第11話 ボクノクエスト

⭐︎⭐︎⭐︎郷田 勝


 地下シェルターに俺たちが辿り着くと、すでに200名以上の避難が完了していた。


 それを成し遂げた少女を探すため辺りを見渡し、ソレを目にすることになる。


 前には光の柱にはりつけにされた少女がいた。


 少女の見開いた瞳には光がなく、広がる銀装飾の翼に両腕を囚われ、十字の姿勢で吊るされている。


 言うまでもなく少女とは、プラナ=グレイである。


「なん……ですか、これは? ぁあ……語っ、どうして、こんなっ!」


「栞さん、落ち着いて下さい。彼女は無事です」


 俺が平静でいられるのには訳がある。この光景を目にするのが、初めてではないからだ。


 異世界の森で過ごした数週間。毎日見せつけられていた。


「あれは彼女が聖女兵装と呼ぶ、兵器の1つです。『星宿ほしやどり』。魔獣から我々を守るための結界を展開する装置です。維持に魔力が必要らしく、1日に数回、ああして魔力を補給しています」


 時折、脈打つようにプラナから光が吸い出され、光の柱が輝きを増していく。その度に、プラナの小さな体が大きく仰け反り、呻き声が漏れる。


 まるで、生体電池だ。


 プラナの命を糧に稼働する、倫理観のかけらも無い機械。少なくとも俺には、そのようにしか見えなかった。外観こそ天使を思わせる白銀の翼だが、その機能は悪辣極まりない。そんな悪魔のような装置が、俺たちを守る砦となっている。


 異世界で不安がる俺たちを前に、プラナは何でもないことのように言っていた。


『休憩のついでに魔力を補給しているだけです。何も心配するとはありません』


 そんなはずがない。


 あれを休憩と言える奴は頭が狂っている。


 思えばプラナは、魔力を供給しているか、救助活動のため外を飛び回っていることが殆どだった。拠点で1人でいる時も、銃の手入れをしていた。


 プラナが寝ている姿を誰も目にしていない。


 彼女はひと時の休息すら許されず、食事をすることもできない。生活の営みと呼べるものはなく、与えられた任務クエストを遂行するだけだった。


 『星宿ほしやどり』が再び脈打ち、身体が感電したように痙攣けいれんして跳ね上がる。誰が見ても、兵装がプラナから命を奪ってるようにしか映らない。


「語っ!」


 弾かれたように栞さんが駆け寄るが、光の柱は見えない壁として、少女への干渉を許さない。柱に縋りつき、我が子を救おうとする母親の手は、数十cmの距離で阻まれる。


「お願いします! 郷田さん! かたるをここから出してあげて! 語は持病で身体弱いんです! 少し運動しただけで、熱が出るんですよ! こんなっ……語が死んじゃう!!」


