第14話 ベリンダの回想
ベリンダ・アーモンドが、王都からハイラート領にある伯爵邸にやって来たのは、ちょうどひと月ほど前のことだ。
どうしてこの地にやって来たのかと言うと、ハイラート辺境伯の一人娘、サラ様の家庭教師として雇われたからだ。
王都にあるベリンダの実家は、父が騎士爵を賜った準貴族ではあったが、貴族とは名ばかりの非常に貧しい暮らしをしていた。彼女がこの王都から離れた、遠い辺境の地で家庭教師になったのも、弟の学費を稼ぐためであった。
ハイラート領は、現当主アルマン様の代になってから急激に発展・台頭してきた、いわゆる新興の経済発展地域だった。
そんな事もあって、伯爵邸もどうせ成金趣味のゴテゴテした屋敷だろうと思っていたが、実際の伯爵邸は簡素で趣味の良い建物だった。
ただし、さすが伯爵邸というだけあって、広大な敷地の中に建っている大きなお屋敷ではあったのだが。
屋敷に到着したベリンダがまず最初に案内されたのは、これから彼女が住む事になる部屋だった。
(何これ!? 実家の私の部屋より広いじゃない。しかも個室って……。本当にここはメイド部屋なのかしら?)
荷物がトランクケース一つしかないベリンダには、一人で使う事になるこの部屋は広すぎて、逆に居心地が悪いくらいだった。
しかも部屋には必要最低限の家具も備え付けられていたので、余計な出費を抑えられそうだった。
肝心の家庭教師の仕事に関しては、まずは2~3日は自由に過ごし、この環境に慣れてから――との事だった。
伯爵邸に着いたらすぐに働く気だったベリンダは、それを聞いて拍子抜けしてしまった。
(ずいぶんと待遇が良いのね。その上、食事付きの住み込みだから家賃・食費ゼロ。さらに給料だって良いんだもの……)
しかも、必要な日用品については、その都度言ってもらえば伯爵家で用意してもらえるという。
きっとそれだけハイラート伯爵家は羽振りが良いのだろう。
それでも衣類などは自分で用意しないといけないので、後で街に買い出しに行かないといけなかった。
トランクケースに詰め込んでいた荷物を取り出し、それを備え付けのチェストにしまった後、ベリンダは必要な物を買うために早速街へ繰り出すことにした。
商店が立ち並ぶ繁華街までやって来たベリンダは、まずは下着を購入しようと何軒が店を回ってみる。その中で一番安い店で購入しようと思ったからだ。
そして、店を回っていた私は衝撃を受ける。
――どの店も王都より三割以上安い!
どうしてこんなに値段が安いのか気になったベリンダは、人の良さそうな女店主のいる店で思い切って質問をしてみた。
「王都よりもずいぶん値段が安いんですね」
「あら!お嬢ちゃんは王都から来たの?」
予想通り、彼女は気さくに答えてくれる。
「はい。まだ着いたばかりなんですけど、ケーネで働くことになって――」
「あらそうなの。ようこそ領都ケーネへ」
「ありがとうございます。でもなぜ王都より安い値段で販売出来るんですか?」
「ああ、それはね――」
なぜここまで値段に違いがあるのか――、それは王都の商品には輸送費が上乗せされているからだった。
というのも、王都で流通している商品の多くは、ここハイラートで加工されているのだ。
ハイラートには国外からだけではなく、王国中からも物が集まってくるのだが、ほとんどの商人はここハイラートで商品を買い付け、国中に売り歩いていると女店主は教えてくれた。
――そういうことだったのね。
「ねえ、就職祝いにサービスするわよ。どう?何か買っていかない?」
「そうね。こちらで買わせていただこうかしら」
「そうこなくっちゃ。ちなみにこんな物もあるんだけど――」
必要なものを一通り購入したベリンダは、屋敷に戻りながら景気の良いハイラートについて考えていた。
(結局ワンピースまで買ってしまったわ……。でも、まあ予算内で買えたわけだし)
女店主の口車にすっかり乗せられてしまったベリンダは、予定外の物まで買わされていた。
(そう言えば昨日泊まった宿屋の娘さんが言っていたわね。街にある大きな倉庫や加工所はハイラート家が出資して作ったって……)
ハイラートは隣国と接している地域ということもあり、王国と他国を行き来する際の通り道になっている。
物資を保管できる大きな倉庫があれば、流通経路の途中にあるこのハイラートには自然に物や人が集まってくる。物資を流通させるには、物資を保管できる場所がどうしても必要になるからだ。さらに集まった物資を加工する工場があれば、もっと多くの物や人がハイラート領に集まるようになる。
