第2話 遠足

 いやー、デカいカマキリだったわ。


 僕は昆虫はわりかし好きな方なんだけど、あそこまで大きいと気持ち悪さが勝るね。


 それより、心配していた民間人なんだけど無事に間に合ったみたいだ。


 戦術仮想窓タクティカルウィンドウを見るに重症者は一人で、あとはかすり傷程度で死者はなし!

 例えゲームだろうと死人が出たら後味悪いから心から安心している。


 ただ、片足が切断されちゃった男の子なんだけど、魔法でチョチョイとくっつけて治したけど泣き止んでくれない。完全に治したから痛くもないはずなのに。


 まあ、夜道は危ないし結局は朝にならないと安全区域までは護送できない。


 体育倉庫にあったマットを床に敷き、明日に備えて休むように伝えた。みんな戸惑いはあるが思い思いに休み始めた。


 僕はというと聖女兵装の整備を始める。


 このゲームは結構不便な所があって、武器の手入れを怠ると誤作動することがままある。弾詰まりから暴発と実戦でやらかすと洒落にならない誤作動だ。


 体が覚えているなので、特に意識せず自動操作オートで整備ができるのが救いである。


「あの……助けてくれてありがとうございます」


 黙々と兵装を解体、整備する僕に、少女が話しかけてきた。


 おそらく小学生の高学年。ただ、他の児童と比べて大人びた雰囲気を感じる。委員長というよりお嬢様系。黒髪セミロングの清楚で王道な容姿をしている。


 もしかしてネームド級のNPCかな。


 好感度システムとかあると厄介だから無難に対応しておこう。流石に小学生女児ルートなんてないと思うけど一応ね。


「いえ、任務ですのでお気になさらず。何か問題でも起きましたか?」


「問題と言えるか分かりませんが……順を追って話ます」


 お嬢(仮)が言うには、昼休みに転移してから夕方まで救助を待ち、体育館に立て篭っていたらしい。良い判断力をしている。外に出てたら早々に魔獣の餌になっていただろう。


 まあ、転移後の建築物は支柱がダメになって倒壊する危険があるので一概に正解とは言えない。


 現に僕が魔法で修復や補強しなければ、近いうちに体育館は潰れていた。ただ生存時間が早いか遅いかの違いでしかない。


 しかし、彼女は最も長く生き残る行動を選択できたのだ。こればかりは手放しで褒めても良いだろう。


「すごいですね。あの状況で立て篭もる判断ができるなんて。君が指示を?」


「ええっと、はい……まあ、指示と言うか。窓の外に化け物が見えたので、みんなに出ないように言っただけで、大したことはしてません」


「いや、これだけの人数、それも子供だけとなると大人だってまとまるのは苦労します。それを説得してこの場所に踏み止まらせたのです。君のおかげで僕は救助に間に合いました。ありがとうございます」


「私、お礼を言われるような事は何もしてません」


 お嬢は謙遜しているが、すごい指導力だ。実際に僕は何度か護送任務を繰り返しているが、1番苦労したのが避難民の説得だった。僕の容姿アバターもあり、子供の指示に従わないのがほとんどだった。

 

 一通りお嬢を褒めちぎった後、話を本題に移す。


「それで、問題というのは?」


「……お昼からご飯を食べていないので泣き出す子がいまして」


 申し訳なさそうに言う少女を前にして、このゲームの作り込みに驚く。満腹ゲージがNPC全員に設定されているなんて開発者は変態さんだろうか。


「……気づきませんでした。今から全員分の食料を準備しますので、僕の前に並ぶように伝えて欲しいです。……君の名前を教えてもらっても?」


「あ、申し遅れました。私の名前は三千院さんぜんいんアスカです」


 やっぱネームドじゃん。だって苗字が三千院だよ。僕のような平凡な苗字じゃない時点で、メインストーリーに関わる可能性すらあるよ。


「こちらこそ改めまして、僕のコードネームは『灰銀プラナ・グレイ』です。護送中、もしかしたら他にも協力してもらうかもしれません。よろしくお願いします」


 僕はそういって右手を差し握手を求めた。

 ネームドだものね。友好的にしなきゃ。


「こ、こちらそよろしくお願いします!」


 慌てて僕の手を握る三千院さんをぼんやり眺める。


 きっと、明日の護送では三千院さんの助けが必要になるだろう。そんなゲームのメタ視点からこの先の展開を、半ば確信していた。

 

