第23話 王都へ①
「私の今までの苦労はなんだったんでしょう…」
ベリンダ先生は、親指程度の小さな炎が出せるようになっている私を見て、まるで全身の力が抜けたようになっていた。
それもそのはずだ。ベリンダ先生は私が魔法の力加減を出来るようにと、毎日寝る間も惜しんで各地から集めた資料を読み漁って研究をしてきたのだ。それが今、すべて無駄になってしまったのだ。
一方の私は、力の加減が出来るようになったのが嬉しくて、小さい炎と巨大な炎を何度も交互に出していた。
だが侍女のレナがそんな私を諫めてくるので、一旦魔法を発動するのを止める。
「ねえ、レナ。もうちょっとこの感動を私に味合わせてあげようとは思わないの?」
「何言ってるんですか?今ケーネで噂になってるんですよ。最近草原に火龍が住み着いたって。そのせいで領民が怖がってるんですから」
えっ、この草原って火龍がいるの?
まさかそんな恐ろしい生物が草原に住んでるなんて私は知らなかった。
「本当にこの草原には、火龍が住んでいるの? やだ怖い……」
「やだ怖い――じゃないですよ……。お嬢様が出す火の魔法を見た者が、火龍と勘違いしてるんですよ」
「あっ……そういう事なの。私がみんなを怖がらせていたのね――」
何も言い返せなくなった私に、魔法はほどほどにするようにと再度レナが言ってくる。
どうやら、これ以上魔法を使うのをあきらめるしかないようだ。
ただし今日の所は――だが。
「それにしても、どうやったんですか?」
ベリンダ先生が不思議そうな顔で私に聞いてきた。
まさか神様に特別に治していただいたなんて事を、とても言えないと思った私は、とりあえずその場をごまかすことにした。
「その……えっと――、な、何となくやったら出来ちゃったっていうのか……」
「相変わらず、お嬢様は規格外ですね」
もはや笑うしかないと思ったのが、ベリンダ先生は薄ら笑いを浮かべている。
思いっきり噛み噛みだったが、とりあえずなんとかごまかせた? のではないだろうか。
「それじゃあ伯爵様に魔法の力加減が出来るようになったと、お伝えしないとですね」
「そう言えばお父様に急かされていたのでしたね」
「そうなんですよ。これでやっと肩の荷が下りました。――それで、お嬢様……突然で申し訳ないのですが、しばらくお暇を頂いてもよろしいでしょうか?」
(――えっ? お暇ってことは……。もしかして、ここを辞めたいってこと?)
「家庭教師が嫌になってしまったって事ですか?出来ればベリンダ先生には辞めないで欲しいのですが――」
「あっ、いえいえ、そう言う事じゃなくて。実はそろそろお金を持っていかないと実家が大変みたいで――」
「あっ、弟さんの学費でしたよね。では辞めたいわけではないのですね?」
「はい、もちろん。伯爵様のご依頼も一区切りついたので、一度王都に帰りたくて。お金に関しては大金ですし、どうしても他人には任せられないので――」
たしかに他人に金を預けて、家族に渡してもらうようになんて頼むのはリスクが大きい。
中身が大金だと知られてしまえば、たいていの場合は盗まれるのがオチだ。
とにかくこの世界で一番安全で確実に送金する方法は、今のところ直接自分で持っていく事くらいしかない。
それにしもて遠旅なんて、ベリンダ先生がうらやましい限りである。
「いいですね。馬車で遠旅なんて。なんか憧れます」
侍女のレナがうっとりした顔をしながらそう言った。
「そうですかね?ただ私の場合は、馬車じゃなくて貨物馬車の旅ですけどね」
そう言うとベリンダ先生は笑った。
――貨物馬車の旅?!
私とレナがその話をもっと詳しく聞きたいとお願いすると、ベリンダ先生は説明してくれた。
ベリンダ先生が言うには、王都までは遠くてどうしても旅費が高くつくので、商人の貨物馬車に乗せてもらって旅費を抑えたのだそうだ。
そして実際に商人の貨物馬車に乗せてもらい、王都からここケーネまでやって来た時の話をしてくれた。
貨物馬車だと寄り道が少ないので宿代も抑えられるし、日数も短縮されるので、まさに一石二鳥らしい。
ベリンダ先生の話を聞いているうちに、私は遠旅をしたいという欲求を抑えられなくなってしまった。
私が今まで出かけた事がある場所といえば、洗礼の儀を受けたケーネ郊外の丘にある神殿か、今いる草原くらいだ。
ベリンダ先生がしてくれた遠旅の話は、私の冒険心を大いにくすぐった。
(そんな話を聞いてしまっては、もう草原に来るだけで浮かれていた自分には戻れないわ)
とにかく何か良い作戦はないかと考える。
私の周りに、お父様を説得できるほどの交渉術を持っているのはベリンダ先生しかいない。まずは彼女を私の陣営に引き込まなくては。
私は「ベリンダ先生懐柔作戦」を決行するのだった。
「あの、ベリンダ先生」
「どうしたんですか?」
「もしも…、交通費や宿泊代がタダになる方法があるって言ったらどうします?」
そんなうまい話があるわけないというベリンダ先生に私は畳みかける。
「それがベリンダ先生がある事をしてくれたら可能なんです」
「ある事――ですか?」
「はい。この話に乗ってみませんか?」
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