第29話 深淵04
施設には僕らと別に、5人の子供が保護されていた。
その子たちの年齢は様々で、上は14歳、下は7歳と振れ幅が大きい。みんな疑いもせずに、ご飯を食べて、衣類に袖を通し、屋内で眠っている。
孤児院が衣食住を無償で提供するわけがないので、何らかの対価が求められるはずだ。労働力ならましであり、命を奪われる事も珍しくない。
僕に彼らの契約内容を知る術はないので、救出は困難だ。下手に手を出せば、契約違反で状況を悪化させる危険もある。
魔術契約には慎重な対応が求められる。
2日目。男の子が別の施設に移動するとお別れ会をしていた。素行が悪く、厳しめの施設に入るのだと、建前を説明された。
「……あのガキは何も知らないんですね」
クズハがポツリと呟いた。
「知らない方がいいですよ」
一応、僕のお守りを渡しておいたが気休めである。1回なら助かるが、後には続かない。何もできない自分が歯痒かった。
そんな陰謀が渦巻く、孤児院3日目の早朝。
「んぎゃああああああああぁぁぁ!!」
クズハの絶叫が園内に響き渡る。
彼女はとにかく朝に弱い。起床時は寝ぼけており、光合成をしながら目を覚ましていく。今朝も庭先でポカポカと眠た気に朝日を浴びているはずだ。
いくら寝惚けて無防備とは言え、殺気や悪意に敏感なクズハが不意打ちされるとは考えもしなかった。完全に僕が油断していた。
急いで現場に駆け付け、修状を目の当たりにする。そこには頭から血を流し、のたうち回るクズハがいた。
「くそっ! このガキやりやがった! 私の花を引っこ抜いて!!」
クズハの傍らには、血が滴る花を片手に、とんでもないことをしでかしたと、顔を真っ青に震える少女がいた。
どうやら好奇心から花を引っこ抜いてしまったようだ。悪意も殺気もないはずである。
気持ちは分かるが、
僕は少女から血まみれの花をそっと取り上げ、丁寧に保存魔法をかけて
「クズハさん。大丈夫ですか?」
「先生、逆ぅっ! 花の保管より私を心配してくださいよ!」
だって、クズハの花は放置するとすぐに枯れるんだもの。優先順位は瀕死の重傷でもない限り、花に軍配が上がる。
喚くクズハに治療法をかけてやると、傷口から小さな双葉が芽を出した。可愛いね。
「可愛くねぇですよ! 血がべっとりついた双葉なんて!」
手鏡で自分の葉っぱをお手入れするクズハ。魔族なのに年頃の女の子みたいだった。
聖水で傷口を注いであげると、双葉がスクスクと成長してきれいな花を咲かせた。ドデカいユリの花だった。
「相変わらずですが、急成長で花が咲きますね」
「いえ、本来なら数カ月かけて花をつけるんですが、先生と暮らしてると成長が早いんですよ。そもそも果実も本来は実りませんからね」
どうやら聖水や、魔力たっぷりパン、そして僕のお肉が仕事をしているようだ。僕のお肉が1番であり、健康の証でもあった。
ついでに少女の血に濡れた手を洗ってあげる。血液を一滴たりとも逃さないよう、水球を回転させ念入りに洗う。よし、綺麗になった。
「…………」
「…………」
無言で少女と見つめ合う。流石に人の友達を傷つけて、謝罪の言葉もないのは、教育上よろしくない。耳元に口を近づけ、軽く注意をしておく。
「……ダメだよ。コレは僕のモノだから」
「ヒェッ」
予想より少女が怖がってしまった。
こんなにも優しい言葉選びをしたというのに、不思議だ。
首を捻りながらも、血で赤く染まった水球を、
「え、なんで私の血を
友達の血液だもの。当然だよね。
後で専用の容器に入れて保管しよう。そう考える僕の裾を掴む者がいた。
「ねぇ、今のお水……」
少女がキラキラした眼差しで、僕を見上げるていた。そう言えば、ガッツリ魔法を使いまくっていた。忘れろビームは
しかし、考えてみよう。少女はまだ7歳ぐらい。発言に社会的信用はなく、僕らが魔法使いだと言いふらしても、誰も信じてはくれないだろう。なら、雑に誤魔化しても問題はない。
「僕らは悪い魔獣を倒しにきた、魔法使いなんです。秘密ですよ」
口元に人差しを指をあて、秘密の約束をする。
ちょっとした遊び心だった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「ねぇねぇ、魔法使いのお姉ちゃん! こっち、ゲームしよう!」
約束は果たされなかった。
少女の情報発信力は凄まじく、ものの数分で魔法使いと孤児院中に知れ渡った。『手品が得意』な設定で乗り切ったが、監視が厳しくなるかもしれない。
「これがね。パソコン! 1人30分だけ使えるの!」
悪い事ばかりではない。
少女に懐かれた事で、施設の案内をしてもらい。孤児院の
「先生。やはり、ありましたね」
「ええ、孤児院の禁則事項を前提条件とした魔術契約ですね。定番通りですか」
毎日部屋の掃除をしましょう。ご飯は残さず食べましょう。夜の10時には寝ましょう。寝る前に歯を磨きましょう。
出来て当然の約束事は、一見すると簡単に思えるだろう。しかし、継続するのは容易ではない。
忙しくて掃除ができない日もあるだろう。体調不良で完食できない日もあるだろう。うっかり寝てしまい、歯を磨かない日もあるだろう。
だが、契約は絶対だ。破られた場合は、契約書に書かれた担保を失ってしまう。それが例え、命であろうとだ。
厄介なのが、施設を利用した時点で、契約が発生してしまう場合だ。施設利用が契約の同意と見なされ、禁則事項に触れると発動するトラップ。
僕らが食事を含む施設利用を避けた判断は、間違いではなかった。
「えっとね、これはインターネットで、いろんな動画が見られるの!」
少女が無邪気にもパソコンを起動させ、30分の制約が唐突に始まった。
身構える僕らの目に、ある情報が飛び込んできた。
『ご覧下さい! 都心に謎の剣が現れました! これも転移事件や海外の魔獣騒ぎと関連があるのしょうか!?』
それは赤い瞳が特徴的な剣だった。暗闇で編み込まれたその厄災を僕はよく知っていた。
「……トルネンノイト」
世界に風穴を開け、厄災を招き寄せる始まりの厄災。悪縁も良縁も関係なく束ねて刃とする。
その厄災はあらゆる情報媒体で報道されていた。
映像や写真……トルネンノイトの姿は全て、瞳がこちらを捉えていた。赤い瞳に見つめられている。それは、錯覚ではない。実際に覗かれているのだ。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。
「悪」であり、「敵」であり、「怪物」であるそれは、縁の糸をあらゆる情報媒体を通じて一気に広げ、今なお急速に拡大している。
「見る」ただそれだけで、縁は繋がってしまうのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます