第26話 旅するニセ三姉妹②

 私の小さい体はこういう時に役に立つ。

 人が集まり過ぎてこれ以上先に進めないような場所も、足元の方を見るとけっこう隙間があるものだ。ちょうど小さい子供が前に進む事が出来るくらいの隙間が――。

 私はその足元に出来た隙間をうまく突き進んで、人が取り囲んでいる輪の中心へと向かった。


 輪の中心に着くと、一人の女性が倒れていた。

 その女性は、胸を押さえて苦しそうにしている。


「いや違う! 俺がやったわけじゃないんだ」

「でも、お前とぶつかって倒れたんだろ」

「誤解だ。俺は何もやってない」


(誰がやったなんて今する話なのかしら? 目の前に苦しそうにしてる女性がいるのに……)


 私は我慢出来ずについ大声を出してしまう。


「今そんな事を言い争っている場合じゃないでしょ! 目の前に人が倒れてるのよ! 助ける気がないならここから去りなさい!」


 私の一声で、さっきまで揉めていた大人たちが押し黙った。

 徐々に野次馬の輪が小さくなっていく。

 そして先ほどまで取り囲んでいた人の輪がなくなった。


(――全く薄情なものね)


「あの……、大丈夫ですか?」


 私は苦しそうにしている女性に声を掛ける。


「ありがとう。やさしいのね」


 女性が私に笑顔を向けてくれる。

 彼女が相当無理して笑顔を作っているのが、私にはわかった。

 どうしたらいいのか分からずに戸惑っていると、トランクケースを2つ抱えたレナがやって来た。


「はあ……、はあ……。あれほど目立つ行動はダメだと――」

「ねえ。どうしたらいいと思う?」


 そう言うと私は、目の前に倒れている女性に目を向ける。


「この方は?」


 そこで私は、何が起きたのかを一通り説明する。


「ここに放置するわけにもいきませんから、とりあえず木陰にでも運びま――」

「いったい何があったの!?」


 馬車の出発時刻を確認しに行っていたベリンダ先生が戻って来た。

 私はもう一度同じ説明をしなくてはいけなかった。


 背が低い私は肩を貸す事も出来ないので、結局、レナとベリンダ先生が倒れていた女性を木陰まで運んでくれた。

 しばらく木陰で休んでいた女性は、やがて少し気分が良くなったのか立ち上がった。


「ありがとうございました。だいぶ楽になったのでそろそろ行きます」

「本当にもう大丈夫なのですか?」

「はい、本当にありがとうごさいました」


 私たちに一礼をすると、彼女はゆっくりと歩きだした。


「ねえ、家まで送って行ってあげない? 途中でまた倒れたら大変だし」


 私は余計なお節介だとは思ったが、このまま彼女を放っておけなかった。

 レナもベリンダ先生も同じ気持ちだったようだ。

 お互いの顔を見合わせて小さくうなずくと、慌てて彼女の後を追うのであった。



◆◇



「母ちゃん!」


 一人の少年がベリンダ姉さまに抱えられた女性の元へと駆け寄ってくる。


「なんで外に出たんだよ……。まだ治ってないのに」

「ごめんね。今日は調子が良かったから、何か日雇いの仕事でももらえないかと思って」

「まだ休んでなきゃダメだろ」


 彼らは親子二人で貧民街に小さな部屋を借りて住んでいた。

 冒険者だった父親は、4年前にダンジョンに向かったまま未だに戻って来ないらしい。

 おそらく魔物にやられてしまったのだろう。


 家に寄って休憩していってくれと言われ、私たちは素直に従う。

 私が他人の家にお邪魔するのは初めてのことだった。

 その記念すべき初めての家は、お世辞にもきれいな家とは言えなかった。

 家の中は狭く、部屋数は一部屋しかなかった。

 部屋には仕切りが一つ。仕切りの奥にはベットが置かれていた。


「何のお礼も出来ませんが、ゆっくりしていってください。申し訳ないのですが、私は少し休ませてもらいます」


 そう言うと女性は、少年に連れられてベットへと向かった。

