異世界の箱入りご令嬢と人生やり直し
広大
第1話 時の狭間
気が付くと私はここにいた。
目の前に広がっているのは、漆黒で無音の空間だ。
近くには明かりもなく、周囲の様子が全くわからない。
ただこんな真っ暗闇の中にいても、不思議と恐怖は感じていなかった。
(一体ここは……)
なぜこんな状況に陥っているのか、全く身に覚えがなかった。
ここから抜け出さなければいけない――という気持ちはあるのだが、1メートル先すら見えない視界のせいで、どうしても一歩を踏み出す勇気が出ない。
(困ったわ。どうしましょう……)
私はこの状況に焦っていた。
しばらく待てば、この暗闇にも目が慣れてくれるだろうと思っていたが、いつまで経っても目が慣れないのだ。
ただこのままここにいても、何も状況が好転しないであろう事は何となくわかる。
(そろそろ覚悟を決めないと。いつまでもここにいたってしようがないもの)
私は勇気を振り絞ることにした。
そしてゆっくり一歩一歩、前へと進み始めた。
暗闇の中を移動し始めて、どのくらい経っただろうか。
遠くの方、とにかく先の方に小さな明かりが見えてきた。
現金なもので、明かりが見えた途端に私は安堵した。さっきまで感じていた重苦しい閉塞感もなくなっていくようだ。
私はその明かりを目指してさらに進んでいくことにした。
進めば進むほど、明かりはどんどん大きくなっていく。
だがいくら近付いても、その明かりが何なのかがわからない。
(きっとずっと暗闇の中にいたから、まだ目が慣れていないんだわ。そのうち何の明かりなのかわかるはず)
そう自分に言い聞かせた私は徐々に大きくなっていく明かりを目指して歩いていく。
だがいくら近付いても、何の明かりなのかわからない。
急に不安になった私は、その場に立ち止まる。
だがいくら周囲を見回しても、この明かりの他は真っ暗闇で何もなかった。
結局私はこの明かりの方へ向かう以外の手立てが何も思い浮かばなかった。
意を決して再び明かりの方へ進もうと思ったその時、急に光の中に吸い込まれるような感覚に包まれた。
私はとっさに身を縮こまらせて自分を守ろうと身構えた。
しばらく怖くて固まっていたが、特に私の身に何かが起きた気配はない。
ゆっくり上体を起こし、怯えながら周囲を見回してみる。
いつの間にか私は荘厳な部屋の中に立っていた。
重厚な柱が何本も立っていて、まるで神殿のような部屋だ。上を見上げてみたが、全く天井が見えない。
(ずいぶん高い天井ね……)
そんな事を考えながら再び前を向くと、私の目の前には綺麗な女性が立っていた。
その女性は何も言わずに私をじっと見つめてくる。
「あなたは誰?」
思い切って声を掛けてみる。
「あたし? あたしはヘルって呼ばれているわ」
目の前にいる女性はそう答えると、ニヤリと笑った。
(綺麗な
彼女を見ていると、その凛とした姿に吸い込まれそうになる。
ただすごく美しい女性ではあるのだが、どこか威圧的で畏怖の念も抱かせてしまう、そんな雰囲気を彼女は持っていた。
「はじめましてヘルさん。私は……」
まずは自己紹介をしなければと思ったのだが、なぜか自分の名前を思い出せない。
「あれ? おかしいな。私は……、誰?」
混乱している私を見つめながら彼女はニヤニヤしている。
「どうしちゃったのかしら? 私、自分の名前を思い出せなくて……」
「ここに来る人は、みんなそうだから大丈夫よ」
「みんな……そう?」
「ええ。それが当たり前だから安心して」
当り前? 一体どういう意味だろう?
なぜ自分の名前がわからないのが当たり前なのだろう。
「で、でも……」
「だから問題ないって言ってるでしょ。さっ、話を続けましょ」
何を言っているのか理解はできなかったが、とりあえず問題ない……って事でいいのかしら。
不思議なことに、いつの間にか私は彼女の言葉に納得させられてしまっていた。
「わ、わかりました――。ところで、ここはどこなのでしょうか?」
「ここ? 特に名前なんてないわ。強いて言うなら、時の狭間とでも言うのかしら」
「時の狭間?」
「そうよ。この場所は時が流れていないの。だからここに来る事が出来るのは、時が止まっている者だけになるわ。つまりここには、死者しか来られないのよ」
時が流れていない? 死者?
私はますます混乱していく。
「それはどういう意味なのでしょうか?」
「簡単に言うとね、あなたは死んだのよ」
「私……、死んだのですか?」
「そうよ」
この人はさっきから何を言っているのだろうか。
私が死んだとか、時が止まった場所だとか。
しかも状況が理解できずに混乱している私を見て、妙に嬉しそうなのだ。
「でも死者しか来れない場所なら、ここにいるあなたも死んでいるって事ですよね?」
「あたしが? まさか。あたしは死んでないわよ」
(さっきここには死んでいる人しか来られないって言っていたのに……)
私は訝しげに彼女を見つめた。
すると彼女はこう言った。
「あたしは人間じゃないもの。あなた達からは、神って呼ばれているわ」
――神?!
事もあろうに自分のことを神様だなんて。
呆れた私はこの場から立ち去ることにした。
「もういいです。ごきげんよう」
そう言い残すと彼女に背を向け、彼女とは逆の方向へ歩き出した。
ところが――。
「また会ったわね」
この部屋から出ていこうとしたのだが、気が付くと私は再び彼女の目の前に立っていた。
その後何度も試してみたが、結局この部屋から出ることが出来なかった。
いつの間にか彼女が目の前にいるのだ。
こうして私は、彼女が特別な存在だと認めざるを得なくなった。
「本当に女神様――、なのですか?」
「あら! やっと納得してくれた?」
疑ってしまって後悔している私を見て、女神様は本当に嬉しそうにしている。
「申し訳ございません。女神様だとは気付かず、大変失礼な態度を」
「あっ、そういうのいいから。頼むから普通にしてよ」
拝跪している私を見た女神様は、急に不機嫌になった。
もしかしたら女神ヘル様は、崇められる事がお好きではないのかも知れない。
今はヘル様にお縋りするしかない状況なのに、へそを曲げられてしまっては困る。
「わ、わかりました」
「わかってくれりゃいいのよ」
すると機嫌が良くなったのか、私を見てまたまたニヤリと笑う女神ヘル様。
とにかく現状を整理しよう。
何があったのかは分からないが、とにかく私は死んだ。
そして今は神様とお話をしている。
でもなぜ神様が目の前にいらっしゃるのだろうか。
私は女神様に尋ねてみた。
「もしかして女神様は、私に何か御用がお有りなのでは?」
「あら! なぜそう思うの?」
「理由もなく神様が私などの前にいらっしゃるわけがないですから」
「へえ……」
女神ヘル様が真顔になって見つめてきた。
「まあ半分当たりで、半分ハズレってところかしら。」
その意味を理解できていない私は首を傾げる。
「確かにあたしは理由があってここにいるわ。でも用があるのはあなたの方でしょ?」
「私……ですか?」
「だってあたしに会いに来たのは、あなたの方じゃない」
(えっ!? 私が?)
一体どういう意味なのだろうか。
女神ヘル様の仰っている意味が分からず、私は何も答えられずにいた。
「うふふっ、困っているわね。じゃあ教えてあげる。あたしの所にはね、前世に強い恨みや未練を残した魂が、救いを求めてやって来るの」
「恨みや未練……」
「そうよ。そんな魂を導いてあげるのが、あたしの役目」
「私を導いてくださる……、のですか?」
「ええ。だから選ばせてあげる――」
「このまま次の道へ進むのか、それとも……人生をやり直すのかを」
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