「……できない。我々も試したが、この状態の彼女には言葉すら届かない。もし、できたとしても、この結界がなくなれば魔獣が侵入して全滅する。……彼女の力が必要なんだ」


「そんなのって、うぅ…ぁあああああああぁぁ!!」


 母親の慟哭が、地下シェルターに響き渡る。


 そんな惨状を、俺を含めた人々は見ているしか出来なかった。誰もかけるべき言葉など見つからない。


「栞さん、ここにいたら貴方がどうにかなってしまうわ。離れましょう」


 乃楽が移動を促すも、彼女は動かない。


「いいえ……せめて、あの子の側に……」


 まざまざと見せつけられる。


 知っているとも。


 自分が幼い子供を犠牲に生きながらえている事実に。


「……クソが」


 自身が堪らなく矮小な者に思えて仕方なかった。



⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ



 体調を崩してしまった。 


 張り切って洗い物まで手伝ったら、その夕方から熱が出て、そのまま病院に舞い戻ることになった。


 見慣れた無機質な病室で、ぼんやりした思考のまま母さんを流し見る。慣れた手つきで入院の手続きをする姿を見て、なんの役にもたたない僕が浮き彫りになる。


「……母さん」


「どうしたの?」


「僕、ゲームがしたい」


 今すぐ、あの世界へ行きたかった。


 銀灰プラナ=グレイとしての僕は、みんなを救い笑顔にできる。母さんを困らせたり、不安にさせることもない。


「そう、お家から持ってきたから、準備するわね」


 VRゲームは五感を仮想空間に接続する都合、苦しみを和らげる医療目的としても使用されていた。


 だから母さんはなんの疑問も持たずに、VR端末と僕を接続する。熱に浮かされることなく、眠ることができるから。


 でも、そうじゃないんだ。


 僕はあのアングラなゲームが好きなんだ。


 自由に駆け回り、頼りにされて、未知の世界を冒険する。


 面白くて笑ったり、失敗して悲しんだり、痛みや、苦しみさえ、全部が全部、楽しいんだ。


「ねぇ、母さん。今回の任務クエストにさ、母さんに似たNPCキャラがいるんだ。だから、どうしてもその人だけは救いたい」


「あら、お母さんにそっくりなら、きっと可愛い美少女ね」


「ううん、今より痩せてて歳取ってた」


「何よそれええぇぇ! やっぱ、クソゲーじゃない!」


「違うよ。神ゲー」


「もう! こうなったら、何がなんでもメインヒロインで美少女の母さんを助けてよね。これで殺しちゃったら、母さん許さないから。あと、母さんなんて小さいこと言わない。ゲームなんだからドーン、と全部救ってみなさい!」


「うん……約束」


「ふふっ、ゲームにいるお母さん、任せたわよ」


 接続されたVR端末が起動する。


「任せてよ。僕は……」


 僕は一騎当千マイティウォリアーの聖女兵。千人規模の兵力を凌駕する最強の銀灰プラナ=グレイなのだから。



⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ



 ログインすると、NPC母さんが光の柱に寄りかかるようにして眠っていた。


 『星宿ほしやどり』との連結を解除して、光の壁を通り抜ける。


「まったく、こんな所で寝たら風邪をひくよ」


 そう声をかけて、倉庫ストレージから毛布を取り出してかけてあげる。悪夢でも見ているのだろうか。眉間に皺を寄せ、寝苦しそうにしている。


「……約束」


 僕が熱で苦しい時、いつも母さんがしてくれるように、額と額を合わせて呟いた。


 待っててね、母さん。


 僕がこの任務クエストを、誰も欠かすことなく、誰も悲しませない、最高の結末にしてみせるから。


 戦術仮想窓タクティカルウィンドウを展開し、民間人の位置と敵影エネミーを確認する。


 さて、残り300名だけど、手早く避難させちゃおう。



⭐︎⭐︎⭐︎



「俺はぜってぇにここを離れねぇからなっ! こんなガキの言うことなんて、信じられるか!」


「はぁ、そうですか」


 それから救助活動を再開して、何人目かの断固拒否マンと遭遇する。


「それでは残りの皆さん。僕が先導するので着いてきて下さい。郷田さんと乃楽さんは負傷者や石化した人のサポートをお願いします。体力に余裕のある民間人も、可能なら手を貸してください」


