第3話 ログアウト

 自衛隊へ無事に子供達を引き渡した僕はやることがなくなり、ニートになってしまった。


 仕方がないので自衛隊の方々に聞き込みをして、自分が手伝えることを探して回る。


 初めこそ渋っていた自衛隊の皆さまだが、僕の根気強い説得もあり、一つの依頼を受けることができた。


「ご遺体の捜索……ですか」


 自衛隊から語られた内容をざっくりまとめた。


「ああ、本来この緊急事態ならば後回しにしている所だ。だが、我々の殆どが待機状態だ。動かせる隊員にも余裕がある。現状この場所もプラナ君ので魔獣の脅威はない。よしんば結界が破られるようなら、我々がいたところで大したことは……悔しいが、できないだろう」


 僕が拠点とするこの場所は聖女兵装『星宿ほしやどり』による結界が施されている。大森林の魔獣程度であれば絶対領域として機能し、外敵を寄せ付けない。欠点があるとすればこの大規模な結界を維持できる聖女兵装が一つしかないことくらいだろう。


 自衛隊に余裕があるのも頷ける。物資の配給と治安維持に努めてさえすればいいのだから。


 だが、余力はあれど戦力はない。


 魔力を持たない自衛隊の装備では魔獣にかすり傷を負わせることすら出来ないからだ。そこで僕の出番というわけか。


「可能なら遺体の回収……無理なら身元が特定できる手がかりでもいい。ああ、勘違いしないでくれ。流石にプラナ君に遺体の相手はさせない。我々が遺体の捜索をする間の護衛をしてほしい」


 確かに遺体の捜索方法なんて分からないし、無理に手伝っても迷惑をかけるかもしれない。それなら護衛として役割を分けた方が効率は良さそうだ。


「了解しました」


 敬礼で答える僕を、自衛隊のおじさんは物悲しい表情で見下ろし、


「ああ……よろしく頼む」


 声を絞り出した。


⭐︎⭐︎⭐︎ケティル大森林 北部


 やはり自衛隊の皆様はフィジカルが違いますわ。2時間も森の中を歩いているのに進行速度が衰えることはない。非常に護衛しやすい。


「プラナちゃん無理してない? 大丈夫?」


 時折こちらを振り返り声をかけてくる人物がいる。自衛隊員の中で唯一の女性であり、僕に積極的に関わろうとする数少ないNPCだった。


「はい、僕は魔力で疲労も回復するので問題はありません」


「……さっき魔獣に腕を噛まれてたでしょ」


 10分ほど前。


 魔獣の襲撃に際して、自衛隊を守る為に負傷する場面があった。腕を軽く噛まれただけなのだが、大袈裟に自衛隊の皆さは騒ぎ立て、なだめるのに結構な時間を要してしまった。


「傷は完全に癒えています。護衛任務に支障はありません」


「でも、いくら魔法で治るとしても、やっぱり痛いんでしょう?」


「……お恥ずかしながら」


 このゲーム完成度が高すぎて負傷すると没入感からと、錯覚してしまう。初期の頃よりマシになったが、全く痛くないとまではいかない。


「プラナちゃん。痛かったら泣いたって誰も責めないから」


「……はぁ」


 泣いたらカッコ悪いので遠慮願いたい。ゲームの中くらいカッコをつけさせて欲しい。


「それと言い忘れてたけど、助けてくれてありがとう」

 

 不意打ちでお礼を言われて反応が遅れてしまう。


「私は星影ほしかげ 乃楽のら。今更だけど自己紹介。乃楽って気軽に呼んでね」


 すごい距離の詰め方するなぁ。


 現実リアルだと下の名前でいきなり呼ぶなんてしないのだが、ここはゲームだ。


「了解しました。ノラさん」


 こう言う振る舞いも許されるだろう。


⭐︎⭐︎⭐︎


 それから時間にして1時間ほどで目的地に到着した。


 僕の眼前には、瓦礫の山が積み重なっていた。


「3日前に転移する瞬間を目視で確認している。規模は直径300mほど。集合住宅が巻き込まれ、上空100mにおよそ民家4棟が転移。落下の衝撃で全壊している。あれから3日が経過……もし、民間人が巻き込まれていたなら生存は絶望的だろう」


