第4話 人形【自衛隊視点】

⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ


 ベットの上だった。


 あっさりログアウトを果たした僕は、旧世代のVR端末を取り外した。


 見渡すと見慣れた自室が当然にあり、ゲームでは残骸と化していた家具も何事もなく並んでいる。


 悪夢から覚めた感覚で、安堵のため息をつく。


「……母さん」

 

 一応、リビングでくつろいでいるであろう母さんを見ておこう。


 2階の自室から1階のリビングに降りると、ネット配信番組をさかなに、だらしなく飲酒している母さんがいた。


 時刻はすでに深夜1時。ただ、明日から連休が始まるので、ハメを外しても文句は言うまい。


「ん? かたるどうしたんの? うるさかった?」


 僕の存在に気づいた母さんが、フニャとした声をかけてきた。


 これは、酔っ払ってるなぁ。


「大丈夫だよ。少し喉が渇いただけだから」


「そ、ならさ一緒に見る? 動物動画で一緒に癒されようゼェー」


「また今度ね」


 酔っ払いの絡みを適当にあしらいつつ、横目で飾れた不細工なヌイグルミを確認する。


 ま、そうだよね。ゲームはゲームだ。


 水を飲んで2階の自室へと帰ってきた。


 いやー……いい歳して恥ずかしいな。


 VRゲームで怖くなったから母親の顔を見に行くなんて、小学生かよ。


 僕は今年から中学2年生。


 ゲームもほどほどにしないとね。


 今日はもう眠って、翌日からまたログインしよう。


☆☆☆☆ 郷田 勝


 プラナが意識を失い倒れた。


 それは危険な魔獣が闊歩するこの世界では死に直結する。


 事実、自衛手段は全てプラナという幼い子供に依存していた。速やかに結界で守られた拠点ベースキャンプまで移動しなければならない。魔獣と遭遇した時点で全滅は必至だった。


 数時間に及ぶ撤退は、結果から言えば無事に果たす事ができた。


 来た道を辿る都合、退路が確保されていた事。拠点との距離がそこまで離れていなかった事。何より、気絶したとはいえ、プラナの存在は魔獣に警戒心を抱かせるのに十分だった事が幸いした。


 だが、問題が解決したわけではない。

 

 プラナが目覚めない間、結界に持続性はあるのか。今後の食料問題。そして何より、


「錯乱して自殺を図った?」


「くそっ! 政府は何を考えている!」


 普段は物静かな隊員ですら声を荒げて壁を殴りつけていた。


 プラナ・グレイが語った生い立ちを聞かされた時から隊員達は憤りを感じていた。人権を無視した人体実験を我が国が行なっていた事実。


 政府へ対する不信感が蔓延していた。


 この仕事をしていると国の嫌な側面を見ることは珍しくない。政府の不祥事の隠蔽工作に駆り出されたことも、謎の自殺を図った戦友を倉庫で発見した事もあった。


 それでも他国よりはマシなのだと不満を飲み込んできた。


 だが、これは看過できない。あまりに惨すぎる。


 きっと政府はこの転移事件を以前から把握していたのだろう。異世界や現代兵器が通用しない魔獣の存在も。


 だから対抗策を講じた。


 その結果生まれたのが、記憶を奪われ、異世界に送り込まれ、傷つきながらも戦わされる少女だというのか?


「プラナちゃん、お母さんに会いに行くって、震える手で自殺しようと……でも、そんな状態でも郷田さんの事を気遣って撃てなくて……。あんな優しい娘がっ……こんなの酷すぎる」


 乃楽が言うようにプラナ・グレイは優しい娘なのだろう。いや、優しすぎるのだ。常に無表情な彼女が唯一表情を和らげた瞬間が脳裏に蘇る。


『よかった。皆さん無事ですね』


 ああ、知っていたとも。


 部隊が彼女に救われた時、俺たちの無事を確認した彼女が安堵の笑みを浮かべたその瞬間を目にした時から。


「みんなっ! プラナちゃんが目を覚ましました!」


 交代で看病していた隊員からの報告だ。


 俺は皆を一瞥し指示をだす。


「彼女は一種のパニック状態にあり、自傷する可能性がある。前面での対応は交流もあり、同性である乃楽をあてる。大人数で押しかけるのもなしだ。彼女がまた自傷行為に及んだ時、対応できる最低人数……乃楽と私、そして秋葉、着いてきてくれ」


