった。
「私のことを覚えていますか?」
「もちろん。でも決闘相手は庶民の子だって聞いたんだけど」
「決闘相手は私です。訳があって身分を偽って旅をしています」
私は少年と小さな声で話を続ける。
「一つだけ聞いてもいいですか?」
「いいとも」
「あなたは本当に庶民の女の子と決闘するつもりだったんですか?」
少年は驚いたように目を見開いた。
そして一瞬微笑んだ後、私の問いかけに答え始めた。
「そうだよ」
「その女の子が負けたら奴隷になると聞いても?」
「ああ。姉上に逆らったら後で大変だからさ。君だって実際に見ただろ? 姉上のワガママぶりを。それにどうせすぐに飽きるさ。――何かあってもこっそり逃してやろうと思ってたし」
私は黙ったまま、少年をじっと見つめた。
「なんだよ……。何か言ってくれないか」
「私だったら、どんなに大変だろうと彼女を諌めます。だって大切な家族が間違った事をしていたら悲しいでしょ?」
「君は本当にすごいな。本当に6歳なのかい? いやもうすぐ7歳か。初めて会った時も年下とは思えなくてびっくりしたんだ」
「私はただ――」
「それに剣術の稽古を始めたんだろ? 大体庶民の女の子が剣術での決闘を選んだと聞いて、おかしいなと思ってたんだ。でも謎が解けたよ」
そう言いながら、少年は私に笑顔を見せる。
「さすがに勝つわけにはいかなくなったな。君も剣術の心得くらいはあるんだろ? 上手く負けるから頼むよ」
「でも手加減したら怒られませんか?」
「だって負けたら君は奴隷だぞ。決闘での契が絶対厳守なのを君だって知ってるだろ?」
「でも私はあなたに負けるつもりはないですよ」
「やっぱり本気は出せないよ。だって剣術の稽古を始めて、まだそんなに経ってないだろ?」
私は彼の質問には答えず、逆に質問をした。
「最後にお名前を聞かせて頂いても?」
「俺の名前はルイ。アーマル侯爵家の三男だ」
私達がなかなか決闘を始めないので、とうとうしびれを切らしたドリスが声を荒げる。
「いつまで待たせるのよ! 早く始めなさい!」
私が木剣を構えると、彼も慌てて木剣を構えた。
「ではルイ様、参ります」
勝負はあっけなく終わった。
気配を消して彼の懐に一気に飛び込んだ私は、一太刀で彼が持っていた木剣を弾き飛ばす。
そして、そのままルイ様の首元に自分の木剣を突きつけた。
「えっ? どうして――」
私には、13歳で冒険者になった少年との初手合わせの時に使った戦法があった。
あの天才少年剣士ですら対応できなかった不意打ち攻撃は、必ず彼にも通用すると私は確信していた。
さっきから驚いて固まったままのルイ少年から離れると、同じく驚いた様子のドリスへ視線を向けた。
「私の勝ちでいいですよね?」
「納得いかないわ!」
そこには、私の勝ち誇った様子が頭にきたのか、怒りに震えているドリスがいた。
「ルイ! あなた手を抜いたでしょ!」
「いや姉上、俺はそんなこと……」
「黙りなさい! この役立たず! よくも私に恥をかかせてくれたわね!」
ものすごい形相で弟のルイを睨んていたドリス。
次に私の方に顔を向けると、さらに大声で怒鳴り始めた。
「この生意気な庶民の小娘が! 絶対に許さない! 身の程を知りなさい!」
ドリスはそう言うと、私の方に両手を伸ばす。
すると彼女が指にはめていた指輪の、魔石をはめ込んである部分が光り始めた。
「お前が悪いのよ。さようなら」
そういうとドリスは私に向かって魔法を放った。
ドリスが作り出した火の上級魔法は、私が作り出す火の基礎魔法と比べると、とても小さな火の玉だった。
だが魔石の力を借りて作った上級魔法だけあって、炎がまるで
突然のことであっけに取られていた私は、何も出来ずにただ立ち止まっていた。
するとルイ様が私を庇おうと目の前に立ちふさがり、防御魔法を発動した。
だが魔石の力を借りた魔法は強力だったため防御魔法では防ぎきることが出来ず、火に包まれたルイがゆっくり倒れていく。
私は思わず駆け寄り、倒れているルイ様を抱きかかえた。
「なぜ?」
サラを庇って大怪我をしたルイは息も絶え絶えだ。
「なんでだろ……君を守りたいって思ったからじゃダメ?」
苦しそうな顔でそう答えたルイ様は、私に微笑んだ後に意識を失った。
思った以上にルイ様の怪我は深刻な状況のようだ。
このままでは死んでしまうかもしれない。
(――ダメよ!絶対に死なせない)
私は完全治癒の力を発動させた。
もう神様の祝福を受けたことがバレても構わなかった。
大きな光に包み込まれたルイは、治癒の力で徐々に癒やされていく。
やがて苦しそうだった顔が、徐々に穏やかな表情へと変わっていった。
あれほどひどかった怪我は、跡形もなくなっていた。
(きっともう大丈夫だろう――)
私はホッとしたのと同時に、怒りを込めてドリスを睨みつけた。
「なっ、なによ……。お前とルイがいけないんでしょ!」
後ろへと後ずさりしているドリスを見た私は、彼女を逃さないと一気に加速して懐に飛び込んていく。
そして、彼女の
「ぐへぇ!!!!」
奇妙なうめき声を上げた彼女は、そのまま失神したのであった。
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