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎、ケティル大森林 南西部 早朝


 慣れない環境での一晩は、満足のいく休憩とはいかなかった。誰もが昨日の疲れを引きずり、ひどい顔をしている。特に、


「嫌だ! 俺歩けないよ!」


 片足を斬り飛ばされた男の子が足を抱えて泣きじゃくっていた。もちろん、僕が治したその足に傷など一つもない。


「そんな、これから安全な所に行くんだよ。傷だってもう治ってるじゃない。ほら、立って」


「治ってない! 痛い…痛いんだよぉ……」


 差し伸ばされた三千院さんの手を振り払い、男の子はうずくまってしまった。周りの反応はと言うと、うんざりした様子で冷めた視線を向けていた。


「もう傷はないんだろ?」

「痛いふりしてんだよ」

「歩けないなら置いて行くしかなくね」


 さすが子供。容赦がないコメントだ。

 

 みんなには我が儘で、甘えでしかない行動に見えるのだろう。


 ただ、僕だけは彼の気持ちを察する事ができた。


「足が、まだ痛むのですか?」


 男の子の前で屈んで問いかける。


「痛い…歩けるわけないじゃん。足が…足がっ!」


「そうですか。大丈夫です。僕も同じ経験があるので分かります」


 僕は滔々とうとうと語る。


「初めて魔獣と戦った時、腕を捻じ切られた事がありました。すぐに魔法で欠損部位を回復させたのですが、しばらく痛みで動けませんでした」


 これはゲームだと言うのに、あまりのリアルさに痛いと錯覚してしまうのだ。最近は慣れてきたけど、初期の頃は酷いもんだった。


「魔獣に腹を食いちぎられた事もありました。もちろんすぐに治しましたが、みっともなく泣きながら転げ回りました」


 ゲームですらこうなのだから、


「だから、傷が癒えても痛がるのはおかしい事ではありません。安心して下さい。君は僕が背負ってでも安全区域まで護送します」


 男の子はポカンと僕を見上げ、グッと何かを押し殺したように唇を引き締めた。


「……歩くよ」


「ん? 無理をしなくても大丈夫ですよ」


「歩くって言ってるだろ! じゃないと俺、年下の女の子に担がれて、助けられて……かっこ悪すぎるじゃん」


 男の子は歯を食いしばり、震えながら立ち上がった。


 痛むのだろう。目には涙が滲んでいるし、欠損していた足が小刻みに震えている。ただ、それを指摘するほど僕は野暮ではない。


「分かりました。辛くなったらすぐに声をかけて下さい」


 周りの子供の反応は、


「私、言いすぎたかも」

「本当に痛かったのかな……」

「ほら、やっぱり立てるだろ。演技だったんだよ」

「いつも偉そうにしてるからバチが当たったんだよ」


 評価は半々といった所か。未だ男の子を責める声は聞こえるものも、同情的な声もある。


 男の子の耳にも聞こえたのか、俯いて悔しそうに拳を握る。


 このままではまた泣き出しそうなので、僕は男の子の前に立つ。震える拳を手で包み込み、目線を合わせると身長差から見上げる形になる。


「大丈夫です。周りがなんと言おうと、君が痛みを我慢できる、すごい子だと僕は知ってます。さあ、出発しましょう」


 男の子は潤んだ瞳を腕で擦り「…ああ」と声を漏らし歩き出した。


 よしよし、これでメンタルケアもバッチリだな。進行速度も期待できるぞ。僕のロールプレイもなかなか捨てたもんじゃない。


 こうして、護送対象が全員小学生以下というサブクエストが始まった。


⭐︎⭐︎⭐︎ケティル大森林 南西部 昼頃



「あの、プラナさん。少し休憩しませんか?」


 黙々と歩いていると三千院さんに声をかけられた。振り返ると、子供たちはぜいぜいと息を荒げている。


 子供の足だとここが限界か。


