第10話 偽物

 これはゲームである。


 ログアウトすれば、日本にいて母さんにも会える。現実リアルの僕はVR端末に繋がれ、ベットに転がり寝ているはずだ。


 正しく認識できている。

 

 自衛隊の2人を引き連れて訪れた別荘は、AI人工知能が僕の記憶領域から再現したものだ。自己領域パーソナルスペースに干渉した違法な没入感。どう誤魔化そうと、仮想空間にしか存在しない。


 だけど、この場所が懐かしいと思えてしまった。


 都市の外れに建てられた別荘。


 ここは空気が綺麗なのだと、母さんが嬉しそうにはしゃいでいた光景を思い出す。


「プラナちゃん、この場所は……」


「……」


「民間人が1人います。僕が安全を確保したらシェルターまで護送をお願いします」


 遠く離れた別荘へ直行した僕に、不審の目が向けられている。無理もない。ここに来るまで多くの民間人がいるであろう避難施設をガン無視して来たのだ。


 僕が私情で動いていることは明白だった。


「きぁああああぁぁぁ!!」


 悲鳴に対して迅速に行動できたのは、異世界領域エリアで魔獣の襲撃に晒され続けていたからだ。


 ドアを蹴破り、魔力で強化した脚力で悲鳴が聞こえた場所まで駆けつける。


 そこには、リビングに倒れ魔獣数匹に襲われているNPCの姿があった。巨大なイナゴが群がる光景は生々しく、僕の感情を逆撫でする。


「……っ!!」


 『母さん』と、溢れた叫びを噛み殺し、歯を食いしばったまま蹴りを魔獣に叩き込む。


 続け様に聖女兵装の拳銃ハンドガン、『星屑ほしくず』を装備。魔獣を撃ち抜いて引き剥がしていく。


 怒りが収まらない僕は、床で絶命している魔獣に執拗に弾丸を撃ち込む。トドメに小銃アサルトライフルを取り出して、オート射撃で粉々にする。


「……あ」


 NPCが漏らした細い声で、我にかえる。


 ゆっくりと振り返り、NPCの状態ステータスを確認する。


 外傷はかすり傷のみで、石化の症状は軽微で、腕の一部が石化しているに止まってる。屋内にいたことで、毒砂の影響が少なかったのだろう。


 僕が知るより、やつれて見えた。


 ダイエットでもしたのかな。元々スタイル良かったんだから、無理して痩せなくてもよかったのに。もっとご飯を食べないと体力持たないよ。仕事は体が基本だといつも言っていたじゃないか。睡眠もちゃんと取らないと。化粧で誤魔化しているけど目の下にくまが薄らと見えるよ。イベントが重なると仕事が忙しくて寝れないと言うけど、健康が1番だよ。そんなに稼がなくてもお金なら十分あるじゃん。休んでよ。もっと自分を大切にしろよ。それから……それで……ぁぁ……。


 このNPCひとは母さんだ。


 僕の自己領域パーソナルスペースからAI《人工知能》が生成したNPC。僕が認知してる母さんを再現しているので、本物に見えてしまう非常に危険な存在だ。


 石化した腕を庇いながら立ち上がる仕草モーションすら痛々しくて、思わず駆け寄りたい衝動にかられる。全部、偽物なのに。


 動かない僕にNPCはヨロヨロと歩み寄り、膝をついて視線を合わせてくる。その瞳は涙で揺れ、僕を真っ直ぐ見つめていた。そして、暖かい手が僕の頬に触れ、震える唇が聞き馴れた音声ボイスを発する。


「……かたる?」


 まずい。呑まれる。


 僕は仮装窓ウインドウに表示された緊急通報エマージェンシーコールのアイコンを叩きつけるように選択した。


『鎮静プログラムの要請を受託。対象アバターの脳波の異常を確認。鎮静プログラムの使用を許可。緊急処置を開始します』


 通知アナウスと同時に、激しい頭痛に襲われる。


「くっ……あああああぁぁぁっ!」


 僕はNPCの手を振り払うように距離をとり、頭を抱えてうずくまった。


「……語! 頭が痛むの!? 早く病院に!」


「だい…丈夫です。それに、通信機器は毒砂の影響で使えません」


 僕は顔をあげて、スマホで行きつけの病院に連絡を取ろうとするNPCに語りかける。


「今、鎮静プログラムを起動しました。脳波は正常値です。問題ありません」


 危なかった。

 

 流石はアングラなゲームだ。ここを現実リアルだと錯覚するところだった。


 だけど残念だったね。


 僕は痛覚すら勘違いさせるゲームを3年も続けてきたのだ。学校で習った緊急マニュアル通りに行動すれば、VR症候群シンドロームは余裕で回避できる。危機管理能力は僕が一枚上手だ。