 自衛隊のおじさんの説明を耳にしながら僕は愕然としていた。


 こんな近場に転移があったなんて。


 僕の戦術仮想窓タクティカルウィンドウは基本的に生存者や生きている魔獣しか表示しない。今も仮想窓ウィンドウには自衛隊と僕しか表示されていない。


 つまり、ここに生存者はいない。


 それにしたって節穴か? 僕は空だって飛べるんだぞ。気づく機会なんていくらだってあったはずだ。


「……ごめんなさい……」


 気づくと言葉がこぼれていた。

 あまりに自分が間抜けすぎて泣けてくる。


「大丈夫。プラナちゃんが謝る必要なんてないんだから」


 乃楽さんが屈んで視線を合わせて慰めてくれる。


「もう! 郷田ごうださんの言い回しに配慮がないからプラナちゃんが傷ついたでしょ! ほら、謝ってください!」


「あ、うむ……すまない。君を責めるつもりはなかった」


 自衛隊のおじさん、郷田さんって言うんだ。


「まったく……普段は頼りになるのに、妙な所でポンコツなんだから。ごめんねプラナちゃん、ガサツだけどいい上司なんだ。許してあげて」


 許すも何もないのだが、僕は頷いておいた。


⭐︎⭐︎⭐︎1時間後


 そこからは特に何事もなく捜索が開始された。


 戦術仮想窓タクティカルウィンドウ敵影エネミー反応はない。周囲への警戒を続けて結構な時間が経過している。


 僕は自衛隊さん達に進捗状況を聞くため、瓦礫の山に足を踏み入れた。


 しかし、この外壁とか既視感があるんだよな。


 不思議な感覚に誘われるまま、視線を落とすと一つのぬいぐるみが視界に入った。


 不恰好な、一見すると動物かも怪しい猫のヌイグルミだ。猫どころか動物にも見えないを、僕は『猫のヌイグルミ』だと知っていた。


 僕が小学生の頃、家庭科の時間に制作した物だからだ。母さんにプレゼントしたところ凄く喜んでくれて、今でもリビングに飾ってあるのだ。


「なんで……ここゲームに……これが?」


 よく見ると散乱している家具は、小物は、電化製品は、自宅リアルにあるべきものに酷似していた。


 ヒヤリと胃に冷たい鉛が流し込まれたような悪寒に襲われる。


 ヌイグルミを拾い上げて見つめてみるも、僕の知る物で間違いなかった。糸のほつれ具合も、安っぽい生地の質感も、反芻はんすうする想い出すらコレを偽物と断ずることができなかった。


 どれだけそうしていたのか、誰かの話し声で我にかえる。顔を上げるとこちらに乃楽さんと郷田さんが歩いて来るのが見えた。


「どうだ? 身元を特定できそうなものはあったか?」


「ええ、領収書とか郵便物をまとめたものが見つかりました。名前は…天本あまもと しおりさんですね」


 知っている名前だった。


 よく見聞きする名前だった。


 天本あまもと かたるの母親の名前。


 僕の母さんの名前だ。


「安否の確認は?」

「いやーできていないですね。現場もこの有様ですし、重機があればともかく、遺体の発見は困難でしょう」


 ああ、凄くタチの悪い冗談だ。


 まだVR技術が未熟な頃、プレイヤーの個人領域パーソナルスペースから違和感を補う機能が存在した。その最たる例が、プレイヤーの記憶メモリーを流用するものだった。自己体験に基づく記憶メモリーをベースに人工知能AIが最適化された感覚や映像、情報を再現する。これまで個人差があった没入感を均等にした革新的な技術だった。同時に、それを悪用した悪戯は有名な話で、現実と錯覚した被害者が自殺して大問題になった。それからプレイヤーの個人領域パーソナルスペースに干渉するシステムは廃止された。


