第6話 食事

⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ


 『ロックの定食屋』はいつも通り繁盛し、店内は大賑わいだった。そんな喧騒の中、ちょっと手のひらが光ったくらいで目立つことはない。


 呪いのあざが消えていることを確認したラインさんを席に座らせ、僕は向かいに腰掛ける。


「ラインさんはおそらく禁忌に触れたのでしょう。人体錬成で才能パラメータをイジるとか、神様がせっかく与えた祝福に唾を吐く行為です。当然、神罰ペナルティが課せられます」


 運営が仕掛けた罠にハマった感じかな? 人間できるなら試したくなるものだ。


「……神罰」


「ああ、余り重く受け止めないで下さい。神様うんえいのイタズラですよ。本気で怒っているわけじゃありません」


 青ざめるラインさんにフォローを入れておく。


「だから、謝れば許してもらえるようにできています。人体錬成で得た才能はなくなりますが、寛大なものでしょう。普通ならアカウント停止されますよ」


「その、アカウント?が停止するとどうなるのだ?」


 オンラインゲーム初心者さんかな。


「この世界にいられなくなります。追放ですよ。転生もできないので、死ぬロストより酷い目に合います。これに懲りたら、インチキなんてしちゃダメですよ」


 再び青ざめるラインさんに、その他気をつけることを一通り語り、初心者講習会を終えることができた。


「お、説法は終わりか?」


「僕は聖女兵です。シスターの真似事ロールプレイなんてしません」


 揶揄からかうポルカに視線を向ける。


「で、水底の迷宮に行くんですよね? 出発はいつですか?」


「明日」


「また、急ですね」


 いつも綿密に計画を立てるポルカにしては雑すぎる。


「今月、登録者数や観覧数が最悪でさ。いつもの半分以下だから生活費がやばい。ここで1発当てないと収益が時間差で俺を殺しにくる」


「あー…いつものように僕が配信に参加すればいいんですね」


「YES! YES! YES!」


 僕はため息をついて、参加した配信を振り返る。


 ポルカさんとフレンドになり、何度か配信にゲスト参加するようになった。


 普通に迷宮を攻略していただけだが、ゲスト回だけやたらと再生数が多かった。僕とポルカで考察した結果、1つの答えに辿り着く。


 少女が配信に映っていた。つまり僕だ。

 

 VRゲームは年齢や性別の変更ができない。昔は性別を自由に変更できたが、とある事件がきっかけで禁止となった。自律神経に異常をきたして、交通事故や、階段から滑り落ちるなど事件が多発したのだ。体格や性別の大きく異なる身体アバターを動かし慣れると、現実の身体で誤作動を起こすらしい。


