第9話 誕生日パーティ

 洗礼の儀が行われてから数日が経った。


 儀式の際に神の祝福を受け、完全治癒という力を授かった私だったが、実はあれからまだその力を一度も使ってはいない。

 正確には、特に使う理由がなかった――、と言った方がいいのかもしれない。


 私が治癒の力に興味を持てないのは、私の欲している力が、あくまで自分の身を守ることが出来る魔法と武術であって、決して治癒の力ではない事が原因なのかもしれない。


 ただ神の祝福を別に受けなくても良かったのかというと、決してそういうわけではない。

 もしも祝福を受けなければ、神様とお話をする機会なんて一生なかったわけで、そうなると私は、自分の持っている不思議な記憶について何もわからないままだったからだ。


(それにしても、私の持っていたこの記憶が前世の記憶だったなんて……)


 それに、まさか同じ人生をもう一度やり直しているとは思わなかった。

 こんなチャンスをくださったヘル様には、ただただ感謝しかない。


 それと私が神の祝福を受けたことを誰も知らないという、この状況も幸運だったと思う。


 というのも、神の祝福を受けた子供は、強制的に親元から離されて王都に隔離されてしまうからだ。

 名目上は、力を悪用しようとする者から神の恩恵を受けた者を保護するという事なのだが、本当の目的は単なる能力者の囲い込みだ。

 そもそも特別な能力を持った者を、王国が放っておくわけがない。

 それこそ他国に目をつけられて、強力な能力を持つ者を奪われでもしたら大変だからだ。


 それだけに、今後はこの完全治癒の力を慎重に扱っていかなければならなかった。

 むやみやたらに使っていたら、いつかこの治癒能力の事を誰かに気付かれてしまう可能性があるからだ。

 そうならないためにも、治癒の能力の使用は控えなければならないだろう。


 私が望む事は唯一つ、前世のように殺されたりせずに生き延び、そして静かに過ごしたい――、ただそれだけだ。

 だから悪目立ちをしたくないし、なおさら王都になんか行くわけにはいかなかった。


 なぜ私がそこまで頑なに王都に行きたくないのか、その理由が分からないという人も中にはいると思う。


 だが答えは簡単だ。ハイラート領にいるメリットの方が大きいからだ。


 一つは、もうじきハイラートに私専属の家庭教師がやって来ること。

 私が待ち望んでいた、魔法を教えてくれる優秀な先生だ。

 前世と同じ過ちを繰り返すつもりはない。今回はしっかり魔法を学んで、上級魔法を扱えるようになるつもりだ。


 もう一つの理由が、ハイラート領には武術に秀でた者が集まってくるという事だった。

 最近のハイラート領は中継貿易の拠点というイメージが強いが、もともとは王国防衛の要所であり、腕に覚えのある者の中には、代々優秀な軍師を輩出してきたハイラート伯爵家に仕えたいという者も多かった。

 だから武術を学ぶのなら、王都よりも武術に秀でた者が集まってくるハイラートで学んだ方が良いのは一目瞭然だった。


 というわけで、こんな素晴らしい環境がハイラートにはあるのに、王都になんて連れて行かれたら堪ったものではないと私は思っていた。


(本当にヘル様がの女神様で良かった……)


 私は改めてヘル様に感謝をしていた。

 もしも神殿にヘル様の神像があったら、今頃私は王都に連れて行かれていたに違いないのだから。



◇◆



 ローラン王国では、洗礼を受ける六歳の誕生日は特別な意味を持つ。

 洗礼を受けて国教徒になると、王国の一員と認められるようになるからだ。

 貴族の子息・子女は洗礼を受けた後、大規模な誕生日パーティーを催す。

 各地から招待客を招き、社交の場で子供のお披露目をするのが、昔からの王国の習わしだった。


 この日、ハイラートの領都ケーネには、各地から多くの貴族がやって来ていた。この地を治めるハイラート辺境伯の一人娘、サラの誕生日を祝うためだ。


 貴族たちがやって来る目的は、決してサラの誕生日を祝うためだけではない。

 パーティ会場は外交の場でもあるのだ。中継貿易の拠点として莫大な財産を築いているハイラート家に、少しでもお近づきになりたいと思っている貴族は多い。

 そして、一人娘であるサラとの婚約を取り付けようと画策する貴族も多かった。

 そんな思惑もあり、サラと年の近い男子がいる貴族は、息子を連れて今回の誕生日パーティに参加していた。



◇◆



 一方そんな大人の事情をつゆほども知らない、この誕生日パーティーの主役である私は、ある思いをうちに秘めてパーティーに参加しようとしていた。

 なぜなら今日行われる誕生日パーティーで、私はある人物と出会う事になるからだ。


 前世での私は、この誕生日パーティーで運命の人と出会っていた。

 その人に一目惚れしてしまった私は、その後も慕い続けてとうとう結婚にまでこぎつけるのだ。


 ただし、婚礼の直前にその人に裏切られ、私は殺されてしまったのだが……。


(カイル様――、あなたと出会う事で私の気持ちはどう変化するのでしょうか)