 先ほど報告に来た秋葉隊員を加えた3名でプラナの病室へ向かう。乃楽が静かに扉を開いた先に、彼女はいた。目に見えて落ち込んだ様子でベットに腰掛け、入室した我々に視線を向ける。


「ごめんなさい」


 それが彼女の開口一番の言葉だった。謝ることなど何もないのに。


「僕が気絶したせいで部隊を危険に晒してしまいました。皆さんの護衛をするはずが、逆に助けられるなんて一騎当千マイティウォーリアとして情けない限りです。でも、安心して下さい」


 少女はその無機質な表情で我々を見上げる。


「対応マニュアルに習い、鎮静プログラムを起動しました。今の僕はです。現時刻を持ってして作戦行動が可能となりました。ご指示を」


 あんなに取り乱し、気絶までしたというのに、何事なかったように振る舞う彼女は間違いなくだった。

 鎮静プログラムが何かは分からないがプラナの精神に作用するもので間違いがないだろう。錯乱しても仕方ない精神状態を無かった事にする極めて悪辣な何かだ。


「プラナちゃん……あの、これ。あなたのものでしょ?」


 プラナの異常性に気圧されそうな中、乃楽がぬいぐるみを差し出した。気を失うまで大切に抱えていたソレは彼女にとって特別なものであるはずだ。


「すみません。あれ、勘違いでした」


「え」


「僕はいらないので、捨ててください」


 勘違いのはずがない。確かにプラナはぬいぐるみをきっかけに記憶を取り戻していた。


「それで、次の任務は?」


 そう問いかけるプラナを見てゾッとする。


 瞳に感情と呼べるものが見えない。


 声には感情が乗っていない。


 言葉はただ順従に任務を求めるだけ。


「あぁ…くそっ、日本はなんてヒデェことを…」


 背後で待機していたで秋葉隊員が言葉を吐き捨てる。


「プラナちゃん……」


 乃楽が我慢できずにプラナを抱き寄せた。


 されるがままのプラナは、虚空を見つめたまま動かない。


 その様はまるで、人形のようだった。



⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ



 僕は仮装窓ウィンドウを表示された文字に唖然としていた。


『NPCからの信頼度が規定値を下回りました。自衛隊からの任務クエストを受領できなくなりました』


 仮装窓ウィンドウに示された『信頼度:35%』の数値。


 ええ……一回の失敗でここまで信頼度下がっちゃうの?


 なんか自衛隊の人たちの様子がおかしいので、通知アナウンスを確認したら、予想以上に信用を無くしていた。


 まあ、死にかけたのだから、当然と言えば当然なのだが。もう少し手心をいただきたい。結果的に死者を出さず任務クエストを完了したんだぞ。


 乃楽さんはシクシク泣いて僕を抱きしめて離さないし、部屋全体の空気は最悪だ。


 分かりやすいBADENDバッドエンドだった。


『しばらく身体を休めなさい』


 お通夜みたいな話し合いは、郷田さんの一声で解散となった。


⭐︎⭐︎⭐︎


 その後、僕は1週間の間、信頼度を回復させようと努力した。


 ひたすら任務はないか聞いて周り、強さをアピールするために、周りの魔獣を一掃して屍の山を築いて見せた。


 ドン引きされた。


 『信頼度:28%』


 民間人や自衛隊のために豪勢な料理を振る舞った。乃楽さんが『プラナちゃんは食べないの?』と、心配そうに聞いてきたので、食事は魔力で補うので必要ないと答えた。付け加えて、食料は僕の魔力で作るので問題ないこと、魔力は僕の生命力みたいなものなので、普通の食事より栄養満点であることを説明した。


 食卓の空気が死んだ。


『信頼度:16%』


 どうにも僕が子供扱いされている気がする。一騎当千マイティウォーリアとして覚悟を見せるため、自衛隊の面々を集めた。痛みなど平気で怖くないと分からせるため、自分の片腕を切り落とした。すぐさま腕を拾って『治癒』でくっつける。


 メッチャ怒られた。


『信頼度:7%』


 な、何故だ!