上手いこと考えたものである。しかも考えただけじゃなく、それを実行して成功させてしまったのだから。それも一代で築き上げというのだ。ハイラート家現当主のアルマン伯爵は間違いなく優秀な領主といえよう。
ベリンダが知っていたハイラートの知識は、王都の学校で学んだ事だけだった。学校で教えてくれたハイラート領とは、王国の防衛拠点として重要な地であるという事くらいだった。
最近ハイラートには商人が集まるという話はよく耳にしていたが、それもハイラートが王国と他国の通り道にあるため、宿場町として重宝されているのだとしか思っていなかった。
だが実際にこの目で見たハイラートは、下手したら王都よりも栄えている巨大商業都市だった。
実はベリンダには官吏になりたいという夢があった。
そして叶わなかったその夢を弟に引き継いでもらおうと思っていたのだが、ハイラートにやって来てからその気持が揺らいでいた。
弟は王都で官吏になるよりも、ハイラート伯爵家の家臣にしていただいた方が将来が明るいのではないかと考え始めていたからだ。
もしも弟がハイラート辺境伯の家臣になれれば、学べることも多いだろう。
それに自分は伯爵家の中枢で働くのだから、弟のことを頼める機会もあるのではないだろうか。
(そのためには一日でも早く伯爵様に信用されるようにならないと……)
◇◆
それから数日後――。
いよいよ家庭教師としての仕事が始まった。
ベリンダは眠り姫様と呼ばれている、お体の弱いサラお嬢様とご対面することになった。
しっかりした大人っぽい方だと聞いていたが、お会いしたサラ様の見た目は、まだまだあどけない少女だった。
「はじめまして、サラ様」
「ずっと先生が来られるのをお待ちしていました。今日からよろしくお願いします」
ごくありきたりの挨拶だったが、ベリンダはなぜか違和感を覚えていた。
六歳の少女と話しているとは思えないほどしっかりしていたからだ。
実際に授業を始めても、サラ様は私の説明を聞くとすぐに理解してしまう。
きっと天才というのはこういう子の事をいうのだろう。
だがあまり無理はさせられない。
というのも、サラお嬢様はお体があまり丈夫ではないからだ。
もしも無理をさせて倒れられてでもしたら、大変な事になってしまう。弟の学費を稼がないといけないベリンダは、クビになるわけにはいかなかった。
ただ幸いなことに、サラ様は教えたことをすぐに理解されるので、それほど長い時間勉強をみる必要がなかった。
こうしてベリンダは出来るだけ体に負担がかからないよう授業進めていったのだが――。
ある日、サラ様が魔法を勉強したいと言い出した。
魔法は精神力を使うので体に負担がかかると思い、今まで避けていたのだ。
ベリンダは、魔法の授業しなかったのはサラ様のお体のことがあったからだと伝えた。
するとサラ様は、自分は病弱ではないから、気を使わないで魔法の授業をして欲しいと言うのだ。
ベリンダには必死に話すお嬢様が嘘を言っているようには思えなかった。
だから彼女は魔法の授業をする決心をした。
次の日から早速魔法の鍛錬を始めたのだが、魔法に関してもサラお嬢様はその天才ぶりを発揮した。
魔法の鍛錬というものは、普通すぐに出来るようにはならない。
だがサラ様は魔法の鍛錬をいとも簡単にやってしまったのだ。
あまりにも何でも軽くこなしてしまうお嬢様を見てベリンダは、とても危ういと思った。
挫折を味合わずに大人になってしまった人は、大人になってから挫折すると立ち直れなくなると思ったし、失敗し挫折を味合うことは人生において大切な事だと彼女は思ったのだ。
そこでベリンダは、お嬢様を何かで失敗させてみようと考えた。
あまり知識を与えていない状況でいきなり基礎魔法を使わせれば、さすがの天才少女も失敗するのではないかと思ったのだ。
だがサラ様は、ベリンダの予想を超えた斜め上の失敗をする。
基礎魔法を発動させたのに、上級魔法に匹敵する破壊力で屋敷の壁を破壊してしまったのだ。
こんな事が出来るのは、おそらくサラ様が尋常ではない魔力量を持っているせいだろう。
そして、考えていた失敗とは違っていため、思わずこう口走ってしまうのだった。
「そうきましたか。どうやらまずは力の加減を覚える事が必要のようですね」
魔法における力の制御方法を調べること――、これがベリンダに新たに課せられることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます