第14話 魔族

「プラナさん! 海水浴しましょう!」


 出航当日、クズハが僕の部屋を訪ね、開口一番にそう言い放った。すでに水着を着用しており、泳ぐ気満々である。


「あと1時間で出航ですよ?」


 新大陸行きの船は、1ヶ月に1回しか航行しない。この日を逃すと、しばらくは新大陸はお預けだ。間違いがあってはいけないので、30分前には乗船して、余裕を持って大陸へと渡りたい。


 そう説明すると、クズハは笑顔で僕を持ち上げた。植物のつたが拘束するように、体に巻きつく。


「あの、クズハさん。降ろしてください。聞いてますか? もしもーし? クズハさん、ちょっ、無言で走り出さないで下さい。どこに連れて行く気でっ……ぴゃあああああああああああ!」


 僕の身体アバターは米俵のように担がれたまま、ラウンジを駆け抜け、砂浜に突撃し、桟橋を渡り、そのまま海に放り投げられた。


 がぼぼぼっともがきながら、『水星神殿マーキュリー』の能力で、何とか水面へ浮上する。


「とぅ! ひゃほおぉーーう!」


 続いてクズハが水飛沫を撒き散らし、飛び込んできた。


「えへへへ、飛び込み楽しいでしょう? 高い宿泊料払って、海水浴しないとか信じられません! さぁ、料金分は遊び倒しますよ!」


 屈託のない笑顔で、差し伸ばされたその手を、僕は遠慮がちに握り……無言で放り投げた。


「うにゃああああああああああ!!」


 クズハが絶叫をあげ、放物線を描きながら海に突き刺さる。


「お返しです」


「ぶはっ! ふざけんなっ! 4mぐらい空中浮遊したわ! どんな腕力してるんですか!?」


「楽しいですか?」


「こんのガキがぁ……海の恐ろしさ、たっぷり教えてあげますよ!」


 そこからは、クズハを煽りながら逃げ回り、海水浴を楽しんだ。……そう、楽しかったのだ。


 海で遊んだ時間は、30分もなかった。


 でも、たくさん初めてが、宝石箱のように詰まっていた。


 海水は塩辛く、思ったより冷たかった。


 『水星神殿マーキュリー』に頼らず、泳げるようにもなった。


 かき氷を早食いすると、頭がキーンと痛むことを知った。


「ねぇ、クズハさん」


「なんですか。サービスのかき氷、早く食べないと船が出ちゃいますよ!」


 この人は、宿泊費に含まれた海水浴の料金が勿体なくて、遊び相手として手頃な僕を連れ出しただろう。


 僕は何処かで、現実リアルに引っ張られて、諦め慣れていたのだ。病室で眠る僕では、散歩すらままならない。だから、簡単に海水浴を諦めてしまった。


『全力でエンジョイしよう』


 僕のクエストを忘れてしまっていたのだ。ゲームでは、どこまでも自由であろうと決めたのに。


「……ありがとうございます」


「ん? どういたしまして?」

 

 僕の気持ちなど、知りもしない返事だった。


 それでも、この身勝手な少女が友人フレンドなら、楽しいだろうなぁ、と思えてしまった。

 

世界ほしの ⬛︎⬛︎⬛︎くずはのフレンド申請を承諾しますか?』


 保留にしていたバグり気味の通知メッセージに、僕はYESを選択した。



⭐︎⭐︎⭐︎



 乗船を果たした僕は、甲板に出て潮風を全身に感じていた。


 商人が紹介してくれた船だが、豪華客船である。恐ろしい事に、僕には広めの個室が用意されていた。


 商人さん。流石に僕へ課金し過ぎですよ。


 船内にはレストランや温泉が完備されていた。それらの超技術が新大陸由来と聞くと、いよいよ勇者が日本人説が濃厚になる。


 ともあれ、そんなお貴族や富豪が集まる豪華客で、僕は悪目立ちした。一見すると水着にか見えない『水星神殿マーキュリー』も原因である。


 僕を呼びとめ、大道芸人かと一芸を要求するのはまだマシな方だ。豪華客船が用意した職員スタッフと勘違いし、部屋へ招き入れ接待させようとする奴もいる。


「だ〜か〜らぁ〜。ちゃんと金は払うって言ってるじゃん。僕の部屋に来て、数時間ちょっと接客するだけだって」


 今、目の前にいる青年がそれである。


 面倒なことに、さっきから職員スタッフではないと説明しているが、聞く耳を持たない。


「あ、プラナさーん。探してたんですよ!」


 僕が途方にくれていると、クズハが駆け寄ってきた。そのまま、僕と青年との間に割り込んでくる。


「実はですね。プラナさんにしか頼めない、お願いがありまして。今から付き合ってもらえませんか?」


「構いません」


 即答だった。友達に頼られ、断る理由など僕はもちあわせていない。


「おい、僕が話している途中だろうがっ! 邪魔するなよ!」


「警備員さーん! ここに10歳にも満たない少女を部屋に連れ込もうとする変態ロリコンがいまーーす!」


「あ、テメェ…クソッ! 覚えてろよ!」


 クズハが大袈裟に騒ぎ立て、周囲の注目が集まると、青年は捨て台詞を吐いて逃げ出した。


 こんなにも簡単に解決するなんて。


 10分近く粘着していた青年を、一瞬で撃退するクズハが凄く頼もしく見えた。僕の手を引いて移動を始める強引さすら好意的に思えてしまう。


「実はですね。船酔いで苦しんでいる人が結構いるんですよ。その人たちの治療と、船酔い防止とか出来たりしますか?」


「多分……できます」


 僕の複合魔法を駆使すれば、大抵の状態異常は解除できる。


「素晴らしい! ささっ、こっちです」


 クズハに導かれるまま、部屋に入るとそこは大広間だった。荷物を抱えて雑魚寝する者や、布で仕切を作る者など、様々な人でごった返していた。


「なんですか、ここは?」


「タコ部屋ですよ。お金のない冒険者とかが、まとめて詰め込まれています。ここにいる人たちはレストランや温泉も利用できません。もちろん、医療施設で処置もされません」


 見渡すと、死んだように転がったまま動かない者、袋に嘔吐を続ける者や、異臭で貰いゲロするなど、地獄が広がっていた。


「私もここで航海中は、過ごさないと行けません。劣悪な環境を改善したい気持もありますが、なにより……」


 クズハは僕に振り返り、眩しい笑顔を浮かべる。


「困っている人を助けたいんです」


『困ってる人を助けよう』


 それは、僕が掲げるクエストの一つだった。


 友達が僕と同じ想いを共有している。それが堪らなく嬉しかった。その事実に、心がジンワリと暖かくなるのを感じる。


「僕に任せてください!」


 やる気に満ち溢れた僕は、タコ部屋を浄化魔法で瞬時に清めると、早速治療へと取り掛かった。


 クズハが連れてきた患者を治療してを繰り返し、段々と効率的な流れを確立していく。布で仕切った場所を治療場所として、クズハが患者を誘導する。息のあった友達との共同作業は、とても充実したものだった。