 しかし今、僕らが遊んでいるのはアングラな違法スレスレのゲーム。性別や体格を変えるのも自由自在。


 そんな事を知らない視聴者は誤解したのだ。ぼくが本物のメスガキだと。


「それで今度はラインさんも巻き込んで、綺麗どころを増やしたわけですか」


「美少女2倍で、再生数も2倍! どうだ! 完璧な作戦だろ!?」


「それ、ポルカさんの存在意義あります?」


 男性実況者でもバズるやつはいる。それは地道な下積みだったり、企業の力だったり、奇跡が起こったりと様々だ。問題はバズったその後だ。


 本人に魅力がなければ続かない。


 それを裏付けるようにポルカの視聴数は半減して、登録者も伸び悩んでいる。


「……うぐっ、だってさぁー」


 ぐうの音も出ない売れない実況者を差し置いて、僕はラインさんに声をかける。


「貴方もわざわざ付き合わなくてもいいですよ。どうせ、呪いを解く代わりに配信に参加させようとしたんでしょ? ポルカさんは僕が引き受けますから安心して下さい」


「え、プラナ。なんでそんな酷いことするの? 俺がせっかく約束を取り付けたのに」


「呪いを解いたのは僕です。その約束に口を出す権利くらいありますよ」


 項垂れるポルカの横で、ラインさんは考えるように目を伏せて口を開く。


「いや、申し出は有難いが私も同行しよう。約束もあるがプラナ殿を紹介してもらった恩に報いたい。水底の迷宮なら私でも力になれるはずだ」


 この人、真面目ちゃんだ。

 こんな真っ直ぐな性格なのに、なんでアングラなゲームしてるんだろう。


「おっしゃー! そうと決まれば今日は宴だ! ロックのオヤジー! 日替わり定食2つー」


 テンション高めのポルカさんが、注文すると看板娘のロッテちゃんが料理抱えて駆け寄ってくる。まだ12歳のロッテちゃんだが、一人前に仕事をこなしている。元々病弱だったとは思えない働きっぷりだ。


「はい! いつものね!」


 僕らの注文はテンプレ化しており、こうして素早く支給される。ロックのおじさんは先読みして調理してるらしく、僕らが捻くれた注文をしても読み切ってくる。


「プラナ様……そのぉ……どうぞ」


 ロッテちゃんがモジモジしながら、料理を1品僕の前におく。


「……ロッテちゃん。知ってると思うけど、僕は食事を必要としません」


「でも、食べられないわけじゃないでしょ?」


「そうですね。だけど僕の国では食事を禁止されています」


 正確にはVRゲームでの食事が禁止されている。昔、満腹中枢を刺激させ、空腹を紛らわせるダイエットが流行した。VRゲームだと美味しい料理が食べ放題! そんな謳い文句で打ち出されたダイエットは餓死者が出たことで規制された。


 学校の教育ビデオではガリガリに痩せた被害者の写真を見せられ、軽くトラウマなった。


「すまねぇ、プラナ様。この料理はロッテが作ったものなんだ。味見でもいいんで食べてはくれないか」


 厨房から筋肉ダルマが現れた。ロッテの父親で、この定食屋の店主をしているロックさんだ。


「味見……ですか」


「ああ、同郷のハイシンは遠慮なく食ってるし、絶対に禁止されている訳ではないんだろ?」


「それは、そうですが」


 確かに推奨しないだけで、禁止ではない。


「プラナ様ぁ…」


 目の前には瞳を潤ませるロッテちゃんと、少し形の崩れたオムレツが一皿。きっと教えたレシピ通り、ひき肉と玉ねぎが詰まったオムレツだろう。僕のために一生懸命作ったことが嫌でも伝わってくる。


 くそ、神様うんえいめ! なんて卑劣な罠を仕掛けるんだ。こんなの食べるしかないじゃないか。


「わかりました。ありがたくいただきます」


 スプーンですくい一口。


 あ、これ旨いヤツだ。


 形こそ悪いが、味付けは完璧だ。ひき肉も柔らかく玉ねぎやソースが絡まり、美味しさを引き立てている。ロッテちゃんの手前、食べ残すわけにはいかない。決して僕が完食したいわけではないのだ。ほら、残すのは勿体無いし。


 言い訳をしていると、オムレツが無くなっていた。


 おかしい。僕は何もしていないのに、食べていたらオムレツが消えていた。 


 ポルカやラインを見ると、もちょうど食べ終わる所だった。どうやら僕は、時を忘れて夢中でオムレツを食べていたらしい。


 どうしよう。まだお腹は空いてるのに、勝手に消えないで欲しい。


 空の皿にしばらくスプーンを彷徨わせも、得るものはなく、仕方なく両手を合わせる。


「ご馳走様でした。ここでの食事は初めてでしたが、美味しかったです。ありがとうロッテちゃん」


 ゲームで食事をしたのは初めてだが、これは規制されるわ。金欠でまともな食事ができないポルカがゲームでグルメ巡りをする理由もわかった。現実リアル遜色そんしょくなく、いや、それ以上に美味しくいただけるのは反則だ。