かたる……よかった。どこか痛いところはない?」


 NPCが今度は僕を包み込むように抱きしめた。


 鎮静プログラムのおかげで、心は至って穏やかだ。重なる人肌の暖かみが知ったものでも。鼻をつく香りが、どんなに懐かしくても。


 ここをゲームだと正しく認識できている。


「すみません。僕はかたるという名前ではありません」


 僕は天本あまもとかたるが嫌いだった。


 ソイツは病弱でいつも母さんに迷惑をかけていた。満足に運動もできず、誰かの助けなしでは生きていけない残念なヤツ。苦しい日と、まだマシな日が、続くつまらない毎日。


 だから、ゲームでくらい強い自分アバターで楽しく、どこまでも自由に遊びたかった。


 ゲームの僕は、弱くて情けないかたるではない。


「僕は一騎当千隊マイティウォーリァの聖女兵、銀灰プラナ=グレイです」


 千人規模の戦力を凌駕する強者なのだ。


 だからNPC母さん、そんな悲しい顔をしないで欲しい。


 病弱で、あなたを不安にさせていたかたるはここにはいない。


 強くなった僕が、きっと誰もが笑うハッピーエンドにしてみせる。


「プラナちゃん、泣いているの?」


 乃楽さんに指摘されて、はじめて気づいた。僕が泣いていることに。


「え?」


 零れ落ちた涙が頬を伝い流れ落ち、決壊したように次々と溢れ出してくる。


「……あれ?……あれ?」


 自分でもなぜ泣いているのか分からない。ここはゲームで、マニュアル通り鎮静プログラムを走らせて正常で、僕は最強に強いはずなのに。

 

「困りました。……涙が止まりません」


 どうやら目に砂が入ったようだ。



⭐︎⭐︎⭐︎郷田 勝


「その人を頼みます。僕は他の民間人を救出してきます」


 そう言い残して銀灰プラナ=グレイは飛び立ち、砂塵の中へと消えていく。


「プラナちゃん、泣いてた。泣いている意味も分からないまま!」


 乃楽が涙ぐみながら、声を張り上げる。


「鎮静プログラムが原因だろうな。プラナが記憶を取り戻そうとする度に邪魔をしやがる」


 鎮静プラグラムは確かに脳波を弄り、プラナを正常へ矯正したのだろう。だが、その効果は心にまでは及ばなかった。心と体が乖離したまま、涙する姿は見ていられなかった。母親を前に泣き喚いていたはずの少女は、自分を認識できず歪められたまま別れる結果となった。


 日本政府はどれほど罪を重ねれば気づくのだろう。確かにプラナのお陰で、多くの命が救われている。


 だからと言って、こんな非道が許されるはずがない。


「すみません。あなた方にお聞きしたいことがあります」


 怒気を孕んだ声が俺たちの会話に割り込んだ。天本あまもとしおりが無表情でこちらを見つめていた。


「あの子は、かたるで間違いありませんよね? 嘘はやめて下さい。私には分かるんです。母親ですから。あの子の仕草ひとつで分かってしまうんです」


 下手に誤魔化してはいけないと感じた。きっとこの母親は、銀灰プラナ=グレイが語と確信を持って行動を始めるはずだ。それは、彼女の身に危険が及ぶことを意味している。


「我々も全てを知っているわけではない。だが……知り得た事なら話そう」


 荒唐無稽な話を始める俺を、彼女は静かに聞いていた。魔獣に襲われ、小銃アサルトライフを乱射するプラナを目にしてた事で、辛うじて俺の話が全くの嘘でないと踏みとどまっている。全てを話し終えた後、彼女がどう出るか分からない。


「そんな……私、ゲームの話だと……」


 いきなり涙を流し、溢れた呟きが何を意味するのか、俺には理解できなかった。


⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ


 めっちゃ疲れた。ここで、ちょっと休憩。

 

 あれから民間人を200人ほど救助した僕は、地下シェルターに戻り、安全地帯を確保してログアウトした。


 VR端末を外して自室の時計を見ると、すでにお昼を回っている。食後の錠剤を準備して、リビングへと降りて行く。


「母さん、お腹空いたー」


 僕が声をかけると、母さんがキッチンから顔を出した。


「待ってね。そろそろできるから」


 ゲームの影響からか、今日は無性に親孝行したい気分だった。


「……手伝うよ」


「何言ってるの。そう言って昨日も無理して熱が出たじゃない。ほら、座って待ってなさい」


「大丈夫だよ。今日はすごく調子がいいんだ」


「そう? なら食器を並べておいてくれる?」


「うん」


 現実だと食器を並べるしかできない僕だけど、ゲームならたくさんの人を救うことができるんだ。


「ねぇ、母さん」


「なぁに?」


「さっきゲームでね、200人くらい人助けしたよ」


「なにそれ。デタラメな数ね。前々から思ってたけど、そのゲームクソゲーじゃないの?」


「神ゲーだよ。すごく面白いんだから! 今回のクエストだってプレイヤーを本気にさせる工夫が凄いんだよ! 絶対完璧パーフェクトでクリアしたいんだ。目指せ、死者ロストゼロ! 負傷者ゼロ!」


 僕がどうでもいい話をして、母さんが相槌をうつ。そんな日常を僕は送っていた。

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