サブクエスト:都市のトルネンダストを討伐せよ

第9話 トルネンダスト

⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ 


「プラナちゃん……なの?」


 目の前では女の子を抱えた乃楽さんが僕を見上げていた。隣に郷田さんの姿も見つけたことで、僕のゲーム脳が閃いた。


 なるほど。連続型のサブクエストか。


 サブクエスト『民間人を救助せよ』から続く、物語ストーリー形式の長編クエストだろう。今回はネームドNPCである郷田さんと乃楽さんを中心に物語ストーリーが展開するようだ。となると、いつか三千院さんも再登場するかもしれない。これからの展開が楽しみだ。


 登場人物を全てメモして仮想窓ウィンドウに放り込んでおいた地道な作業が生きてくる。


 まあ、それはそれとして。


 僕は拳銃ハンドガンの『星屑ほしくず』を倉庫ストレージから取り出し、石化した民間人を傷つけないようにトルネンダストの幼体を撃ち抜いた。


 ギギギと金属音を発しなが魔獣が剥がれ落ちて絶命する。


「お母さん! お母あさぁぁん!!」


 乃楽さんの腕から飛び出した女の子が、石像にすがりつく。


 たとえゲームでも子供が動かない親に抱きついて泣き叫ぶ姿は心にくるものがある。ちゃっちゃっと石化を解除して、女の子から笑顔の報酬をもらっちゃおう。


『警告:活動領域プレイエリア外では、任務クエストが定めた『討伐』以外には制限がかけられています。民間人への魔法の行使は禁則事項です』


 治癒しようとかざした手が、見えない力でねじ折られた。


 へぇ、そういうことするんだ。女の子ドン引きして泣き止んだじゃん。


「プラナちゃん!? どうしたの!?」


「攻撃を受けているのか!?」


 乃楽さんと、郷田さんが警戒しながらふらつく僕を支えてくれた。


「……問題ありません。任務クエストに違反したので罰則ペナルティを受けただけです」


「罰則って……日本政府はなにを考えてるのよ」


 いけない。乃楽さんを不安にさせてしまった。


 僕は折れた手首に治癒魔法をかけ、すぐさま体勢を立て直した。


「『討伐』以外の干渉を禁止されました。乃楽さん、郷田さんに協力を要請します。今すぐ石化した民間人を抱えて屋内に避難てください」


「待ってくれ。石化とはやはり、この石像は……」


「はい、魔獣によって石化された民間人です」


 トルネンダストは砂塵を操る昆虫型魔獣の群れである。


 逆巻く砂の粒子には魔力由来の毒が含まれており、体内に入ると生物を石化させる。叩きつける砂塵は目や呼吸器官などから侵入するので、息をするだけで石化する。


 厄介なことに砂塵に紛れたトルネンダストの群れに襲われると、外傷から毒砂が侵入し、たちまち石化してしまう。


 しばし唖然とした郷田さんだったが、自ら頬を叩いて気合いを入れ、石化した民間人を抱えた。


「乃楽、子供を頼む。俺たちがいた喫茶店はガラス張りで、魔獣が容易く侵入する恐れがある。あの場所にいた人たちも避難を呼びかける。確か、この地域は地下街に長期滞在を想定したシェルターが建設されていたはずだ。そこに誘導しよう」


「了。……プラナちゃんはどうするの?」


 乃楽さんが女の子を抱えて、僕を不安げに見つめる。


「避難しやすいようにトルネンダストを間引きます。毒砂を吸い込まないように注意を。屋外に出ての活動限界は30分です。30分が経過すると石化のリスクが高まります」


 僕は大まかな注意だけ残して、『流星ながれぼし』を起動する。ベルトに収納されていた銀装飾が展開し、光を放出して空へと舞い上がる。


 戦術仮想窓タクティカルウィンドウは、敵影エネミーで埋め尽くされていた。その数は3万を超えている。


「やっぱり正攻法での討伐は不可能か」


 少女兵装を『星屑ほしくず』から小銃アサルトライフルの『輝羅星きらほし』に持ち替える。銃身に『星壊片ほしかけら』の刃を装備してトルネンダストに突貫する。


 適当に弾丸をばら撒くだけで、敵に当たる爽快感はあるが、分厚い壁を削るだけの作業だ。


 正面から戦うと楽しくない大魔獣ボスなんだよなぁ。


 魔力を叩き込んだ『星壊片ほしかけら』を振り回し、魔獣を刻んで暴れ回る。戦術仮想窓タクティカルウィンドウを確認すると、地上に散らばっていた魔獣が僕目掛けて移動を始めている。


 これで、避難は楽になるかな。


 トルネンダストは魔獣の集合体だが、個々で意思を持っていない。攻めるか守るかすら、群れを分けて行動できない。統率されていると言えば聞こえがいいが、群れの長所を殺した残念生物である。


 まあ、僕は30分は暴れ回る所存なので、付き合ってもらおう。


⭐︎⭐︎⭐︎


「乃楽さん、郷田さん。避難誘導の協力ありがとうございます」


 銃を担いで帰還した僕を、自衛隊の2人が迎えてくれた。


 戦術仮想窓タクティカルウィンドウには、この地下街に64名の民間人が表示されている。そのうち3人は完全に石化していた。状態ステータスを確認すると、腕や足など、部分的に石化した人が7名いる。直ちに問題はないが、長い時間をかけて石化は進行する。