 何をしても信頼度が下がっていく。


 『民間人を救助せよ』と題した任務クエストも終わりが近い。


「はあ、しょうがない。任務クエスト終了の準備をするか」


 僕は自衛隊や民間人全てを広場に集めた。


「プラナちゃん、今度は何をする気なの?」


 僕の信頼度が低い故に、乃楽さん含む面々は疑惑の目を向けてくる。


「準備が整ったので皆さんを日本へ帰します」


 僕の言葉にどよめきが起こる。


「ほ、本当に帰れるのか!?」


 民間人の声に、僕は頷いて答えた。


「聖女兵装『星扉スターゲイト』起動」


 大量の魔力を代償に、次元の壁をこじ開ける。

 架空に出現した亀裂の先に、現代日本の街並みが見える。


「扉の維持にも魔力を使います。早めに潜り抜けて下さい」


 皆が動かない中、民間人の中に紛れていた三千院さんが歩み出てくる。


「ありがとうございます。この恩は決して忘れません」


 そう僕に頭を下げて、躊躇なく亀裂を潜り抜けた。


「……難波駅……間違いない……皆さん! ここは日本です! 帰れますよ!」


 亀裂の先から三千院さんの声が聞こえる。


 やっぱこの娘はネームドだわ。自分で開いといてなんだが、正体不明の亀裂に入っていける度胸がすげぇ。


 三千院さんの言葉でわっと民間人が亀裂に殺到する。


「落ち着いて下さい。一列に並んで、子供と女性を優先して下さい!」


 自衛隊が混乱を納めて、次々と亀裂に民間人を誘導していく。最後に残った自衛隊も後に続く。


「プラナちゃんも早くっ!」


 全員が通り抜けた後、亀裂の向こうから乃楽さんが手を伸ばしてくる。


 危ないので障壁を展開して、こちら側に来れないようにする。


「プラナちゃん! 何をしているの!?」


「すみません。僕はそちらには行けません。活動領域プレイエリア外なので」


「どういうこと?」


「僕には日本で活動する権限がありません」


 アップデートがあれば日本マップも解放されるかもしれないが、今は異世界だけが活動領域プレイエリアだ。

 

「何を言ってるの! そんな命令なんて聞く必要ない!」


「さようなら、乃楽さん。お元気で」


「プラナちゃん!」


 魔力が底を尽きそうなので、『星扉スターゲイト』を解除して亀裂を閉じる。


 最後に見た乃楽さんは泣いていた。


 きっと『信頼度』がもっと高ければ、こんな後味が悪い結末にならなかったのだろう。


 僕が感傷に浸っていると、仮想窓ウインドウ通知メッセージが届く。


 そこには任務ミッション終了を告げる文字と、


『プラナさん、今暇? バリア王国の王都で久々に会って話さない?』


 このゲームで1人しかいないフレンドからのお誘いが届いていた。


 『英雄』を自称する変わり者の実況者。


 ハンドルネームを『ポルカ』としてるが、気軽にそう呼ぶものは少なく、NPCの間で恐れられている。その理由は彼のプレイスタイルにある。


『魔力が回復したら向かいます。2時間後にロックさんの定食屋で落ち合いましょう』


 簡素な返信をして、空を見上げる。


「また、大量虐殺してないといいけど……」


 1人なら殺人犯。10人から殺人鬼。100人殺せば英雄になれる。


 ありふれた漫画の受け売りを信じて疑わない彼は、ゲームなのだからと、気軽に殺人キルをする男だった。

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