第28話 深淵03

⭐︎⭐︎⭐︎少年センター職員


 2人の少女が保護されたと聞かされたのは、朝のミーティングの事だった。早朝5時頃に繁華街近くの飲食店で保護されたらしい。


 あの場所は治安がとにかく悪い。子供2人だけの来店に、不審に思った店員が通報し、補導されたようだ。現金を持ち合わせており、少なくとも食い逃げではない。


 しかし、63000円だけを財布もなく、子供が持ち歩くには不自然だ。警察から引き継がれた資料では、「正当な方法で稼いだ」「双方合意の上だった」「男が集団で襲ってきたので、相手にしてお金を貰った」と、少女は証言しているらしい。


 嫌でもゲスな光景を想像してしまう。


 警察も同じように疑い、少女を調べたが、乱暴された形跡はなかった。


 よかったと思う反面、少女の発言に矛盾が生じる。まさか、少女が暴力で返り討ちにしたなんてないだろう。


「警察にも説明しましたが、誤解があるようです。僕たちは保護対象ではありません」


 先頭に立って喋る少女は、日本人離れした容姿だった。白い柔肌に、人形のような恐ろしく整った顔立ちをしていた。日本語が通じるか心配だったが、丁寧に受け答えができる。何処かのお嬢様だろうか。


 12歳ぐらいの女の子は、正反対にやさぐれた印象を受ける。クラスに3人はいる可愛い女子。頭の花飾りが可愛く、黒髪によく似合う。顔は猫目で、日本人らしい特徴を備えていた。


「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」


 なんと、こっちが日本語を話せなかった。聞いたことのない言語であり、英語などのメジャーなものではない。


「……僕の友達も、早く解放してほしいと言っています。⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎?」


「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎、⭐︎⭐︎?」


「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎。すみません。トイレありますか? 友達が我慢していたようでして」


 小さい方の少女が通訳してくれる。知るほどに、関係性が謎な少女たちである。


 トイレの場所を伝えると、花の少女を引き連れていく。主導権は、小さな少女にあるようだ。


 彼女たちがいない間に、準備していたケーキをテーブルに並べる。しばらくすると、普通に帰ってきた。脱走や逃げる気配はなく、こちらの指示をちゃん聞き入れてくれる。補導された子供は、暴れ出すことも珍しくない。その点で、彼女たちは良い子の部類である。補導され、施設送りにされる子供に見えない。


「まあ、お腹も空いてるでしょう? ケーキがあるから食べてから話をしましょうか」


 私がそう促した途端、少女たちが纏う空気が変わった。警戒心を露わに、ケーキを観察している。まるで毒でも盛られたような振る舞いだった。


「せっかくお出し頂いたのに、申し訳ありません。僕らは食べないので、ケーキを下げてくれませんか?」


 小さな少女は感情の読めない瞳で、私の観察を始める。私がどんな大人か、見極めようとしているようだった。


「そう、なら冷蔵庫に戻しておくわね。食べたくなったら遠慮なく言いなさい」


 否定や強要はせずに、少女の希望通りにする。何がきっかけで、彼女達が警戒心を強めたのか、理由が分からない。下手に刺激して信頼を損えば、リカバリーに長い時間を要してしまう。


 私はケーキを再び冷蔵庫に仕舞い込む。


「あの、先輩どうでした?」


 キッチンで作業をしていた後輩が、小声で尋ねてくる。


「掴めない子たちよ。片方は日本語が通じないみたい」


「ああ、あの天使のように、綺麗な子ですよね?」


「花飾りの方よ」


「え、そっちなんですか」


 やはり後輩には荷が重い。私が担当を引き受けて正解だった。


「身元が判明するまで、一時的にこちらで預かるから、夕ご飯を2人分多く準備お願いね」


 身元や保護者は、見つからない気がした。彼女たちから親を頼る言動が見られない。何年も自立して生きてきた。そんな印象を受けた。そう考えると、彼女の礼儀正しい立ち振る舞いも、辛い経験の積み重ねではないだろうか。


