一騎当千の聖女兵は曇らせる

スナネコ

サブクエスト:民間人を救出せよ

第1話 サブクエスト

白銀の装飾をあしらった黒と白を基調とした軍服は、戦いに相応しくは写らないのかもしれない。


 その容姿が幼く、愛らしいことも。


 肉体年齢が10歳にも満たないことも。


 性別が女性であることも。


 その全てが軍人としての資質を疑われるのは当然だ。だから僕は民間人の不安を取り除くべく、胸を飾るエンブレムを晒した。


「安心してください。僕は日本政府より派遣された一騎当千マイティウォーリァです」


 千人規模の戦力を凌駕する化け物だと証明するエンブレムは効果的に作用しただろう。誰もが僕に注目する中、小銃アサルトライフルの聖女兵器『綺羅星きらぼし』を担ぎ直しミッション開始を宣言する。


「あなた方を安全圏セーフティゾーンまで護送します」



⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ


 これはゲームである。


 異世界に迷い込んだ民間人を日本に送り返すサブクエスト。


 そう考えて僕は行動していた。


 だから魔獣に襲われていた民間人を28名も救助し、安全圏セーフティゾーンまでの護送を名乗り出た。重傷者を魔法で癒し、魔獣を聖女兵装で消し飛ばしながらここまで無事に送り届けた。

 

 ここは自衛隊が管理する避難所で、森のひらけた場所が一時避難所として利用されていた。

 実はこの広場は僕がこの救助活動をする拠点として整備した場所だったりする。詳細は省くが『結界』により安全は保証されている。

 転移に巻き込まれた自衛隊の小隊を拾ったので、治安維持と運営を任せているのが現状だ。


一騎当千マイティウォーリァ隊、聖女兵、コードネームは銀灰プラナ=グレイです。民間人を救助したので引き受けをお願いします」


 事務的に砕けた敬礼をした僕の報告を自衛官のおじさんは静かに聞いていた。

 何故か痛ましいものを見るような悲しい表情が印象的なNPCだった。


「いくつか、質問してもいいだろうか?」


 民間人を保護する事に忙しくて、詳しく説明できていないので当然の反応だろう。


「どうぞ」


「まず、君の言う一騎当千隊マイティウォーリァなんて部隊は私が知る限りでは存在しない。ましてや魔法だなんて」


「しかし、現に僕は魔法を使えます」


 聖女兵装の一つである飛行ユニット『流星ながれぼし』を展開。白銀に光ながらその場で数メートル浮遊して視覚的に分かりやすく証明する。


「ああ、聞き取りから裏は取れている……君が魔法なんて御伽話ファンタジーのような力を使うのだと避難民が口を揃えて証言してくれている。眩い光線で魔獣を倒した事も。重傷者の傷を癒した事も。ただ、理解に至るまでは難しい。あまりに荒唐無稽な話でね。そして、君が……作られた、経緯も……」


「何度も報告した通り、政府が秘密裏に進めていた人体実験の成功例が僕です」


「……っ、だがっ、君はあまりにも幼い。君のご両親だって」


「僕に覚醒以前の記憶ありません」


 確かゲームの設定ではそうなってたはずだ。


 一騎当千マイティウォーリァは未成熟の子供に魔獣のコアを埋め込む事で誕生する。もちろん成功例なんて殆どなく、適応し実戦投入出来る個体も限られている。実験の影響か、意図されたものか定かではないが術後の子供は記憶喪失状態で目が覚める。


