メインクエスト:配信で迷宮を走破せよ

第5話 フレンド

⭐︎⭐︎⭐︎バリア王国騎士ライン=レジアニス


「いやー大きな街ですね!」


 大きな独り言に私は振り返った。今度こそ私に話しかけたのだろうと期待したのだ。だが、やはり自称『英雄』は誰もいない虚空に話しかけていた。


「広大な地図マップで驚きましたよ。配信前に試しに民家に入ってみたらしっかり細部まで作り込まれていました。しかも住民のモブまでしっかり配置されててえらく怒られちゃいました。やっぱり壺叩き割ってお金を集める趣旨ではなさそうですね」


 ヘラヘラ笑いながら私の隣を歩くこの少年は壊れていた。


 時々いるのだ。常に命の危険に晒され続ける冒険者は、頭のおかしい奴らが一定数いる。ただ、この少年の場合は存在しない複数の誰かと会話をしたり、独り言がやたらと大きいだけ。他者を害さないあたり、マシな壊れ方と言えようか。


「あ、すみません。今配信してるんですけど大丈夫ですよね? 依頼主から聞いてるとは思いますが」


「ええ、大丈夫です」


 彼の言う『ハイシン』とは彼がダンジョンや討伐の依頼を受ける際に条件として提示されるものだ。なんでも依頼中に『ハイシン』をしたいのだと言う。言葉の意味するところは分からない。ただ『ハイシン』をしている彼はこのように延々と言葉を垂れ流し始めるのだ。


「あ、紹介が遅れましたね。皆さん、こちらが今回一緒に冒険をしてくれるラインさんです。ここ最近街を騒がせている盗賊と戦ってくれる仲間です。ラインさん『みんな』に挨拶お願いできますか?」


「……はい、『みんな』に……ですか。分かりました。……ご紹介に預かりました。バリア王国騎士団所属の見習い騎士。ライン=ヴィオレットです。皆様よろしくお願いいたします」


 私は彼の指差す方へ頭を下げる。すれ違う人々が何事かと視線だけよこすが、関わらぬが吉と通り過ぎていく。私も仕事でなければこんなイカレタ冒険者と関わりたくない。


「ラインさんは少しロールプレイ色強めの人ですが、真面目でいい人なんですよ。何より美人! 見てくださいよこの造形美! もはや芸術ですよ!」


「あ、あの、あまりからかわないでください」


 いきなり誉め殺してくるし、もう何を考えているのか分からない。


「いやー……本当にどうやって『作った』んでしょうねー。モデルクリエイターは神かな。僕も何体か女性は『作った』ことあるんですけど。ねぇ……ラインさん」


「な、なんでしょう」


「君を作ったのは誰ですか?」


「……っ!」


 ああ、本当に何を考えてるのか分からない。


 ただ、はっきりしてるのはバリア王国という小国が、人体錬成という禁忌に手を出し、強化騎士を『作っていた』事実をこの少年は知っている。


 話ぶりからこの少年も強化騎士計画に携わっていたのだろう。なにせ私のような存在を何体か『作って』いたのだから。


「……私も知らされていないのです」


 事実、実験体でしかない私は何も知らない。


 じっと数刻私を見つめていた少年はニッコリとお笑い、


「そっか、知らないんですか。是非お話したいと思いましたが、本当に残念です」


 あっさりと諦め、さぁ行きましょう、と私に案内を促した。


 答えを持たない私を気遣った……のだろうか。


 いや、そんなことはないだろう。すでにギルドで危険人物として周知されているのだ。そのような男がそのような気遣いを持ち合わせているわけもないだろうに。


 それから、街中を歩くこと数時間後。


 相変わらず場違いなことを喋り続ける彼の先導で、湿っぽい裏路地へと足を踏み入れた。


「ここに盗賊団のアジトがあります。名前はなんと言いましたか……そうそう、『穴蔵の兎』でしたね。すごいですよね。自らを弱く臆病なウサギにみたてて、慎重に逃走と生存を優先する盗賊団なんて。お陰で調査に時間がかかりました」


 穴蔵の兎は事件の規模こそ小さいが、略奪行為から始まり、人身売買、薬の密売など数々の犯罪に手を染めている。浅く手広く活動し実態が掴めずにいる犯罪集団だ。


「あの、不躾ですが、本当にこれから向かう先にアジトがあるのでしょうか? 我々騎士団も何度もアジトを突き止め突入しましたが、兎はすでに逃げたあとだったり、偽の情報だったりとしたのですが」


「ああ、その辺は大丈夫です。ミニマップにも当主であるハンスは捉えてますし、その他ネームド持ちの幹部も確認しています。ミニマップ便利なんですけど、こういう調査系のイベントだとメタ視点になって冷めちゃいますよね。いくらポイントマーカーで登録したからと言ってNPC、PC問わずにマップに表示されるんですから」


 ははは、と軽く笑いながら少年は唐突に壁を蹴破った。


「な、なんだお前はっ!」


 崩れた壁の向こうでは薄汚い身なりの男が数名、唖然とこちらを眺めいた。


「じゃあ、早めに終わらせましょうかラインさん。もし僕が危なそうな援護お願いしますね。それまでは体力温存させて置いてい下さい。まあ、多分僕一人で大丈夫だと思いますが」


 私にそう告げると少年は男たちに向き直る。


「やぁ、皆さんこんにちわ。あなた達がNPCかPCかは分からないのですが、自己紹介をさせて下さい。僕はポルカと言います。主にゲーム実況をしています。もしこの戦闘で興味を持たれましたらチャンネル登録といいねをお願いします」


