第33話 ニセ三姉妹の旅と決闘⑤

「気が付かれましたか、姉上」


 侯爵邸内で目を覚ましたドリスは、一体自分の身に何が起きているのか理解できていないようだった。


「姉上……私達は決闘をして敗れたんですよ」


 弟ルイの言葉で事の顛末を思い出したのか、途端にドリスの顔は怒りの表情へと変わった。


「あの生意気な庶民の小娘は今どこにいるの!?」

「もうここにはいませんよ」

「なんですって! そんな事許さないわよ。王国中を探し回っても――」



「「 もうその子達に関わることは許さん!! 」」


 金切り声を上げているドリスを一喝するような声が響いた。


 ドリスが声のした方に顔を向けると、そこには彼女の父であるアーマル領主、ジョージ侯爵が憮然とした表情で立っていた。


「お、お父様! 聞いてください。生意気な庶民の小娘がこのわたくしを――」

「ワシはその子達とは二度と関わるなと言っているのだが」

「そ、そんな……どうして……」

「それにしても、お前という娘は……とんでもない相手を敵に回してくれたものだ」


 呆れた顔で侯爵はそう言うと、ルイに確認を取る。


「ルイよ。しっかり先方とは話をつけたのだな?」

「もちろんです、父上。今回の件は決して口外しないと約束していただきました。そのかわり我々も彼女たちの旅については一切他言しないと誓っています」

「そうか――。ルイよ、お前のお陰で助かった」

「それから……勝利した時の対価、つまりあちら側の要求についてですが――」

「わかっておる。必ず守ると約束しよう」


 安堵している父親の顔を見たドリスは、まだ話を理解できていないようだ。


「あの……お父様? 一体どういう事なのでしょうか」

「ええい、お前は少し黙っておれ!」

「私にはわかりませんわ、お父様。あの娘たちはただの庶民――」

「黙れ! お前は当面外出禁止だ。これは決定だ! 逆らうことは許さん」

「そ、そんな……」


「――儂は少々お前を甘やかしすぎたかもしれん。だがそれももう終わりだ」


 それを聞いたドリスは、ぽかんとした顔をしたままうなだれた。


 一体なぜこんな展開になっているのか?

 それについては、時間を少し巻き戻す必要がある。



◇◆



「困ったわ……」


 ドリスを気絶させてしまった私の周りに、大勢の従者達が詰め寄ってきていた。


「サラ様、どうなさるおつもりです?」


 ベリンダ先生が私の耳元で囁く。

 いつの間にか私達は周りをぐるっと取り囲まれてしまっていた。


 従者たちはジリジリと詰め寄ろうとしているものの、なかなか私達に近づけないでいた。

 おそらくルイを剣術で一瞬で倒し、さらにドリスを一発で気絶させた私を警戒しているのだろう。


「きっとこれ怒ってるのよね? もしかして、少しやりすぎたのかしら」

「少しじゃなくて、完全にやりすぎです。お嬢様はもう少し手加減を覚えないと――」

「だって……私を庇ったせいでルイ様は大怪我しちゃったのよ。それに実の弟に上級魔法をぶつけるなんて信じられない行為だわ! 下手したら死んでいたかも知れないのよ」

「それでルイ様は大丈夫なんですか?」

「ええ。治癒魔法をかけたから」

「サラ様の魔力が規格外なのは知っていましたけど、まさかこんな大怪我まで治癒出来るほどの魔力量をお持ちとは……」


 ベリンダ先生たちは私が神の祝福を授かったことを知らないので、私がただの治癒魔法を使ったのだと思ってくれたようだ。


 ベリンダ先生と会話をしながら、私はこの状況を打破できないか必死に打開策を考えていた。

 だがさすがにこれだけ大勢の人間相手では、分が悪いのは明らかだった。

 ただでさえ大きな体の大人とまだ小さな私では、体格差がありすぎるのだ。



「きっとこのまま捕らえられて牢に入れられてしまうんだわ。そしてそこで酷い目に――」


 大勢に取り囲まれていることもあり、侍女のレナは捕まってしまうのではないかとすっかり怯えてしまっており、あらぬことを妄想し始めていた。


(――とにかく、まず彼らから逃げるためにスキを作らないと……)