 この後、ログアウトして母さんの用意した夕ご飯を食べれるだろうか。考えると急に不安になってきた。


「ロックさん、いつもの部屋空いてますか?」


 ロックの定食屋は2階が宿泊施設となっており、冒険者が活動する拠点でもある。なんだかんだ常連の僕は専用部屋を貸し切っており、いつでも泊まれるようにしている。


「もちろん、いてるとも」


「じゃあ、僕は明日の準備に取り掛かります。ポルカさん、後で細かい打ち合わせをしましょう」


「おう、よろしく頼むぞ!」


 みんなを残して2階へと上がる。

 

 なんか、ロックおじさんが涙目になってたけど、玉ねぎが目に沁みたのだろうか。



⭐︎⭐︎⭐︎バリア王国騎士ライン=レジニアス



「……店主殿はなぜ泣いているのだ?」


 プラナの小さな背中を見送りながら私は問いかけた。筋肉の塊でできたような男が、ポロポロ泣き始めたら気にもなるだろう。


 ポルカに向けたはずの言葉に、店主は『よくぞ聞いてくれた』と破顔はがんさせる。


「あぁ…すまない。プラナ様は娘の恩人でな。ロッテの病を治してもらってから、いつかは報いたいと、いや、プラナ様に報われて欲しいと思っていてなぁ」


「……報われて欲しい?」


 神罰や世界のことわりを教わり、確信したことがある。


 プラナは神託ではなく、確実に神と言葉を交わしている。


 神と対話できるプラナは神官か、それ以上の地位や実力を持つ強者だ。彼女が争いごとや労働と無縁であることは、純白の柔肌と綺麗な指先から見て取れる。同情するような物言いに違和感を覚える。


「プラナ様は人並みの幸せを知らないんだ。いつも誰かのために傷ついて、寝ることも、メシを食うことも許されねぇ。だからせめて美味いメシくらいはと。神の使徒と言えば聞こえは良いがあんなのは奴隷より酷い…」


NPCテメェらに何がわかるってんだよ」


 店主の言葉が、冷たい声で遮られる。振り返るとポルカが、濁った瞳で店主をめ上げたていた。


 思わず帯刀した柄に手をかける。


 大量に首を転がした時ですら、見せなかった殺気がポルカから溢れていたからだ。


「プラナが食べないのは、あいつがそうしたいからだ。テメェらにとやかく言われなくても、自由に楽しくやってんだよ」


「ハイシンっ……お前、仮にもプラナ様の友達だろうがっ!? なぜ食事すら許されない現状に口を出さない? 同郷であるお前の言葉なら、プラナ様だってきっと…」


「それが余計なお世話だって言ってんだよ。アイツは食べないと言ってるのに、ガキを使って無理やり食わせやがって……なんでプラナが自分から料理を注文するまで待てなかった?」


「それまでご馳走を前に腹を鳴らしているプラナ様を見てるだけか!? ンなもん待ってられっか! 食べることすら規制する、お前の国が狂ってるんだよ!」


「ほぅら。結局、正義感に酔った自己満足なんだよ!」


「お前にだけは言われたくねぇな! この英雄狂いがぁ!」


「うるせぇ! アイツを可哀想だと見下すんじゃねぇ! プラナはお前らが考えるより、ずっと強ぇんだよ!」


 まずい。これ以上は殺し合いに発展する。

 戦場で何度か経験した首筋をなぞるような悪寒。濃密な死の気配があたりを支配する。


「はい、そこまでです」


 いつの間にか二人の間にプラナが割り込み、ポルカの膝を蹴り上げる。


「痛いってぇ! 何すんだよ!」


「ケンカはダメです」


 ロッテが泣きながら呼び出し降臨したプラナによって、殺し合いはアッサリお開きとなった。


 国が危険視しながら手を出さない男を、こうも簡単に制圧するとは。


 やはり最強は、プラナ=グレイか。

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