「おいっ! ちょっと待てよっ! 置き去りにするつもりか!?」


「見捨てはしません。あなたが石化して、大人しくなったら回収に向かいます」


 石化は別に死ぬわけではないので、安心して放置ができる。


 この手のNPCは経験上、下手に動いて喋っている方が邪魔になることが多い。自分から石化してくれるなら、僕としては楽なので助かる。


「皆さん、下がって下さい!」


「ギギギッ!!」


 僕が民間人の前に躍り出た所で、魔獣が窓を突き破り襲って来た。


 戦術仮想窓タクティカルウィンドウ敵影エネミーの接近は丸見えだったので、冷静に拳銃ハンドガンの『星屑ほしくず』を取り出して、撃ち抜いて対処する。


 目の前に散らばる魔獣の残骸は13匹。


 明らかに数が減っている。


 エサを僕が横から掠め取るとこで、魔力の補給ができないトルネンダストは飢餓状態に陥っていた。もうそろそろ共食いを始めていてもおかしくない。


「さあ、行きましょう!」


 僕らが走り出すと、誰よりも早く着いて来る断固拒否マン。


 ……なんだコイツ。


⭐︎⭐︎⭐︎


 それから不眠不休で避難活動を続けることで、なんとかトルネンダストの死闘結界デスマッチ内に囚われた民間人を全て地下シェルターに移動させた。


 中には謎に自宅に執着する老人や、引きこもって出てこない中年男子などいたが、戦術仮想窓タクティカルウィンドウで石化したのを確認した後に、回収して運び込んでいる。


 最後に石化した老人を運ぶ頃には、砂塵は晴れて青い空が顔を出していた。順調に任務クエストが進んでいるので、ルンルン気分で地下シェルターへ帰還する。後数時間もすればトルネンダストは共食いの果てに自滅する。


 そう思ってた時期が、僕にもありました。


「プラナちゃん! ごめんなさい! 1人シェルターから出てしまったわ!」


 なんでぇ? なんで外に出ちゃうの?


「後から来た避難民から、砂塵がもう晴れていると聞いて飛び出しやがった。商談がどうのと言ってな!」


 よく分からないけど、死んでも商談とやらがしたかったらしい。


 大人の考えることはよく分からないけど、その人にとっては大切なことなのだろう。


 ただ、飢餓状態のトルネンダストが、安全地帯セーフティーゾーンからノコノコ出てきたエサを見逃すはずがない。


 僕はすぐさま駆け出して、地上へと躍り出た。


 しばらく走ると魔獣に纏わりつかれ、石化したおじさんの姿があった。


 小銃アサルトライフルの聖女兵装『綺羅星きらほし』を装備、マルチロックとオート射撃を併用して魔獣を撃ち払う。


 石化した生物は、衝撃に弱くなる。手荒な真似をして首でも折れようものなら、僕でも治療は不可能だ。


 だから、僕は石化したおじさんの前に立ち塞がった。


 空を見上げると、生き残りのトルネンダストの群れが一塊となり落下していた。


 その集合体は空から地上へと、尾を引き舞い降りる一対の龍に見えた。


 石化したおじさんを抱えて逃げる暇はない。そして、僕も逃げるつもりはなかった、


 だって、そんなの楽しくないもの。


 このアングラなゲームでは、多くの任務クエストが発生する。突発だったり、予告されるものだったり、形式は様々だ。それを僕は可能な限り引き受け、遂行クリアしてきた。


 理由はこのゲームを始めた時に、自分で決めた3つの任務クエストがあるからだ。


『困ってる人を助けよう』


 現実の僕は、誰かの助けなしでは生きられないから。


『強く生きよう』


 心も体も弱くて、母さんを悲しませるだけの僕だから。


『全力でエンジョイしよう』


 だって、ここはゲームこんなにも自由で、泣いちゃうくらい楽しいから!!



 これが僕のクエストだ。



「聖女兵装解放リリース


 僕が保有する聖女兵装は現代兵器がモデルとなっている。その中で異質な兵装が1つあった。


 それは『杖銃ワンドガン』とカテゴライズされていた。


 全長が1mを超える巨大兵装であり、ファンタジー要素の強い外観をしていた。先端にある真っ赤な水晶体が特徴で、一見すると巨大な杖に見えるだろう。


 しかし、細部にグリップとマガジンが備えられ、構えたその様相は狙撃銃スナイパーライフルによく似ていた。


「これが、今の僕の全力全開!」


 魔力が水晶体に集約し、圧縮されながら輝きを増していく。それは、規格外の魔力で生み出された、明星みょうじょうの一撃。


「スターライトッッ・シューーートオォォォ!!」


 閃光が空を白く染め上げる。朝日すら塗りつぶす星の群れが、瞬きながら天を穿つ。銀河に溺れるように、トルネンダストの残党は跡形もなく消滅した。


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