第8話 訪問【自衛隊視点】

⭐︎⭐︎⭐︎郷田 勝


「ここが、プラナちゃんの家があった場所ね」


 乃楽が呟き見渡す先には、巨大なクレーターが広がっていた。


 転移事件により、住宅街にある家屋4棟が消失。幸いに平日の昼間であり、住人の殆どが外出していたことで、人的被害はほとんどなかった。


 ただ一つの家庭を除いて。


「このエリアで唯一の行方不明者が一人いた。自宅病寮していた少年、名前を天本あまもとかたる。当時9歳……か」


 この転移事件が発生したのは、今から3年前だ。時系列や被害者が少年であることが、どうしても銀灰プラナ=グレイに結びつかない。


「乃楽……やはりプラナと天本語は無関係かもしれん。あの時プラナは錯乱していた。よく似たぬいぐるみを見つけて、記憶が混濁していたと考えるのが自然だ」


「それでも、私はプラナちゃんが間違えていたとは思えないんです。それに……」


 乃楽は腕に抱いたぬいぐるみに視線を落とす。いつ見てもなんの生物か分からない歪な形だ。


「まったく。証拠品を提出しないで持ち帰っているとはな。始末書ではすまないぞ」


 俺たちが日本へ帰還後に求められたのは、報告書の作成と説明の場に立ち質問に答える事だった。


 ありのままの報告は、真っ向から否定された。


一騎当千マイティウォーリァ隊? モンスターがうごめく異世界に転移? 魔法使いの少女に助けられましたぁ? 気でも狂ったのか?』


 俺も知らない立場なら同じことを言うだろう。何なら知り合いの精神科医を紹介するまである。


 それ程に俺たちが口にする報告は支離滅裂だった。


 そもそも一騎当千マイティウォリァー隊が存在しないし、魔獣の核を人体に移植して誕生した少女兵が冒涜にすぎる。自衛隊……いや、日本政府を貶める反乱分子と見られても文句が言えない。


 ただ、俺たちが謎の亀裂から難波駅に現れたことは、一般人が撮影した映像がある。


 全国でクレーターを残し行方不明となっていた被害者を連れ戻した功績もあり、俺たちの処分は見送りとなった。休暇を与えられ、自宅待機を命じられた。


 乃楽から連絡を受けるまで、大人しくするつもりだった。だが、プラナの家族を訪ねたいとなれば、動かざる得ない。まったく、どうやって調べたんだか。


「私、このぬいぐるみを天本あまもとしおりさんに届けようと思います」


「やめとけ。ろくなことにならんぞ」


 息子を失った母親に、遺品を届けた所で誰も救われない。


「それでも……必要だと思うんです。このぬいぐるみだけでも、あるべき場所に戻してあげたい」


「……そうか」


 日本に帰還する時、プラナは言っていた。


『僕は日本で活動する権限がありません』


 誰がプラナに強要しているのか知らないが、胸糞悪い命令だ。異世界なら日本の法律は適用されない。どんな非人道的な行為でも裁くべき法律が存在しないのだ。だからこそ、プラナが日本に帰ることは許されない。許す道理がない。


 プラナは国際レベルな危険を孕んだ爆弾なのだ。


「調べはついてるんだろう?」


「ええ、栞さんは今は別荘に住んでいます。ここから遠くはありません。行きましょう」



⭐︎⭐︎⭐︎



「まさか、自衛隊の方が捜査に協力してくれるなんて。警察から捜索を打ち切られた時はどうしようかと……本当にありがとうございます」


 転移事件の捜査協力。


 そんな嘘を、全く疑いもせず俺たちを家に招き入れたのは、20代にも見える若い女性だった。


 天本あまもとしおり


 彼女がプラナの母親…か。確かに顔立ちがどこかプラナに似ている気がする。


「写真だけはたくさんあるの」


 そう言って机に置かれたタブレットには、語と題したフォルダに年毎にまとめられた写真が並んでいた。


「郷田さん、やっぱり……」


「ああ、間違いない」


 どこかの病室だろうか。こちらに向かい、無表情でピースをする少年が写っている。髪色や細かい差異はあるが、その整った顔立ちはプラナに酷似していた。


「いつも女の子に間違えられてたわ。持病で外にも滅多に出れないから肌も白いし、体つきも華奢だったから同じ病室の男の子に告白されたり」


 当時を思い出してるのか、写真をスライドさせながら頬を緩ませる。やがて、写真の風景が病院から自宅へと変化する。


「……数年前に治療方法が確立されて、自宅療養できるまで回復してきたの。お祝いするんだぁーって張り切って買い物をして、帰ったら家がどこにもなかった。なんでっ…なんで語が……苦しい治療や手術を頑張ったのっ! これから美味しいものだって自由に食べられる。学校だってもう決まってて…! 3年前、あんな事件が起こるって知ってたら……うっ…ぅ」


