第7話 ダンジョンライブ

⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ


 早朝5時、薄暗くジメつく洞窟に僕らはいた。ここはライン王国郊外に位置する迷宮だ。すでに走破され、資源も取り尽くされたこの場所は廃坑のように静まり返っている。


 僕は仮想窓ウィンドウを操作し、ポルカの配信画面を共有しコメント欄など設定を確認。最後にフレンドに加えたラインさんのプレイヤーネームを再確認しておく。


河合かわい椿つばき


 何度見ても本名がそのまま表示されていた。本人は気づいていないようだが、僕らは戦略仮想窓タクティカルウィンドウで名前が見えてしまう。なんなら配信にのせたら視聴者にも見えてしまう。引き結んだ表情で、『私はバリア王国騎士ライン=レジアニスだ』と名乗る本名丸見えの河合椿かわいつばきさん、可愛いね!


 あまりに可哀想なので、僕の方で名前を非表示にしておこう。


 準備ができたので、合図をポルカに送る。


「よし、配信開始の宣言しろ! プラナあぁ!」


「……」「……」


「配信開始いいいいぃぃ!!」


 洞窟にポルカのやかましい声が響き渡り配信が始まる。


「さぁ、やって参りました水底の迷宮! 皆さんこんにちは! アングラゲー実況者のポルカです!」


上位のメッセージ ◉124人が視聴中

:うっす

:ちわー

:昨日の女騎士ちゃんいるのー?

:声うるさっ

:音量調整はよ

:それよか難波駅の動画見た? あれマ?

:こんちは

:ちわ

:音⭐︎量⭐︎注⭐︎意!


 仮想窓ウィンドウに流れるコメントの流れは鈍足どんそくで、熱量もない。


 ポルカの配信はいつも緩やかに始まり、萎んで終わるを繰り返している。老い先短い死にかけた配信である。いずれ死ぬことをポルカも悟っているのか、必死に気分をあげている姿が痛々しい。


「今回はコラボ企画ということで、女騎士ちゃんこと、ラインさんにきていただきました!」


「バリア王国見習い騎士、ライン=レジアニスです。よろしく、お願いします」


 仮想窓ウィンドウに映る配信画面が、自動追尾で深々と頭を下げるラインさんを捉える。


上位のメッセージ ◉175人が視聴中


:ちゃんと捕まえてきたか!えらいぞ!

:やっぱモデリング綺麗だなぁ

:ええやん、今日は最後まで付き合うで


 反応は上々。美少女の投入で配信が息を吹き返す。ついでに僕も挨拶をすませておくか。


「お久しぶりです。一騎当千マイティウォーリァ銀灰プラナ=グレイです」


上位のメッセージ ◉220人が視聴中


:うおおおおぉぉぉ! 聖女ちゃあああん!

:プラナちゃんきちゃあああああ!!

:今日はプラナ回か、同志を呼んでくるぜ

:久しぶりいいい! 会いたかったよおおお!

:最近殺人配信ばかりで心が折れそうだった!

:よかった。今日は人が殺されないんだね。


 僕が画面に映るとコメント欄が狂喜乱舞する。君たちテンションおかしくない? 

 

 毎度のことで僕は気にはしないが、ポルカは気にしろ。いや、マジで殺人キルを自重してくれ。


「それでは今回の企画説明を、プラナさんお願いします!」


「今回は初めての迷宮の歩き方を解説します。ラインさんが初心者なので、新規の視聴者に向けた配信となりますね。迷宮を進みながら僕やポルカさんがアドバイスしていきます。道中では視聴者からの質問に答えますのでコメント欄に書きこんでください」


上位のメッセージ ◉320人が視聴中


:助かる

:プラナちゃんがいないと、殺戮さつりくが始まるからな

:初見なんだけど、グラがリアルでビビる。

:これアングラゲーと言うけど、全然知らん

:AI生成で無限にゲームが作れる世の中なんだ。全て把握してる奴なんていないだろ。ちな俺も知らん

:3年前から配信を追っているけど、誰もこのゲームを発見できていない。

:なにそれ怖いw


 コメントでは「このゲームそもそもなんやねん」と、盛り上がっている。僕やポルカも適当にネットを彷徨っていたら見つけたゲームなので、入手経路は誰も知らない。


「大声を聞きつけて魔獣が現れました! ラインさん、迷宮走破の実力を見せてもらいましょう!」


「や、アレって『歩く泉』!? うおおおおおおお!」


 コメント欄をのんびり眺める僕を置き去りに、ポルカとラインは魔獣との戦闘を開始していた。対峙しているのは、大きな亀だった。


 運がいい。レア魔獣だ。


「亀の魔獣、『チャプタートル』です。甲羅のくぼみに水を溜め込んでいるので、冒険者からは歩く泉と呼ばれています。攻撃性も低いので簡単に討伐できます。注意事項として、高水圧の刃を甲羅から噴出します。動きも素早いから気をつけてください」


 僕も初見では水圧の刃で腕を切断された油断ならない相手だ。



上位のメッセージ ◉451人が視聴中


:なんか変な名前だな。

:第一発見者がプラナちゃんで、プラナちゃんが命名したから仕方ない。

:歩くと水がチャプチャプするのが由来やで。かわいいやろ。


戦闘が始まって数分、ラインの剣は魔獣の強固な魔力障壁に弾かれて決定打にならない。疲労だけが蓄積し、ついに攻撃の手が止まる。


 ラインが足を止めたその瞬間、魔獣から魔力が練り上げあられた。


 あ、ヤバイかも。


銀幕壁ミラーウォール


 僕が発動した魔法障壁で、チャプタートルの弾幕を跳ね返す。水の刃を受けた魔獣ズタズタに引き裂かれて絶命した。


上位のメッセージ ◉321人が視聴中


:はっ?

:ヒェ…

:え、ザコじゃないの? あんなの食らった死ぬじゃん。

:3年前、プラナちゃんの腕切り飛ばしたのコイツだから…



「あの亀、レアなユニーク個体です。僕も5回しか遭遇したことがありません」



:じゃあ、初心者に戦わせちゃダメじゃん!

:プラナちゃんが3年前に弱々よわよわ装備とステータスで倒してんだよなぁ

:当時の武器が『星のナイフ』と拳銃ハンドガン星屑ほしくず』だけだったもんな。


 懐かしいなぁ。当時は阿鼻叫喚だった。僕も久々に被弾したから、みっともなく痛みで泣き叫んじゃったし、反省の多い初コラボだった。


「ポルカさんも援護してくださいよ」


「いやぁ、走破済みって言うから一人でも行けると思って」


「『歩く泉』は流石に無理だ! 騎士団を召集させて対応する魔獣だぞ! 個人で挑むものではない!」


 軽快なトークを挟みながら僕らは魔獣をなぎ倒し、迷宮を攻略していく。


 ここまでは予定通り。


 今回はラインを成長させる目的が強い。あまりにもラインが弱すぎるので、目を離しても死なない程度には鍛える方針だ。せっかく見つけたプレイヤーだ。ここで長く生きて欲しい。


 そして、1時間後。


「…っ! また『歩く泉』だ! 援護を頼む!」


 僕らの前に再びチャプタートルが現れた。しかし、援護はもう必要ない。


「ラインさん大丈夫です。初戦と同じように戦ってください」


「……ええい! どうなっても知らないぞ!」


 ヤケクソ気味な斬撃は、チャプタートルの首筋を捉え、


「え?」


 抵抗なくその首を切り落とした。


 この1時間半で倒した魔獣の数は182。そのうち高濃度の魔力を有した『ピカスライム』が32。


 ライン=レジアニスは人体錬成によって、魔力の最大値が減っていく呪いを受けていた。


「最大魔力が減る。それが致命傷でした。僕らプレイヤーは魔獣や人を殺し、魔力を吸って強くなります。敵を倒しても経験値が貰えないクソゲーです」


 その縛りから解き放たれた今、潤沢に魔力を吸収し、振るわれた刃が現状を物語っている。


「私は…強くなったのか?」


「はい、これからもっと強くなれます」


⭐︎⭐︎⭐︎


 魔力で強化されたラインを止める魔獣など、水底の迷宮に存在しない。当然、秘密の抜け道を通り、短時間で最奥にたどり着いた。


「……あんな場所に扉があったのか。ここは……どこだ? 国も冒険者ギルドもこんな場所は把握していないぞ」


 そこは大きな広間だった。


 かつてここは大魔獣ボスを討伐した場所で、その爪痕が生々しく残っている。


「そうでしょうね。NPCが入り込めても死ぬだけですから」


上位のメッセージ ◉1233人が視聴中


:ここが最深部? 何もないじゃん。

大魔獣ボスはすでに討伐済みだからな

:トルネンダストだっけ? ポルカと聖女ちゃんが初めて共闘したのもこの場所か。

:砂塵の竜巻みたいなヤツで初見は無理ゲーだった


 攻略法さえ分かれば簡単なんだけどね。


「今日はこのくらいにしましょうか。あまり一気に魔力を吸収すると体調を崩すこともありますので。最後に挨拶を……ポルカさん」


「お、おう。このチャンネルではアングラゲーを紹介しています! 特に今プレイ中のゲームは臨場感や爽快感も最高です! 見つけたらぜひプレイしてみて下さい! 今回紹介した通り、初心者でも楽しくプレイすることができます! もし、この配信が参考になった! 楽しかった! と思う人はイイネとチャンネル登録お願いします!」


上位のメッセージ ◉1241人が視聴中


:もう、終わりかー。

:簡単に強くなりすぎじゃね? やることすぐ無くなりそう。

:ちゃぷちゃぷカメさんは、マジでザコなんよw

:『バチハチ』とかエグいと思う

:数も能力も無理ゲーだったな。よく初見でクリアしたよ。

:プラナちゃんとコラボ中だったからクリアできた。

:聖女ちゃんいないと毒の雷と怪電波に対抗できない。

:え、地震!?

:アラートが、おい、なんだよアレ!



 僕は配信画面の共有を解除して、何か通知は来てないか確認する。



『サブクエスト:【都市のトルネンダストを討伐せよ】

 日本に大魔獣が出現しました。出現地域エリアでは深刻な被害が予想されます。また、活動領域プレイエリア外のため、討伐以外の活動プレイを制限します。参加しますか?』


 へぇ、もう日本エリアで遊べるようになってんだ。面白そう。


「ポルカさん、急用ができたので僕はもう行きますね。ラインさんを頼みます」


「いいけど、何しに行くんだ?」


「ちょっとしたサブイベントです」


 僕は『YES』を選択肢し、任務クエスト情報と、位置情報マップを獲得する。


「『星扉スターゲイト』」


 時空の壁を突き破り、僕は未知の日本エリアへと飛び込んだ。



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