「避難住民から気になる報告があった。地下街のある場所を境に通れないらしい。まるで、」


「まるで見えない壁があるようだった、ですね」


「ああ、その通りだ」


「それを含めて説明をします。民間人が避難している場所に案内してください」


 地下街に存在するその広間は、緊急時には避難所と指定されており、防災倉庫が設置され、非常食や毛布などが備蓄されていた。


 民間人はまばらにうずくまり、石化したなどの負傷者の手当てをしていた。


 まずは安全圏セフティーゾーンを確保しよう。


 僕は頭から銀装飾されたティアラを取り外す。


 このティアラは結界を展開する聖女兵装の『星宿ほしやどり』だ。既存する建物に絶対不可侵の守りを付与することができる。


 この少女兵装は1つしかないので、当然僕の防具としての役割はできなくなる。結界を維持する間は僕の防御力が半減してしまうが、トルネンダストを相手取るなら民間人の安全確保が優先される。


 床に置いた『星宿ほしやどり』が起動。装飾が複雑に変形し翼を広げるように広がり、光の柱が建設される。


 いい感じに僕に注目が集まったので、自己紹介をしておこう。もちろん胸のエンブレムを見せつけることとも忘れない。


「僕は日本政府より派遣された一騎当千マイティウォーリァの聖女兵です。結界によりこの場の安全は確保されました。安心してください」


 僕の決め台詞に、場が沈黙に支配された。何言ってるんだこのガキは?と無言の視線が突き刺さる。


 うん、知ってた。


 結局、郷田さんが説明を引き継ぎ、みんなが僕の話を聞くようになるまで長い説得が必要だった。



⭐︎⭐︎⭐︎



 半信半疑ながらも僕が空を飛ぶなど魔法をいくつか披露することで、力技で納得させた。


 そして、今後について話し合いが始まる。


「結論から言います。このままトルネンダストが餓死するのを待ちます」


 この戦術はポルカが発案したものだ。


 あの人は勝てば過程はどうでもよく、小賢しい搦手からめてを得意とする。


 労せず勝利する。


 その理念でたどり着いた答えが籠城だった。


 トルネンダストはとんでもない欠陥生物で、砂嵐を大規模で発生させ続けるため魔力消費が激しい。

 

 エサさえなければ数日で餓死してしまう。


 事実、水底の迷宮では僕とポルカで結界に立て篭もり、悠々自適にバーベキューをしながら討伐した。


「おい! どれくらいかかるんだ!」


 中年男性が喚きならがら詰め寄ってくる。


「4日間ぐらいです」


 水底の迷宮だと3日だったが、長めに答えておこう。


「ふざけんな! 4日もここに閉じ込められてたまるか! 大切な商談があるんだよ!」


 なんでこのおじさんは、怒っているんだろう。


「できません。トルネンダストは死闘結界デスマッチを展開しています。自分の命を対価にした特殊結界です。術者を討伐しなければ解除できません」


 ゲームの入ったら出られないボス部屋である。


「すでに見えない壁に触れた人もいるでしょう。透明な壁がトルネンダストを中心に直径1Kmを囲っています」


 死闘結界デスマッチは大魔獣の共通能力で、ゲームの仕様を条件付きの結界として再現している。脱出は不可能だ。


「なら、君がバケモノを倒せばいいじゃないか!」


「僕が決死の覚悟で魔力消費を気にせず、戦い続ければ可能でしょう」


「……なら!」


「ですが、このまま待てば相手は勝手に自滅します。危険を犯す必要性を感じません。それに、取り残された民間人を救助するための魔力も必要です。あなたの我儘で、見殺しにしたくありません」


「し、しかしだねぇ。私にも事情というものが」


「いい加減にしないかっ!!」


 食い下がるおじさんを、郷田さんが一括して黙らせる。


「こんな子供に命懸けで戦えというか貴様は! 数日待てば家に帰れる! 問題はないだろう!」


「ひゃ、ひゃい」


 郷田さんがの威圧で、へたり込むおじさん。


 魔獣を圧倒する僕に啖呵をきれるのに、なんで郷田さんには強く出られないだろう。不思議なおじさんだ。


「プラナ=グレイ。俺に出来ることはあるか?」


 振り返った郷田さんは表情を引き結び、決死の覚悟を決めているようだった。僕が『敵に突撃せよ』と言えば、雄叫びをあげて死兵の如く飛び出す気迫がある。


「もちろんです。乃楽さん、郷田さん。あなた達には逃げ遅れた民間人の救助を手伝ってもらいます」


「了解した。だが、俺たちは屋外では30分しか活動できのだろう? 足手纏いにならないか?」


「大丈夫です」


 僕の目には、2人から溢れる魔力の揺らぎが見えていた。


「異世界の避難所で、僕がご馳走を振舞ったの覚えていますか?」


「……ああ」


「あの時も説明しましたが、あの食材は魔力の塊です」


「おい……まさか」


「一時的ですが2人は魔力を手に入れています。毒砂で石化することはありません」


 頼もしく成長したNPCと共闘する。


 いいね。燃える展開シュチュエーションだ。


 僕は戦術仮想窓タクティカルウィンドウ地図マップを確認する。


 結界内には点滅する光点として、564名の民間人が表示されていた。


 命に優先順位はないが、今回に限り優先される場所があった。


 そこは都市から外れた場所にある別荘だった。


 僕を気遣い、空気の綺麗な場所に建てられた一軒家。


「……母さん」


 光点に示された『天本あまもとしおり』の文字を前に、僕は静かに呟いた。

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