第30話 ラストバトル01

 ⭐︎⭐︎⭐︎センター職員


「先輩、天使ちゃんとお花ちゃん、今日もパン食べていましたよ。どこから持って来ているか分かりました?」


 後輩が朝食の準備をしながら、聞いてくる。


「分からないわよ。外で寝ている彼女たちをずっと見守れないし」


 彼女たちを保護して3日となる。


 依然としてこちらが提供する全ては拒絶されていた。衣食住どれも受け取ろうとしない。入浴もせず庭先でじっとしている。それなのに着衣に汚れはなく、近寄るといい香りがする。天使やお花ちゃんと呼ばれる所以である。


 目撃情報によると三食規則正しく食べているらしい。スープを鍋で煮込んでいる姿を見た時は、んな馬鹿なと、二度見したくらいだ。


 無理矢理にでも食事を与えたいし、温かい布団で眠ってもらいたい。しかし、天使ちゃんの自傷行為が懸念される。各関係機関と連携し、対応を協議しているが、現状維持で進展はない。


 ただ、天使ちゃんが優しさを垣間見せる瞬間は、いくつかあった。


 他施設に移る子の見送りのため、庭先で集まっていると、お守りを渡してくれたのである。


 それだけでなく、外で遊んで転んだ子を慰めてあげたりする場面もあった。


 そして、今朝。


 最年少である女の子から『魔法使いのお姉ちゃん』と懐かれていた。話を聞くと、手品を通じて仲良くなったらしい。天使ちゃんの手を引っ張りながら、施設を案内する様子は見ていて、微笑ましい光景だった。


 スローステップだが、歩み寄りがある。


 時間をかければ、施設に馴染めるだろう。


 そう思っていた矢先だった。


「すみません。ここを出て行きます」


 パソコンで動画を見ていた彼女が、唐突に頭を下げてきた。


「ここ数日、貴女を観察していましたが、悪い人には見えませんでした。きっと、騙されているのだと思います」


「あー…えっとね、私たちを信用してくれたと思っていいのかな?」


「はい。ですが、この施設はあまりに僕らが知る孤児院に、酷似しています。杞憂で終われば良いですが、子供が送られた施設を調べて下さい」


 自立支援施設や心理治療施設のことだろうか。素行が悪かったり、脱走が続く子はやむなく送るが、彼女は何を心配しているのだろう。


「これを渡しておきます」


 私が疑問に思っていると、天使ちゃんがお守りを渡してきた。折り紙で作った星のお守りだ。私を含めた職員と子供達の分がある。


「今、騒がれている黒い剣。あの場所には近寄ってはいけません。もし、知り合いが住んでいるなら逃るよう勧めて下さい。今の僕には、これが精一杯です」


「ちょ、待ちなさい。ここを出ても行く場所なんてないでしょう」


 天使ちゃんは自傷行為もあり、脱走などしようものなら確実に他施設に送られる事になる。


「行くべき場所があります。そして、時間も残されていません」


 天使ちゃんの纏う空気が変わった気がした。


「僕は一騎当千マイティウォーリァの聖女兵、銀灰プラナ=グレイですから」


 その名前に聞き覚えがあった。ネットで騒がれていた正体不明の魔法少女。世界各地で魔獣被害が猛威を振るう中、日本だけを守り続ける少女の名前だ。


 数々の動画や画像、証言が飛び交い、日本政府が関与を否定し続けている。私もその存在には懐疑的であった。だが、この少女は……


「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎!」


 お花ちゃんが懐から麻袋を取り出し、地面に叩きつけた。途端に煙が湧き出し、視界が塞がれてしまう。けたたましく火災報知器が鳴り響き、施設内は騒然となった。


「それでは、失礼します」


 煙の向こうから、平坦な声がする。


「ま、待ちなさい! 話をっ……」


 伸ばした手は空をきり、ものの数秒で煙は晴れていく。そこに、少女2人の姿はなく、私は頭を抱えた。


「煙幕なんて、漫画みたいな方法で逃げられるんなんて……はぁ、とにかくこの場を何とかしないと」


 それからは、鳴り止まない報知器と、はしゃぎ回る子供たち。そして、逃げた少女2人の処理に追われるのだった。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ


 あれから裏路地を駆使し、追手を撒きつつ、僕らは電車に乗ることに成功した。


「別に黙って逃げても、よかったじゃないですか」


 クズハが呆れたように言ってきた。それは正論で、黙って抜け出した方が騒ぎにはならなかっただろう。


「そうですね。僕の自己満足でした」


 僕が持つ手札は限られている。空も飛べず、電車で戦場に向かうくらいだ。クズハの逃走スキルがなければ、こうして電車に乗ることも叶わなかっただろう。


 今の僕はとても弱い。


 死者0なんて縛りプレイをしていた前回とは違う。どんなに頑張っても、犠牲が出る可能性が付き纏う。ゲーム性がまるで変わってしまったのだ。


「僕が頑張って、助かる命があるなら後悔したくなくて……すみません。巻き込んでしまいました」


「まあ、アイツらがどうなろうと私は関係ないんですが、討伐に集中してくださいよ。私は先生を戦場に送るまでしか手伝えませんからね」


「ええ、クズハさん、ありがとうございます」


 電車が目的地に停車する。


 報道陣や野次馬が忙しなく電車を乗り降りする。雑踏に紛れ、僕らもホームに降り、互いに向かい合う。


「それでは、お元気で」


「え、何ですか。今生の別れみたいな空気感出さないで下さいよ」


 いや、別にそんなつもりはないんだけど。


「ちゃんと迎えに来てくださいよ! 私ここだと文字も言葉も分からないんですから! か弱いクズハちゃんは生きていけませんよ!」


 しぶとく最後まで生き残りそうだった。


「安心して下さい。討伐経験のある厄災です。あの時より聖女兵装は少ないですが、魔力量は僕が圧倒しています」


「それなら……いいんですが」


 本当は最後まで着いてきて貰いたかった。


 でも、クズハは戦闘力が全くない。最初はクエストに参加させる事すら躊躇っていた。大切な友達を、たとえゲームといえど危険な目に合わせたくない。この戦いにクズハは着いて来られないだろう。


 だから、ここでお別れだ。


「……行ってきます」


「先生、無理はダメですよ! 帰ったらパーティするんですから!」


 僕は元気な声援に背を向け、魔力で肉体強化を施し駆け出した。



⭐︎⭐︎⭐︎クズハ



 先生の背中を見送り、私は近くのベンチに腰を下ろし頭を抱えた。


 ヤバい。正直、メッチャ不安だ。


 先生は確かに強い。それは規格外で、本気を出せば国取りすら可能だろう。


 だけど、私が知る先生はヨワヨワで、フワフワなのだ。隙だらけで、無駄だらけだ。


 魔力量でゴリ押ししているだけで、弱点だらけなのだ。


 見知らぬ他人を助けようとする先生が、これだけの人間が集まる戦場で、まともに討伐できるのだろうか。私は討伐可能としか聞いていない。


「でも、私が行っても邪魔になるだろうしなぁ」


 人間をチョロまかす手段は無限に思いつくが、厄災相手には無力である。戦闘経験も皆無だし、これまで危険から逃げてきた。


 身の危険を感じると、頭の花が萎れるので、それを頼りにいつも逃げ延びてきた。


 でも、そのセオリーは先生との出会いで、粉々に打ち砕かれている。


 死にたくない。他人が何人犠牲になろうと、私だけは最後まで幸せに生き残りたい。思考を止めてはいけない。私はそうして、馬鹿どもを出し抜き、生存競争を勝ち取って来たのだ。


 ボトっと、何かが私の足元に落ちた。


 そこに目をやると腐った果実だった。はらはらと枯れた百合が舞い落ちる。


 植物族アルラウネが果実を実らせるのは、極度のストレスと、死に際と伝承されている。


 不吉すぎる。


 そもそも私がいた世界はクソッタレで、頻繁に果実が実っていた。しかし、このニホンに来てからは、果実は一度も実っていない。


 冷や汗が吹き出し、心臓が激しく鼓動する。

 

 久々に直感した。


 何もせず、ここにいたら私は死ぬ。


「せ、先生ええええええぇぇぇ!!」


 私は唯一の安全地帯を求めて、先生を追いかけた。



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20240824


 今回も分割で投稿します。次回の投稿は24時間後です。


20240825


 執筆時間がとれず、投稿が24時間遅れます。すみません。





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