 侍女たちに囲まれてパーティーの身支度をしてもらっていた私は、鏡に写った自分の顔を眺めながら、不安になりそうな気持ちを必死に打ち消そうとしていた。



 昼過ぎになると、伯爵邸には続々と招待客の馬車が乗り入れてきた。

 大勢の招待客が訪れていることもあり、ハイラート家の従者達は総動員でその対応に追われていた。


 すでに大広間には多くの招待客が集まってきており、主役の登場を今か今かと待ちわびている人々で溢れている状態だ。

 やがて招待客がある程度揃ったと家の者から報告を受けた父は、母と私を連れて大広間に向かう。


「いよいよサラ、お前のお披露目だな」

「お父様とお母様が恥をかかないように頑張ります」


 父も母も今にも泣き出すんじゃないかと思うほど私の姿を見て感動していた。


「それでは行くぞ」

「はい」


 大広間の入り口の扉を侍女が開け、私たちは出迎えてくれた招待客の前に立った。

 まずは私が挨拶をする。

 挨拶と言っても事前に教わった通りの短い言葉を述べるだけだ。


「皆様、今日は私のためにお集まりいただいてありがとうございます。ぜひ楽しんでいってください」


 これで私の今日一番の大事な役目は終わった。

 後は父が乾杯の挨拶をして歓談が始まる。


「まずは我がハイラートへようこそお越しくださいました。そしてこのような素晴らしい皆様方の前で我が娘、サラのお披露目が出来たことを感謝したします。今後共、皆様とは良い縁がありますように」


 乾杯の音頭が終わると、私の元へ次々と招待客が挨拶にやって来る。

 実際には私への挨拶ではなく、父に挨拶する事が目的だ。


 正直私はいなくても構わないのだが、形式上は私へお祝いの挨拶をしている事になっているので、長時間、私は彼らの挨拶に付き合わなくてはいけなかった。

 一通りの挨拶が済むと、今度は大人と子供に分かれて過ごす事になる。


 ここからは子供を抜きにして、本格的な大人同士の外交の駆け引きが始まるからだ。


 気がつくと、私はたくさんの男の子達に取り囲まれていた。


 私と同じくらいの背格好の男の子もいたが、私のちょうど倍の年齢、十一歳とか十三歳とか、それ位の年齢の男の子も多かった。

 おそらく彼らは親に私と仲良くなるように言われて、仕方なくここにいるのだろう。


 本人の意思で私の元にいるわけではない彼らの多くは、どうでもいいような事を私に質問し続けていた。

 六歳の子供をどう扱っていいのか、彼らにもよくわからなかったようだ。

 中には、私のお守りなんて面倒臭いというのが、思い切り顔に出ている男の子もいた。


 私もくだらない質問を受け続けるのは辛かったので、逆にこちらから質問を投げかけてみることにした。


「あの……私から質問してもいいですか? ――皆さんはもう武術を習っているのかしら」


 六歳の女の子にこんな質問をされて驚いているのか、なかなか誰も声を出さない。

 そんな中、私には全く興味がないのか輪の端の方にいた、黒髪で目つきが鋭い男の子が返答をしてくれた。


「俺は毎日父上にしごかれているよ」

「まあ! やはり習っているのは剣術ですか?」

「ああ、そうだ」


 やっぱり貴族の子が習うってなると、剣術になるわよね。私も習うなら剣術がいいのかしら?

 でも私は女だし、ただでさえ他の子と比べたらから、弓術の方が合っているような気もするのよね。


「あの――、やっぱり剣って女性には扱い難いものなのかしら? 女性は弓術を習う人が多いでしょ?」


 さっきまで面倒臭そうな顔をして私の側にいたその男の子は、武術の話が好きなのだろう。私の質問に嬉しそうに答え始めた。


「君は剣術を習いたいのかい?」

「別に剣術じゃなくてもいいの。自分の身を守れるのなら他の武術だってかまわないわ」

「なんだそれ――」


 黒髪の男の子はそう言うと、クックッと笑った。


「そうだな。剣術は筋力が必要だから確かに女で習う人ってあまりいないな。でも女剣士だっているんだ。決して女には無理っていうわけではないよ」

「私、体力にあまり自信がないの。体力をつけようと、ちょっとずつ運動はしているのだけど――」

「じゃあ弓術の方がいいかもな。でもそれでも剣術を習いたいっていうなら、頑張って体を鍛えればいいのさ」


 なるほど。焦って今すぐ決めることではないのかもしれない。

 とにかく今は毎日鍛錬を続けて体を鍛えよう。


「ありがとうございます。とても参考になりました」

「参考になったなら良かったよ。でも武術に興味があるなんて、君って変わっているな。六歳とは思えないほどしっかりしてるし。あのさ……もし武術についてもっと知りたかったら、いつで――」