 理解している。


 ここがゲームであることを。


 だが、それでも。個人領域パーソナルスペースに干渉する行為が違法になる理由を、僕はこれでもかと思い知らされていた。


 理屈でも知識でもゲームであると知っているはずなのに、今なお僕は現実と錯覚しているのだ。


「プラナちゃん……何をしているの?」


 乃楽さんに呼ばれてハッと意識が戻る。


 僕はヌイグルミを抱えたまま、這いつくばって一心不乱に瓦礫を掻き分けをしていた。


 完全に無意識からの行動だった。


 非常に危険だ。明らかに精神に異常をきたしている。


 落ち着け。こういう時の対応マニュアルも学校で習ったはずだ。


「……ここ……僕の家なんです」


 片手に抱えたヌイグルミを強く抱きしめる。


「このヌイグルミだって僕が家庭科の時間に作ったもので、母さんにプレゼントしたものです。今でもリビングに飾ってあって……こんなところにあるはずがないんです!」


 魔力で強化して巨大な瓦礫を持ち上げ、後方に放り投げる。


「だから、確かめないと! 探さないと! 母さんをっ!」


 こんな悪質な冗談に惑わされない。

 冷静に、探して、調査して、現実ではないと証明しないといけない。


 その為には、見つけないと。


「はあっ…はあっ…母さんっ!」


「落ち着くんだ! こんな無茶な撤去作業をすればこの一帯が崩落するぞ!」


「……っ!」


 郷田さんの声で、持ち上げようとした瓦礫を寸前で下ろすことができた。


 ヤバい。僕、全然冷静じゃない。


 呼吸も荒く、動悸も激しい。


 ログアウトしよう。今日はもうこれ以上続けきれそうにない。


 視線操作で仮想窓ウィンドウを呼び出し、ログアウトを選択する。


『半径1kmに敵影エネミー反応あり。アバターの保護を優先。安全圏セーフティゾーンまでの移動を推奨します』

 

 初めて見るシステムメッセージがアナウスされる。


 あー……面倒くさいなぁ。


 僕は手っ取り早く死亡ロストすることでゲームを終える事にした。


 倉庫ストレージから拳銃ハンドガンの聖女兵装『星屑ほしくず』を取り出し、銃口を自分のこめかみに押し当てる。


 動揺から震える指で安全装置を外し、引金トリガーに指をかけたところで、銃身がそっと誰かの大きな手に包まれた。


 見上げると郷田さんが今にも泣き出しそうな情けない表情でこちらを見下ろしていた。


「離して下さい。このまま発砲すると衝撃で郷田さんの腕が吹き飛んでしまいます」


 聖女兵装は例え拳銃ハンドガンであろうと威力は絶大だ。その破壊力は魔力を持たない生物へは過剰なまでに発揮される。


「君は今……何をしようとしているんだ?」


「何って…」


 なんてことない質問を深刻な顔で問いかける郷田さんがおかしくて、僕は思わず笑みを浮かべてしまう。


「母さんに会いに行くんです」


 死亡ロストして強制ログアウトする。

 そしたらゲームをひとまず終えて、リビングに母さんを確認しに行く。最も簡単シンプルな解決方法だ。


「ダメだっ……許可できない」


「プラナちゃん、落ち着いて話し合いましょう。まずはそれを置いて」


 乃楽さんも近づいてきて、僕を説得しようとしてくる。


 何故邪魔するのか意味がわからない。僕はただ、母さんのいる家に帰りたいだけなのに。


 せっかく助けたNPCを傷つけることはしたくない。


 面倒だけどしょうがないか。


 忙しなく視線を動かし、仮想窓ウィンドウから無駄に長い強制ログアウトの作業タスクを処理をしていく。


『強制ログアウトの項目が選択されました。ログアウトするとアバターの安全は保証できません。本当にログアウトしますか?』


 迷わず僕は『YES』を選択した。

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