 そんな基本設定チュートリアルを僕にしか見えない仮想窓ウィンドウに書かれた通りに伝えると、おじさんの表情は一層険しくなる。


「あの、報告はもういいでしょうか? ここから南西に5キロほどの場所で民間人を確認しています。僕は救助活動に早く戻りたいのですが」


「場所さえ分かれば我々が…」


「付近に魔獣を複数体確認しています。自衛隊の装備では突破は現実的ではありません。避難所の治安維持に尽力して下さい」


 自衛隊の銃では魔獣に傷すらつけられないことは確認済みだ。どこまで威力を高めようと物理攻撃では魔力障壁を突破できない。


 また、この避難所で活動している自衛隊員の数は15名ほど。弾薬や食料などの備蓄も乏しいのは見て取れる。


「僕が保有する倉庫ストレージから当面の水と食料を提供します。配給方法はお任せしますので、存分にご活用ください」


 僕はそう言って3メートル四方のコンテナを虚空から引き摺り出した。僕の保有する倉庫ストレージにはゲーム内ポイントで買えるアイテムが詰め込まれており、今でもポイントを消費すれば水でも食料でも自由に増やすことができた。


「それではご武運を」


「……ああ、支援感謝する」


 魔法で浮上した僕を、自衛隊のおじさんは己を恥じるように拳を握りしめて見送ってくれた。


『子供を利用する政府に憤りを感じるも、何もできない自分を嫌悪する』そんな感じのキャラ設定だろう。いいね。子供が活躍する作品では欠かせない大人キャラだ。


 きっとネームド級のキャラなのだろう。名前ぐらいは聞いておくべきだったかな。


 なんにせよ。ゲームのリアルな演出と受け答えにウキウキな僕だった。

 


⭐︎⭐︎⭐︎ケティル大森林 南西部


 満点の星空の下、その森林には異物が横たわっていた。


 それは小学校などでよく見かける一般的な体育館であった。ただ、その体育館はケーキを切り分けたように引き裂かれていた。


 亀裂から体育館を輪切りにした魔獣が中を窺っている。


 カマキリだ。


 人の倍はあろう非常識なデカさのカマキリだった。誰かのように魔獣と呼称し、立ち向かおうとする者などいなかった。


 ここには休み時間、体育館で遊んでいた12歳にも満たない児童しかいない。子供たちにとって目の前のカマキリは倒すべき魔物ではなく、ひたすらに恐ろしいバケモノでしかないのだ。


 悲鳴が上がる。体育館を斬り裂いた斬撃に巻き込まれ、片足が斬り飛ばされた男子児童が狂ったように身体をよじり泣き叫んでいる。


 逃げ惑う者、泣き喚く者、気を失う者。


 混沌とする中、少女が一人カマキリの前で腰を抜かして立ち上がれずにいた。

 

 崩れた壁の隙間から夜空が見えた。


 この惨状でも空に瞬く星々は綺麗なままで、現実味がないまま、目に映った流れ星に願うように少女は叫んだ。


「……誰か、助けてっ!」


 その瞬間、白銀にまたたく星が落ちてきた。


 カマキリと少女の間に降り落ちた流れ星。纏う光源が和らぎ、そこには白銀の装飾に身を包む少女が佇んでいた。


 黒と白を基調とした装いは、軍服のようにも修道服のようにも見えた。ただ、無骨な白銀の装飾は機械的で、一見するとタチの悪いコスプレと思えてしまう。


 だが、これは現在リアルなのだ。


 白銀の装飾は駆動、変形をしながら翼を折りたたむように少女の細いウェストにおさまる。


 自然な動作で小銃アサルトライフルがゆっくりと持ち上げられトリガーが引かれた。


 ガキョン、と甲高い金属音を響かせ、銃身が反動で跳ね上がり光弾が放たれた。


 瞬間、カマキリの頭が弾け飛び、自重を支えられないまま崩れ落ちた。


「よかった……誰も死んではいませんね」


 そう言ってこちらに振り返る少女は10にも満たない幼さだった。


 バケモノを圧倒する人物としては、あまにも非現実的フィクションな存在だ。


 その容姿が幼く、愛らしいことも。


 肉体年齢が10歳にも満たないことも。


 性別が女性であることも。


 現実身リアルのかけらもない少女は胸を飾るエンブレムを晒すように胸をそらし声を上げる。


「安心してください。僕は日本政府より派遣された一騎当千マイティウォーリァです」


 皆が唖然とする中、少女は相変わらず無表情のまま銃を担ぎ直す。


「あなた方を安全圏セーフティーゾーンまで護送します」

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