 私がなにか良い方法はないのかと考えあぐねていると、レナが意識を失っているルイの目を覚まそうと、彼の体を大きく揺すり始めた。


「こんな時に呑気に寝ていられたら、私が困る……じゃなくて、お嬢様が困るんですよ! ほらさっさと起きてください!」

「ちょっ、レナったら何をしてるのよ。まだ安静にさせないと――」


 ルイの肩を掴み揺すり続けているレナを、私は慌てて止める。


 「う、うーん、ここは……?」


 レナに無理やり起こされ――、いや、レナの必死な願いが通じたのか、ルイが目を覚ました。


「僕はいったい……。たしか姉上の魔法を受けて――あれ? 何ともない! どうして……」

「もう、寝ぼけてないで早く私達を助けてください!」


 レナの金切り声を聞き、ルイは周囲を見回す。


「お前達、何をしてるんだ?」


 ルイは、武器を持って自分たちを取り囲んでいる従者たちに尋ねた。


「ルイ様ご無事でしたか。今すぐお助けいたします!」

「助ける?」

「そこのお前達! ルイ様を人質に取るなんて卑怯だぞ! さっさとルイ様から離れるんだ!」


 どうやら今まで手を出せないでいたのは、私達がルイ様を人質に取っていると思い込んでいたからのようだ。


 その横でルイは何が起きているのか、全く理解出来ていないようだった。

 だがとにかくこの場を収めようと大きな声を出した。


「お前たちいい加減にしろ! この方達は何も悪くない。今すぐ武器を収めろ!」

「しかし……」

「これは命令だ!」


 ルイの一言でサラたちを取り囲んでいた従者たちが武器を収めて下がっていく。

 それを見てひとまず安心した私は、ルイ様に話しかけた。


「怪我はもう大丈夫のようですね」

「僕は姉上の上級魔法を受けたのになぜ――」

「魔法で治療しました」

「治癒魔法だけでこんなにきれいに治るものなのか……」


 たしかに普通の治癒魔法で治るような怪我ではなかった。

 しかし私には、神の祝福で授かった完全治癒という力があった。

 ルイ様の大怪我を治すのは造作もないことだ。


「なんて言ったってお嬢様は天才なん――、あっ、間違えた。サラは魔法の天才なのよ」

「もうレナったら……。実はルイ様とは面識があるのよ。だから私の正体はすでにご存知よ」

「ああ、よかった」


 それを聞いたレナはホッとする。


「そういえば姉上は?」

「あの方ならお嬢様が――」


 ベリンダ先生が、従者たちに介抱されているドリスの方を指差す。

 私は慌てて言い訳をした。


「も、申し訳ありません。ついカッとなってしまって――、その……」

「その?」

「えっと――、ルイ様のお姉様の鳩尾に軽く正拳突きを一発……」


「そうか……はははっ! 君は本当におもしろい、最高だよ」


 ルイの大きな高笑いにドリスを介抱していた従者たちも呆気にとられている。


「おい、お前たち。姉上は気絶してるだけだ。寝室に運んで休ませておけばいい!」


 従者たちはルイの指示でドリスを屋敷に運んでいった。

 そして従者たちがいなくなった庭内には、サラ達だけが残された。


「本当に済まなかった」


 突然ルイが頭を下げる。

 その姿を見た私は慌てて制止する。


「お止めください」

「神聖な決闘の場を、姉上が汚してしまった」

「それはルイ様のせいでは――」

「さっき君は家族ならちゃんと諌めて間違いを正してあげないといけないって言ってただろ? 本当にそのとおりだよ」


 そう言うと、ルイ様は悲しそうに目を伏せた。


「まさか君に上級魔法をぶつけようとするなんて。あんな恐ろしいことする人だとは思わなかった――」

「今後は家族として彼女の間違いを正してあげてください。それを今回の決闘に勝利した対価として、あなた方に要求させていただきます」

「わかった。決闘は君の勝ちだから言う通りにする」


(――これで少しは彼女もしおらしくなってくれたらいいんだけど)


 そしてその後の話し合いで、今回の件は互いに他言無用とすることになった。

 話が終わると、ベリンダ先生、レナ、そして私はお互いに顔を見合わせる。

 そしてそれぞれ小さく頷いた。


「ルイ様、我々はこの辺で失礼したいと思います」

「もう行くのかい?」

「ええ。私達は王都へ行かないといけないので」


 そのまま立ち去ろうとすると、ルイ様が言った。


「――ねえ! またいつか君と会えるかな?」


 その言葉に私は黙ったまま笑顔で返した。



◇◆



 アーマル公爵邸を出た所で、ベリンダ先生が今後の予定を確認をする。


「決闘が終わったばかりの所で申し訳ないのですが、今だったら午後一番の乗合馬車に乗って王都へ行けますがどうしますか? お疲れでしたらもう少しアーマルに滞在してもいいですが――」

「私は大丈夫。ベリンダ先生だって早く王都に行ってご両親に会いたいでしょ。レナは大丈夫そう?」

「はい、なんとか」


 こうして三人は午後一番の乗合馬車に乗ってアーマルを去ることになった。


 いよいよ次の停車地は、この遠旅の目的地である王都である。

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異世界の箱入りご令嬢と人生やり直し 広大 @deep-dive

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