「分かりました。休憩にしましょう。食料を配りますから僕の前に並んでください」


 倉庫ストレージから惣菜パンやおにぎりなど食べやすい食事を中心に配る。ついでに添えたキンキンに冷えたアイスも好評で子供達に笑顔が戻っていった。


 うんうん。子供は笑顔じゃないとね。


「プラナさんは食べないんですか?」


 僕が微笑ましく眺めていると、三千院さんに訪ねられた。


「僕は基本的に食事は必要としていません」


 ゲームだしな。この身体アバターの体調管理は全て魔法で補う事が可能なのだ。睡眠や休息すら必要としない、すごく便利な仕様である。

 まあ、食べれないことはないが、意味のない行為をしても無駄だからやらない。

 そのことを三千院さんに伝えると、


「そう……ですか」


 三千院は悲しいそうに表情を曇らせる。


 なぜ彼女がそんな表情をするのか、理解ができなかった。疑問を口にしようとしたところで、戦術仮想窓タクティカルウィンドウ敵影エネミーを発見する。


 複数体、数は12。該当するデータを照合。はち型の魔獣で呼称『バチハチ』。雷魔法を身にまとうう特殊個体だ。何故か雷に毒があり、感電すると火傷負ったうえに紫色に肌が変色して壊死する。おまけに常時毒電波を飛ばしており、長期戦になると精神汚染されるおまけつき。


 なんで知ってるかって? 僕が身をもって体験したからだよ。


「魔獣が来ます。結界をはりますので決してこの中から出ないようにお願いします」


 簡易型の結界をはり、ドーム状の光の膜が子供達を包み込む。


 非戦闘員の安全を確保し、聖女兵装『綺羅星きらぼし』を起動して小銃アサルトライフルを構えたところで音が響いた。


 叩きつけるような雷鳴と共に凄まじい速度で魔獣が姿を現した。音速を超える移動速度を持ったバチハチが移動する際に鳴り響く独特な飛行音だ。


 数は24体。少なくてよかった。


 僕は聖女兵装の飛行ユニット『流星ながれぼし』を起動。腰部の装飾が展開し変形。点火した魔力が翼のように扇状に放出。それを推進力にして空へ舞い上がる。


 続けて銃身に光の刃『星壊片ほしかけら』を装備。光の尾をひきながらバチハチの間を掻い潜り銃刀ですれ違いざまに切り裂いて行く。 


 制空権を確保。眼下を飛び回る魔獣を見下ろす。


 敵影16。


 反転して銃を構えて、魔獣の魔力周波数を検出し補足。指定した魔力周波数に追尾性能を有する光弾を乱射する。


 放射状に放たれた光の群れは流星群のように魔獣に降り注ぎ、その身に風穴を開けていく。


 敵影1。


 一際大きな個体、おそらくこの群れのボスに銃口を向けて、光の刃『星壊片ほしかけら』を射出。一筋の光が魔獣を穿つ。バチっと帯電していた雷が弾けて魔獣は動きを止めて墜落する。


 敵影0。


 ふう、数が少ないのと弱い魔獣で助かった。子供を守りながら前回のように100も1000も相手していたら危なかっただろう。


 地上に降り立った僕は、聖女兵装を収納して子供たちに声をかけた。


「安全は確保されました。幸い食事と休息も取れたので出発しましょう。残り1キロ程で目的地です。頑張りましょう」


 そう告げると、子供たちは唖然とした様子で僕を見つめていたが、三千院さんの掛け声で我に帰ったように歩き始めた。


 三千院さんがいなかったら、食事にも気づかなかったし、休息をとることもせずに無理な進行をしていただろう。今もこうして率先して子供たちに声をかけてくれるし、ネームドキャラの違いに感服するばかりだ。


 


 程なくして、無事に安全区域に辿り着いた子供たちを自衛隊のおじさんに引き渡すことができた。

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