 母親を寝かせて戻って来た少年に話を聞くと、病気なのに無理をして出かけてしまったらしい。


「なぜ医者に見せないの?」


 私の言葉に少年がキッっと睨む。


「うちにそんな金あるわけないだろ。お前はきっと裕福な家の子なんだろうな。それに医者に見せても――、きっともう母ちゃんは……」


 少年はそう言うと、唇をぐっと噛んで下を向いた。


「母ちゃんは肺の病気なんだ。お前も知ってるだろ? 咳と痰が止まらない病気。もう血も吐いてるんだ」


 それを聞いたベリンダ先生の顔色が変わる。


「じゃあ、あなたのお母様はもう……」

「俺、母ちゃんを医者に診てもらおうと頑張って毎日働いたんだ。でも俺まだ子供だし、読み書きも計算も出来ないから、安い日雇いの仕事しかなくて…」


 きっと読み書きや計算が出来るようなれば、この男の子も給金の高い仕事に就くことが出来るのだろう。

 でもこの街には神殿教室がないのかしら?

 たしか…、神殿教室は無料で読み書きや計算を教えてくれるはずだ。


「ねえ。リアムには神殿教室がないの?」

「お前って本当に何も知らないお子様なんだな」

「なっ! てか、さっきから何よ!」


 先ほどから何かとバカにしてくる少年に、私は言い返す。

 少年はまるで駄々っ子を見るような目で私を見る。

 そして大きなため息をつくと、説明を始めた。


「そりゃこの街にだって神殿教室はあるよ。ただこんな貧民街に住んでいる子供は通わせてくれないのさ」

「えっ!? どうして通わしてくれないの? 神殿教室は無料で誰でも勉強できるんでしょ?」

「そんなの俺が知るかよ。貧民街の子供が通おうとしても、今は生徒がいっぱいだからって断られるんだからさ」


 私は、以前神殿教室に通ったことがあるベリンダ先生の方を見る。

 だが彼女も訳が分からないようだ。


「おかしいですね……。神殿教室は王国民であれば誰でも無料で通えるはずなんですが……」

「おかしいも何も、この辺りの子は昔から通えないぞ」


 それを聞いた私は小声でレナに指示を出す。


「あとで早馬を使って、この街の神殿教室の件をお父様に伝えて。私がすごく怒っていたって書いていいわ」



 ◇◆



 その後、寝ている少年の母親を起こさないよう、そっと家を出た私たちは今夜泊まる宿を探そうと中心街へと向かった。

 そこへ向かう間、私はずっと考えていた。

 ベリンダ先生によると、少年の母親はあまり長く持たないだろうという。あの肺の病気は、魔法や薬草では治癒出来ないらしい。


 私には神の祝福で授かった完全治癒の能力がある。

 でもこの力を使ってしまえば、きっと私の力が世間に知られてしまう。

 例え秘密にしてくれとお願いしても、人間というものは身内以外の秘密を守る事が出来ないものだ。必ずどこかで秘密を漏らしてしまうだろう。

 そうなったら王宮に呼び出されて軟禁状態になってしまう可能性が高い。

 だから、どんな理由であろうと、この力を使いたくないと思っている自分がいた。


(でも、このまま放っておいたらあの人は……)


「それにしても、この街はお土産屋が多いですね。さすが宿場町だけの事はあります」


 レナはウインドショッピングに夢中になっていた。


 ――全く。私が本気で悩んでいるっていうのに…。


「本当にレナ姉さまは能天気でいいですわね」 


 私はつい意地悪な事を言ってしまう。


「まあ、サラったら姉に向かって失礼よ」


 レナは変なマスクを手に取りながら、私の嫌味をサラッと受け流す。

 

(それにしても変なマスク。んっ?変なマスク……、ってマスク?!)


「これだーーーー!!」


 私はレナが手に持っていたマスクを奪う。

 そして迷わずに購入するのだった。

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