 せっかく希望が見えた矢先に、息子が謎のクレーターを残して行方不明。その絶望は、独身の俺では想像できないものだ。


「確認したいことがあります」


 乃楽がカバンからぬいぐるみを取り出す。


 やるのか乃楽。今、ここで。


 俺はもういたたまれなさで胸が苦しいのに凄いヤツだ。


「これを…どこで?」


 幻でも見るように、恐る恐るぬいぐるみを手に取る。その仕草は取り乱したプラナによく似ていた。


「このぬいぐるみは、私たち部隊が転移に巻き込まれた時に発見したものです。詳細な場所をお伝えすることはできませんが、そこは日本ではありませんでした」


「じゃあ、あの難波駅の動画って……」


 俺たちが亀裂から出てくる様子は、通行人によって撮影されている。しかも、複数の撮影者から動画が投稿されており、信憑性のあるオカルトとして拡散していた。


「ええ、あの亀裂から私たちは日本に帰還しました」


「語は……語は無事なの!?」


 乃楽が母親を手で制して、一呼吸おく。


「その前に一つ、このぬいぐるみについて教えてください。これを作ったのは息子さんで間違い無いですか?」


「はい。病院でのリモート授業で、家庭科の時間に作ったと私にプレゼントしてくれました」


 俺と乃楽は互いに目配せをして確信する。


 プラナが語った内容と、先ほどの証言が一致した。天本あまもとかたる銀灰プラナ=グレイでほぼ間違いない。


 ただ、その事実をそのまま伝えてはいけない。彼女を混乱させるばかりか、その身を危険に晒す可能性があるからだ。


 今後、プラナの情報は知るだけでリスクを伴うようになる。そういう確信があった。


「結論から申し上げます。ご子息のご遺体は確認できていません。ですので、引き続き行方不明として捜索を進めて行きます」


「……そう、ですか。捜査、よろしくお願いします。どうか……どうか、語を見つけてあげてください」


 その落ち着いた物言いは、どこか生存を諦めているように聞こえた。



⭐︎⭐︎⭐︎


「こんなのおかしい! 絶対におかしい!」


 帰り道。俺たちは近くの喫茶店で向かい合っていた。乃楽は興奮した様子でパフェを頬張りながら怒り散らしている。


「プラナちゃんをこのままにできない! お母さんに合わせなくちゃ!」


「落ち着け。そもそも俺たちは向こうに行く手段すらない。それに……」


 やはりつけられてるか。


 視線だけ後ろにやる。女子高生が溢れるおしゃれな店内に、スーツを着込んだ中年男性が1人新聞を広げていた。


 分かりやすく『お前らは見張られているから余計な事はするな』という上からのメッセージだ。


 分かってるとも。俺ができることなど何もない。


 あの森の中で、幼い少女に縋るしかない日々を過ごしてから気づいていた。俺はどこまでも普通の人で、不測の事態では応用も効かない木偶の坊だ。


 せめて乃楽のように、考えなしでも行動できる強さがあればまだ救いがあったろうに。


 そんな最中だった。


 突如、店内が振り回されたように揺れ、食器が滑り落ちる。

 

「きゃあああああ!」


「地震かっ! 結構大きいぞ!」 


 悲鳴と喧しいアラート音が鳴り響く。


 幸い地震はすぐに収まり、地震慣れした日本人は冷静さを取り戻していた。「あやー久々に大きのきたね」「津波大丈夫?」「あー? 圏外なんだけど」と、各々で行動を始めていた。


 俺はどこでぶつけたか痛む腕を庇いながら、窓から外の被害を確認する。


「なんだ、これは」


 ガラス張りの店内から見た外は、一面舞い上がる砂で覆い尽くされていた。


 局地的な竜巻なのか、大規模な自然災害が発生している事は確かだった。


「店の前に逃げ遅れた子がいる!」


 乃楽が子どもを見つけたらしく、店を飛び出した。


「おい! 勝手に動くな!」


 悪態をつくも放置もできないので、乃楽に続いて店を後にする。


「大丈夫!?」


「お母さんがぁ、お母さんがあああ!」


 乃楽はすでに救助を始めてあり、泣き叫ぶ女の子を宥めていた。なぜか女の子は岩にしがみついたまま離れず、乃楽が困惑しているようだった。


 母親が岩の下敷きになったのかと駆け寄り、岩だと勘違いしていた正体を知る。


 それは女性を精巧に模した石像だった。まるで子供を庇うようにうずくまった姿勢の石像に、おびだたしい数の昆虫が群がっていた。


「これってイナゴ!?」


 ただのイナゴではない。まずサイズが30㎝を超えており、表層が鎧のような鉄製の殻で覆われている。このような歪な生物を俺たちは知っていた。


 数週間の間、過ごした森ではあらゆる昆虫が巨大化していた。


 なんだこれは? これじゃまるで。


 戦慄して固まる俺たちに、ふと陰がかかる。


 見上げると巨大イナゴの群れがこちら目掛けて空から落ちてきていた。


 乃楽が咄嗟に子供を庇い覆い被さる姿が見えた。


 俺だけが何もせずに間抜けにも口を開けてイナゴが落ちてくるのを眺めていた。


 やっぱ、俺はダメだわ


 何もかも諦めた時、砂塵に1つ光が瞬いた。


 その一点から光の塊が吐き出され、イナゴを一掃する。


「まだ、無事ですね」


 声が降ってきた。


「民間人のみなさん、安心してください。僕は日本政府より派遣された一騎当千マイティウォーリァです」


 そう言ってこちらを見下ろす少女が舞い降りる。


 砂塵が逆巻くこの場では、どこまでも場違いな少女は何故か神々しく見えた。


 その容姿が幼く、愛らしいことも。


 肉体年齢が10歳にも満たないことも。


 性別が女性であることも。


 白銀の光を纏う少女は胸を飾るエンブレムを晒すように胸をそらし声を上げる。


「これより、トルネンダストの討伐を開始します」

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