「お待たせ。警察から聞いてると思うけど、しばらくここで寝泊まりする事になるけど、質問とかある?」


 彼女たちのいる部屋に戻ると、顔を見合わせ、小さい少女が一歩前に出る。


「それは強制でしょうか?」


「無理強いはしたくないけど、ここを出ても補導されるだけよ。試しに今日だけでも泊まっていかない?」


「……宿泊費用はいくらですか?」


「お金なんて要らないわ。こんな小さな子からお金をとるわけないでしょう」


 私が答えると、少女は一歩下がり距離おく。いや、花の少女と話をするためか。しばらく謎言語で話をする2人を眺めていると、夕食の時間が近くなっていた。


「まあ、夕ご飯もそろそろできるはずよ。話し合いは置いといて、まずはご飯を食べましょう。朝から何も食べていないでしょう?」


「やめて下さい。必要ありません」


 はっきりとした拒絶だった。


「僕らは食事も寝床も自分で用意できます。それらは、本当に必要としている子供に与えるべきです」


「そっか。他の子の心配をしてくれているのね。そんな優しい貴女の助けになりたいの。野宿はとても危険なのよ」


 共感はしても、安易な同意はしない。夜の街に女の子を放り出すなど、私が許さない。


「野宿の恐ろしさは、よく知ってます。でも、日本では殺される危険は少ないと思います」


「……殺されるって、貴女……」


 憶測の域を出ないが、彼女たちは日本ではない海外から、日本に流れ着いたのかもしれない。治安が悪く、それこそ紛争地帯のような場所ではなかろうか。


「野宿は慣れています。屋根ある屋内で寝れる事が珍しいくらいです」


 少女は何処からともなく、十字架を取り出した。


 それは星形をした銀装飾で、おもちゃのように見えた。だから、油断していたのだ。


「水やパン、お肉だって用意できます。このように」


 少女は自然な動作で、手首におもちゃを滑らせた。


 その瞬間、手首から血が溢れ出した。


「……っ!」


 私は素早くおもちゃ…いや、銀ナイフを少女から取り上げた。


「何をしているの!」


「僕らが保護対象でなく、自立できると証明を……⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎?」


「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎! ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎!」


「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎。……すみません。間違えました。今のは忘れて下さい」


 花の少女が説得したようで、いそいそと包帯を取り出し、小さな少女の手当てを始める。


「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」


「……⭐︎⭐︎。はぁ、治癒魔法禁止は地味にキツイですね」


 完全に見誤っていた。言葉が通じるから、小さな少女がだと勘違いをしていた。


 あれだけ流血しても顔色を変えずに無表情の少女。


 慌てた様子で、少女を諭すように声をかける花の少女。


 逆だった。


 花の少女は表情が豊かで、子供らしさが垣間見える。


 しかし、この子は違う。感情が読めない。表情に変化がない。


 完全に心が壊れている。


「だ、誰か来て! それと、救急車を読んで!」


 私が慌てて、怪我の対応している最中、銀ナイフはいつのまにか消え失せていた。



⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ



「ここ、どう考えても孤児院ですよね?」


「そうですね。孤児院ぽいですね」


 警察に連行された僕らは、お子様ランチを食べ逃したばかりか、長時間拘束され、孤児院送りにされてしまった。


「ヤバいですね」「ヤベーですね」


 僕とクズハの意見が一致する。


 理由もなく、対価も求めず、やたらと何かを食べさせようとする。


 これを信じて食べると、間違いなく毒か、面倒な契約、策略など、酷い目にあう。


 クズハも同じ経験があるらしく、食べ物には最大限警戒していた。


「いいですか、先生。おそらく魔法を使うと話がややこしくなります。隠し通しましょう。治癒魔法やお肉コネコネも禁止です」


「ええ、厄災が活動を始めるまでは目立つのは避けたいですからね。お肉も治癒魔法も隠れてやりましょう」


「………いや、お肉間に合ってますから」


 僕は包帯で隠した傷を治癒魔法で薄皮一枚を残して治癒する。これで、皮を薄く切った程度と騒がれる事はないだろう。


 穏便に話し合いで解決は出来ないらしい。言葉を重ねても無理なら、こっそり逃げるしか道はない。


 星宿ほしやどりもない状態で、NPCに隙を晒すわけにはいかない。特に孤児院など信用すれば命はないだろう。


「早く脱出しないと」

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