 まるでお客様を相手するように、これから戦う男たちに語りかける少年。


 盗賊団であるかの確認とか、警告とか、罪の追及などではなく、ただ自己紹介して剣を抜く少年はただただ狂っていた。


「さて、まずは一人と」


 少年の言動が理解できず、私も男たちも動かずにいる中、少年はひょいと軽く踏み出して首を一つはねた。


「はい、なんとこのゲーム急所さえ狙えば一撃で敵を倒すことが可能なんですよ。敵が魔力を纏ってると難しいんですけど、今のように戦闘態勢に入っていなければ有効なので憶えておいて損はありません。そして……」


 少年から魔力が放たれ、男たちにぶつけられる。剣を抜き魔力を纏った先から魔力が引き剥がされた。


「高濃度の魔力をぶつけることで弱い魔力障壁なら無効化できます。あとは作業ですね」


 蹂躙だった。魔力障壁は剥がされては首を切られ、剥いでは切ってを繰り返す。そう、それこそ作業として23人の命が容易く刈り取られた。一切の無駄なく時間にして13秒。


「と、ザコ戦はこんなもんですね。スキルに魔力を割くより効率的に処理することができます。魅せプするなら素直にスキルを使いましょう。そっちの方が爽快感もありますしね。じゃあ、ボス部屋に移動します。ラインさん、ついてきて下さい」


 抜き身の剣を振りなが私に笑顔を向ける。


 何コイツ。めっちゃ怖い。


 人を殺すだけのゴーレムだ。人はあんなにも感情もなく淡々と人を殺せるのか? あんな、あんなっ!


 私は震えを堪えて歩き出す。少年に不快にさせることが何より恐ろしかったからだ。


 道中の敵は同じ要領で首を切られて絶命していく。同じように、同じように、絶対に首だけ一振りで切断されていく。ゴロゴロと首が転がる廊下を進み最上階へ。


 厳重そうな重い扉を蹴破って開けると、そこには金目のものを袋に詰め込み逃走を図ろうとする人物がいた。


「ひゃっ、貴様はっハイシンかっ! 何でここが? 下の連中はどうなった!?」


「こんにちはハンスさん。僕の名前は『配信』ではなく、ポルカです。何でみんな僕をハイシンと呼ぶかなぁ……」


 明らかに不機嫌な様子で少年は剣を抜き、魔力をぶつけて首をはねた。強者であるはずのハンスの首はその他大勢と同じように転がり停止する。


「よっし! イベントクリア! タイムは3分15秒! なかなかいい記録でたんじゃないですか? この方法は特別なスキルや職業を必要とせず、高いレベルと魔力さえあれば簡単に再現できます。もし、この情報が役に立った、参考になったて人はこれからもこのゲームの効率的な攻略を配信していきますのでいいねとチャンネル登録お願いします」


 トコトコと私に近づいてきたので思わず身構えてしまう。


「今日は協力ありがとうございました。結局ワンマンプレイになってしまいましたが、依頼内容通り達成されました。事前の話し合いでは僕一人で倒しても構わないという話でしたけど、やっぱり戦いたかったですよね?」


「いえ、そのような事は……こちらこそご協力感謝します!」


「おお、やはりロールプレイは崩さないんですね。さすがです。おっと、配信を止めてっと……」


 くるりと踵を返した青年は、満面の笑顔だった。


「ラインさん、あなたの呪い解いちゃおう! フレンドと会う約束をしているからさ、そのついでにね」


「……は? はぁ?」


「最大魔力が低下する呪いだよね? 魔力は生命力、このままだと死ぬよ」


「ほ、本当にこの呪いを?」


「うんうん、ただし条件があるんだ。僕のフレンド恥ずかしがり屋だから、存在を周りに言いふらさないこと。それと、明日に水底の迷宮ダンジョンに潜るんだけど手伝って欲しいんだ」


 水底の迷宮。


 主に雑魚スライムが沸く、初心者向けの迷宮だ。すでに走破済みであり、私でも攻略は容易いだろう。


「ああ、それくらいなら」


「そこで配信をするけど大丈夫だよね?」


 『ハイシン』。


 二つ名の由来となる言葉。どんな意味を持つのか分からないが、一説には悪魔と交信していると噂だ。


 『背神』。神に背く。


「……よろしく……お願いします」


 例えこれが悪魔の契約だとしても、私は死にたくなかったのだ。


⭐︎⭐︎⭐︎ロックの定食屋


「初めまして。僕の名前は銀灰プラナ=グレイです」


 冒険者ギルドが提携する定食屋に、やってきたのは奇抜な修道服に身を包む幼い少女だった。おそらく10歳にも満たない子の登場に私は大いに動揺した。


「ポ、ポルカ殿。まさかこんな子供に解呪させるつもりか!?」


「貴方の事情はポルカさんから伺っていますので、さっさと解呪しましょう」


 そう言って、少女は私の腹に手を当てる。


「まさか、ここで!? 教会でも解呪できないから私はっ!」


「安心してください。僕は一騎当千マイティウォリアの聖女兵です」


 少女の手から光が溢れる。その源はちりにも満たぬ極小の光点。まるで夜空の星を、手中に納めたような光景に言葉を失う。


「『星の教会』は常に僕と共にあります」


 そんな言葉と同時に、3年間私を蝕み続けた呪いは呆気なく消え去った。

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