 船酔いで苦しむ人々の治療にあたること数時間。


 仮想窓ウィンドウには、状態異常を示すアイコンが全て取り払われていた。


 中には呪いに犯されている者もおり、ついでに解呪すると泣いて喜ばれたりした。もちろん、船酔いを治した人達からも感謝され、大満足の僕だった。


 最後にこの気持ちを共有して語りたい。困っている人を助けたいと語った彼女となら、会話も盛り上がるだろう。


「クズハさん、入りますよ」


 はやる気持ちを抑えて、僕はクズハがいる待合室スペースの布をめくる。


「へっへっへっー、笑いが止まりませんよぉ。世間知らずのちびっ子をそそのかして、治療させるだけで、大金になるんですからねぇ」


 そこには、ぺぺぺぺと唾をつけて札束を数える友達の姿があった。


 僕の声など耳に入らず、一心不乱にお札を貪り数える少女は、僕の友達だった。何度も目を擦ろうと、目の前にいるのはクズハで間違いなかった。


「そのお金はなんですか?」


「ぁ……プラナさん、いつからそこに?」


 僕が彼女の目の前に立ちはだかると、ようやく気づいたようだった。


「ち、違うんですよ! これは…感謝の印、そう! お布施ですよ! ほら、教会のクソどもがよくやってるじゃないですか」


「……返しに行きますよ」


「え……だって、みんな納得して」


「僕は納得してません」


「そ、そんなあああああああ!」


 駄々をこねるクズハを引きずり、お金を返して回る作業が始まった。ただ、何人かは断固としてお金を受け取らず、クズハと2人で分け合い決着となった。



⭐︎⭐︎⭐︎


 あれから僕は1人、甲板で星空を見上げていた。


「まだ、怒っているんですか?」


 どこから現れたのだろう。厚顔無恥にも僕の友達は、馴れ馴れしく話しかけて来る。


「怒ってません」


「怒ってるじゃないですか」


 夜風が吹き抜け、沈黙が続く。遠くに聞こえる楽しそうな喧騒が、いっそう僕を惨めにする。


 初めて、同年代の友達ができたと思ったのに。


 結局は僕の独り相撲で、彼女は僕のことを便利な道具としか思ってなかったのだ。僕のような人間が、NPC以外で友達を作ろうなど、無理な話だったのだ。


「はぁ、もしかしてプラナさん、喧嘩したことないんですか?」


「喧嘩?」


 言われてみれば、僕は喧嘩なんてしたことがなかい。ポルカさんは大人で、母さんはもちろん、喧嘩が出来るほど対等な相手が今までいなかった。


「すみませんでした。私、商人を目指してて、少しだけ金に意地汚いんです」


 そう言って、いつかのようにクズハが手を差し伸ばした。


「ほら、謝って仲直りの握手をする。それが、友達との喧嘩の終わらせ方です」


 ごめんなさいをして仲直り。そんなことすら、僕は初めてだった。


「まぁ、今回は許します。次はないですよ」


 満天の夜空の下、彼女と握手を交わし、初めての喧嘩と仲直りをした。互いに微笑み合う、そんな穏やかなひと時は、唐突に終わりをつげる。


 大きく船が傾き、船内な非常用のベルが鳴り響く。先ほどからの喧騒が変質し、悲鳴へと変わる。

 

 すでに、戦術仮想窓タクティカルウィンドウ敵影エネミーを感知していた。


「……プラナさん、逃げましょう。ヤバい気配がします」


 クズハは何かを感じ取ったのか、僕の手を引き寄せる。だが、僕には逃げる道理がない。友達を守るなら、どんな脅威だろうと関係なかった。


 その手からそっと抜け出して小銃アサルトライフルの『綺羅星きらぼし』を装備する。


「プラナ……さん?」


「安心して下さい。この騒ぎはすぐに収まります」


 飛行兵装の『流星』を起動。ベルトの銀装飾が展開する。


「僕は一騎当千マイティウォリアの聖女兵です。これより大魔獣ボスの討伐を開始します」


 討伐の始まりだ。


 光を推進力に、僕は戦術仮想窓タクティカルウィンドウに表示された敵影エネミーへと接敵する。


「いやあああああ! なんで海王龍がああ!」

「逃げろぉ! 船ごと沈められるぞ!!」

「皆さん! 落ち着いて避難を、避難してください!」


 甲板が完全にパニックに陥っていた。


 乗客が目撃した、迫る巨影の全容が見えてくる。


「なんだ……ただの『ドップンヘビ』じゃん」


 大魔獣としては下に位置する、巨大なウツボだ。図体だけデカくて、特殊能力も何もない。


 綺羅星きらぼしを脳天目掛け乱れ打ち、頭を丸ごと吹き飛ばす。


 そう、再生すらしないのだ。頭さえ潰せば絶命する、生命力も残念な大魔獣なのだ。


 大きな波飛沫をあげ、海に沈んでいくドップンヘビ。そもそも、なんでこんな海のど真ん中に、大魔獣がいるのだろうか。


 疑問を抱きつつ、親友の元に舞い戻る。


「クズハさん。終わりま……」


 そこには混乱に乗じて、救命ボートに金目の物を積み込む浅ましい魔族の姿があった。ソイツは僕の友達で、災害時に最も嫌悪される火事場泥棒の真っ最中だった。


「はぁ…はぁ…プラナさん、無事だったんですね。えへへへ、ほら、一緒に脱出しようと準備してたんですよ!」


「一人用の救命ボートでですか?」


 ボートには、どこからかき集めたか知らない貴金属と食料で埋め尽くされていた。1人がギリギリ入るスペースしかない。


 魔族。人の心を持たない種族の総称。

 

 僕の初めての友達。


 何も知らない僕だけど、知っていることはいくつかある。お母さんが言っていた。


 友達が悪いことをしたら、叱ってあげる。


友達フレンドとして、今、ここで、躾けないといけません」


「プラナさん、誤解なんですって。聞いてますか?」


「これから僕のことは先生と呼びなさい」


「へ?」


「貴方に道徳を叩き込みます」


 僕はボードを吊るしているロープを断ち切り、海に叩き落とす。


「な、何するんですか!?」


「魔族に心がないと言うなら、心ができるまで教育します。しばらくボートを漕いで、罪の重さを噛み締めなさい。悪いことをしたら、酷い目にあうとその身に刻みつけてあげます」


 仄暗い夜の海に浮かぶボートで、騒がしく抗議するクズハを見下ろす。


 ふふ、僕の大切なキラキラの宝箱。


 自然と口角が上がるのを感じつつ、静かに呟いた。


「安心して下さい。絶対に見捨て逃しませんから」

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