「君たち! 武術の話なんて女の子には退屈な話だってわからないのかい」


 突然現れて話を途中で遮ってきたのは、前世で私の婚約者だったカイルだった。


「いえ、私が頼んで教えてもらっていただけで――」

「こんな奴らに君を任せておけない! さあ行こう」


 カイルはいきなり私の手を取ると、この場から私を連れ出した。

 そして、そのまま私を中庭へと連れ出す。


 そんな私達の後を、それぞれの従者が無言で付いて来る。


 いつもなら大騒ぎするであろう侍女のレナが、私が男の人に連れて行かれてもなぜ黙っているのか、それが私には不思議だった。


 もしかして、お父様かお母様に婚約者選びのために、私の好みを見定めるようにとでも言われてるのかもしれない。そう思った私は後ろを振り返ると、レナをじっと見つめる。

 レナは一瞬ドキっとした顔をしたが、目を泳がせながらゆっくりと私から視線を逸らした。


(やっぱり……レナったら相変わらず分かりやすい性格だわ)


 正直言うと、私はあの黒髪の男の子からもっと武術の話を聞きたかった。

 それに――、あの子の名前も聞いておけばよかった。

 武術を習うようになった時に、彼なら色々相談に乗ってもらえたかもしれなかったのに。


「女心がわかっていない奴らばっかりで大変だったでしょ?」

「いえ、私が武術の事を聞いたから、みなさん答えてくださっていただけです――」

「庇ってやる事なんてないさ。君は本当に優しいんだな」


 ――いいえ、何も分かってないのはあなたの方です。


 カイルは中庭の花畑の前まで私を連れて来ると、いきなり目の前で跪いた。


「はじめましてサラ様。私はバーダル帝国トラヴァーズ公爵の三男、カイルです」

「あっ…はい。ごきげんよう、カイル様」


 私は彼の顔を見つめた。

 前世の記憶通り、美しい顔をした男の子――。

 青い目にブロンドの髪、整った目鼻立ち、まさに少女が憧れる王子様そのものだった。

 前世の私は、この美しい男の子に一目惚れしたのだ。

 たしか前世でも彼は誕生日パーティーの席で私を強引に連れ去ったのよね。

 そんな姿に、前世の私はますます惹かれてしまったのだ。


(んっ? でもそれって男らしいって言うのかしら?)


「ねえ…、君さえ良かったら、僕のお嫁さんにしてあげてもいいよ」


 えっ! いきなりプロポーズ!?

 なんか強引過ぎてちょっと引くんですけど。


「はあ……、えっと――」

「君なら僕の花嫁に相応しいと思うんだ」


 もしも前世の私だったら、飛び上がって喜んでいたかもしれない。

 だが今の私は彼からそんな言葉を聞いても、全然ときめかなかった。

 前世の私は、一体この方のどこが良かったのだろう?


 実はもしも前世の私のように、カイル様の事を好きになってしまったらどうしようと、私は密かに思っていた。

 このまま彼と婚約したら、将来、彼の手引きによってハイラート領は攻め込まれてしまう。

 まあ彼は私を助けようとしただけみたいだが、結果的に私は逃げ場を失って殺されてしまうし、ハイラートも攻め落とされる事になる。

 だから自分が殺されてしまわないためにも、彼には出来るだけ近付かない方がいいと私は思っていたのだ。


 だがそんな心配は必要なかった。

 前世の時とは違い、私がカイル様に一目惚れすることはなかったからだ。

 確かに見た目は、碧眼で金色の髪を持った美しい男の子だとは思う。

 だが私には、単なる自分勝手な子供にしか見えなかったのだ。


「そうだ! 今度うちに遊びにおいでよ。おいしいお菓子をたくさん用意しておくよ」

「お誘いくださってありがとうございます」

「じゃあ何時いつにしよ――」

「申し訳ありません……。実は最近忙しくて、なかなかバーダル帝国まで行く時間が取れませんの」


 私はやんわりとお誘いを断る。

 そんな私の言葉に驚いたのか、カイルはいきなりしどろもどろになる。


「えっ!? ――だって、あれ? どうして? だってこの僕がわざわざ誘ってあげてるのに」

「あっ、私……そろそろ戻りますね」


 カイルは自分を置いて大広間に戻ろうとする私に衝撃を受けたのか、固まったまま全く動けないでいた。

 女の子にチヤホヤされて生きてきた彼には、こんなそっけない態度をされたのは初めての経験だったのかもしれない。


「では、ごきげんよう」


 そう言うと私は、逃げるようにその場から立ち去った。

 なんだかんだ言っても、カイル様は前世の私が惚れた人だ。これ以上彼と接していたら、そのうち好きになってしまうかもしれないと思ったのだ。


 しばらく呆然と立ち尽くしていたカイルだったが、しばらくして自分の従者に問いかけた。


「まさかとは思うけど、僕フラれたの?」


 カイル・トラヴァーズにとって、これが人生で初めて女性に振られた日だった。

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